作戦は概ね成功だ。エアルクレーネまで一目散。

「みんな居るな。抜けてる奴いないか」

ユーリの声掛けに「大丈夫」とぜぇぜぇ荒い息の中、皆が返事した。エアルクレーネの付近は魔物も近付かないようだ。騎士の姿もない。

「リタ、時間はねぇぞ」
「分かってるわ…」

リタはエアルクレーネの調査を始める。私は概要しか話していないので、自分の目で確認することにしたようだ。またぶつぶつと言っている。

「なんか、結構簡単に抜けられたね」

騎士をかわして、その後はひたすらにひたすら走った。一言も発さずに。
未だに息は整わない。それでも雑談ができる程度には回復したようだ。

「そういや、なんか母さん来るの手間取ってたな」
「ああ、なんか猪突猛進な騎士が居たから、眠り薬追加してきた。凄い勢いで抜け出てきたの、びっくりして思わず殴っちゃったわ」
「軽すぎでしょ…やっぱユーリのお母さんだ」
「じゃの!」

どういう認識なのだ。カロルの言葉にパティが同意する。
武器を持って追いかけられたらテンパって思わず手も出るだろう。

「クローディアも一人で旅してたの?」

おや、と思った。レイヴンが話の口切をするのは珍しい。

「そうね。…まぁ…」

ユーリがちらりと私を見る。

「旅って言っても、10歳そこいらの子供置いとけないし、長くても数日よ」
「よく帝都にいて魔導器手に入ったよね」
「まぁね。元は工芸品とか作って、細々売ってたんだけど、偶々カウフマンの目に留まったの」

今使っているのは元々持っていたものだが、カウフマンから魔導器を貰ったのは本当だし、あながち全くの嘘ではない。
カロルがベリウスとも仲良くて5大ギルドとも…と呟いている。

「あ」
「どうしたのじゃ?」

私の上げた声に、パティが反応する。

「来てるね。そんなに多くはないけど」
「え?もう?あー…うー…」
「どうすんだ?」
「い、行くわよ!ここにいたって捕まるもの」

リタは名残惜しそうだ。彼女の心の中で色々な葛藤があったのだろう。

「どっちから来る?」
「挟み撃ちね」
「煙玉行っとくか?」
「ここで?」

ジュディスが声を上げる。

「この人数でこの細道。敵さん捲けるかしら」

彼女の言う通り、狭い道だ。
ひとまず隠れる。そうこうしているうちに、ノードポリカ側からやってきた騎士の姿が見えてきた。

「げ、デコボコとルブランじゃん…」
「だめなの?」

ぽそりと呟いたのが、私のすぐ下に隠れていたカロルには聞こえてしまったようだ。

「あの子たち、ボコるの良心が痛むなぁ…」
「ボコることは決定事項なんだ…」

カロルは汗をたらりと流した。冷汗だろうか。

「素早くできるかしら」
「10秒くらいあれば」
「じゃあそれでいくか」

ジュディスの言葉に返すと、ユーリが同意する。

「ちょちょちょ、もう、おたくら物騒ね…うーん…気が乗らないけど…」

レイヴンは、とてたたと前に駆け出した。そして声を張った。
そういうことをしちゃうんだ、と素直に感心した。
騎士三人は彼の声にピシッと背筋を伸ばし固まった。それを横目に走り抜ける。

***

今度こそ皆息を切らして、皆辛そうだ。それもその筈。エアルクレーネのあった場所から全力疾走だ。エステルは途中で覚束なくなったので、私が抱えて走った。約一名本当にバテているのか分からない男もいるが。
無事にカドスの喉笛を脱出した。構えていたのだが、ノードポリカは余り騒がしくない。港とカドスの喉笛さえ押さえておけば、他に入ってくる術がないので、ノーマークなのかもしれない。動かせる人数に制限もあるだろうし。

「なんか分からねぇが、おっさんのお手柄だな」
「まぁね〜」

バレないのが不思議だ。いや、可能性がゼロなら思い至ることもない…のか?ユーリも適当過ぎるだろう。

「何あれ。おかしいでしょ」

ほらぁ…リタは怪しんでる。

「声が似てたのかなぁ?」
「そんなわけないでしょ」

どが、と重い音がする。

「あて!もう!またリタ殴った!」

わぁわぁと喧しい。
暗くて狭いところは実は得意ではない。やっと出てこられたのに、こうも騒がれては疲れてしまう。

「まぁ、人の記憶って、声から抜けてくらしいから。案外ちょっと雰囲気似てるくらいで、勘違いするんじゃない?」
「なには、ともあれ、なんとか、来られて、良かった、です」

息が整わないエステルは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。ぐっと胸の前で拳を握り、笑顔だがぜぇぜぇ言っているのがミスマッチで、なんだか可愛い。

「大丈夫かしら?」
「はい…だい、じょうぶ、です!」

さすがエステルだ。息を切らしていても気品がある。

「疲れちゃったー早く宿行こうよー」
「一番ピンピンしてる奴が言う!?」
「クロは疲れ知らず〜まるでマグロなのじゃぁ…」

マグロ止まると死んじゃうもんね…。

「なんか、早く到着しちゃったじゃない?クローディアの進言で早く謁見できたりしない?」
「ん〜どうだろうね。この人数だしね。ベリウスよりナッツに止められそう」
「そっか。なんか厳しそうな人だったもんね」



確かに、と皆は納得し、一行は宿屋に向かった。

「あー疲れたー」

と、リタがベッドにダイブ。

「それにしても、レイヴンいつもああやってしゃきっとしてたら格好良いのに」

また掘り返されている。カロルは何とはなしに振った話題だったようだが。

「それにしても、声真似凄かったですね」
「お?んん、まぁね」
「そんなに似てたかぁ?あれ、シュヴァーンのつもりだったのか?」
「似てませんでした?」

と、エステルはジュディスを見た。冷静に判断するお姉さんを頼ったのだろう。

「私はその騎士さんに会ってないから分からないわ」
「あ、そうでしたね」

エステルが私を見た。クロも居なかったし、とエステルはぽそりと言った。レイヴンは少し顔を顰めている。
仕方がない。助け舟を出してやるか。これ以上詮索されるのは彼も嫌だろう。

「シュヴァーンか…声までは覚えてないわね。顔も全然だけど」
「母さんは会ったことあんのか?シュヴァーンに」

ちらりとレイヴンが私を窺う。

「会ったことって…むしろユーリがあったでしょ?」
「…いや、知らねぇな。騎士団に居たっていっても短期間だしな」

私を見ていた面々がユーリを見る。彼は首を傾げた。

「まぁ、随分前だしね。フレンもまだ下町に来てなかったから…12、年前、かしらね。ユーリが川で溺れてるところを、助けてくれたみたいで。わざわざあんた背負って来てくれたのよ?シルエットくらいしか覚えてないけど。うん、まぁ他人の可能性もないでもないか。騎士団にシュヴァーンさん二人いるかもだしね」

ユーリは更に頭を捻る。

「全然記憶にねぇ」
「彼よりも後で来た女の騎士さんにデレデレだったもんね」
「はぁ!?」

ユーリが身を乗り出す。

「恥ずかしがらないでもいいでしょ。そういうお年頃よ。ちょっと年上のお姉さんに憧れるのって、通る道よね?」
「確かにねぇ。おっさんもあったわよ〜」

レイヴンに振ると、これ幸いとユーリを弄る。これで話が逸らせれば良いが。
因みに今の話は100%本当のことだ。これで少しくらいボロを出しても大丈夫になったはずだ。ぽろっと名前を呼んでしまったときに保険になるだろうか。

「あ〜俺もそのことで思い出したことあったわ」

ユーリは半目、平坦な声で言った。

「その騎士母さんの胸ちらちら見てたんだよな」
「それで脛に蹴り入れたの…?謝り倒しちゃったわ」
「でれでれしてたのはあっちの方だぜ」

会話から外れてすっかり輪の外に出て行ったレイヴンは複雑そうな表情をしている。あれは素の反応だろう。

「あら、おじさまどうしたの?」
「え?あ、ははは。10年以上も前のこと蒸し返されて、シュヴァーンって男も哀れねと思って」

胸見られていたかな。まぁ、シュヴァーンは元はストレートだし、特別女性好きだって自分でも言っていた。おっぱいは大きい方が好きだとも。
多分表現は誇張しているだろうが、ジュディスが好きなのは本当だろう。

「昔のシュヴァーンってそんな感じだったんだね!」
「そうね、はきはきしてて、若者!って感じだったかな」
「今のあいつに見せたいもんだな」

ユーリは興味なさそうに言う。

「……きっと、あの戦争で沢山のものを失ったのね」
「母さん?」

小声で言ったつもりだったが聞こえてしまったようだ。何と返そうか迷っている間に、パティが話題を変えた。

「そのシュヴァーンっていうのと、さっきの騎士は同じ隊なんじゃろ?間違うかのぅ」

そう言って、パティは私の膝に乗った。どういう脈絡だったのだろう。重くもないので構わないが、パティのトリコーンが地味に当たっている。それに気づいたのか、パティは帽子を脱いだ。

「…大きい組織だと、管理職は大抵事務仕事でしょ。そんなにしょっちゅう会うでもないなら、多少の誤差は範囲内、ってことなんじゃない?」

ふぅむ、と口に手を添えて思案している。

「何にせよ、レイヴンの機転が私たちと彼らを救ったのね。じゃなきゃあの子たちぼこぼこよ。こっちは逃げ果せたし、ウィンウィンよね」

中々先程の出来事から離れてくれない。

「事務仕事で思い出したけど、凛々の明星さんの経理って誰がやってんの?」
「僕だよ!」
「それは安心ね」

よし、話を逸らせた。いや、だからなんで私が弁明してんだ。働けよシュヴァーン!いやレイヴン!

「え、そうかな」
「ええ。しっかりしてるから」
「…ボク、そんなこと言われたことないから、嬉しいな」

カロルははにかんだ。本当に嬉しそうだ。彼は自己評価が低い。こんなに出来る12歳児はそう居ないと思うのだ。

「そうなの?」
「…これまで、いろんなギルド転々としてて…厄介者扱いっていうか…」

聞き流そうかとも思ったが、また話が元に戻っても困る。少し話に付き合おう。

「君、後見人は?」
「え?うん、えっと…」
「質問を変えようか。今、貴方が逃げずにやれてるのはどうして?」
「そりゃ…ボクはボスだし…」

カロルは俯いた。私は彼の旋毛をじっと見つめた。本当にそうかと、無言で尋ねる。
カロルは顔を上げた。

「ユーリとジュディスが、ボクを助けてくれる」
「そうよ。貴方はまだまだ一人前ではないし、学ぶことがある。勿論大人になったって、私くらいおばさんになったって、それでも学ぶことは沢山あるんだから、当り前よ。恥じることはない」
「うん、」

しっかりと頷く。

「貴方に、まだ一緒に頑張ってみない?って聞いてきた大人は居た?貴方に道を示してくれた大人は?」

彼は黙り込んだ。

「自分で自分の道を決めるのは難しいわ。リタみたいに決めてる子もいるけれど、これで生きていこう、ってそんなにすぐに決められるわけじゃない。それを貴方が、自分で自分を卑下してしまうくらい、周りに言われたのなら、それは周りの大人が悪いわ。大人たちの怠慢よ」

私は膝の上に乗るパティの手に、自分の手を重ねた。彼女の手は小さくて、私のものにすっぽり隠れてしまう。こんなにも幼い。

「そう、なのかな…?」
「少なくとも私はそう思う。だって、カロル、人はすぐに自分を劇的に変えられないわ。人は少しずつ歩を進めるの。だから、貴方はこれまでの貴方の延長。その貴方を見て、私は簡単に逃げ出すようには見えない」
「ボク、は…今でもきっと臆病で、」
「うん」

彼は一生懸命言葉を紡いでいく。私は頷いた。聞いているよ、と。

「逃げ出したいって、思うこともあって、」
「うん」
「でも、逃げないよ。それは、ボクには、仲間ができたから」
「そうよ。人は人の中で成長するの。良い先生もいれば、反面教師として存在している人もいる。これまで、ちゃんと良いことも、悪いことも、吸収できるような人がいなかったのね」

カロルは困ったような顔をした。

「良かったね、良い人に巡り会えて」
「うん…」

彼は鼻を啜った。

「泣きたいなら、泣きなさい。泣くことは悪いことじゃないのよ。それで、また前に進めるのなら、今のうちに出しちゃいなさい。どうせ簡単に流せなくなる時が来るわ」

その言葉は、ここにいる全員に言ったつもりだった。


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