13
お互い違う格好だったにも関わらず、分かってしまった。あの夜の女だと。マリアは私と女を交互に見る。
「知り合い?」
何と答えるべきか。
「まぁ、ちょっとしたね」
と彼女が答えたので、私も頷いておいた。
マリアと話している間も、ずっと意識がこちらを向いている。居心地が悪い。まるで初対面のアレクセイだ。
「じゃあ、私はそろそろお暇しようかな」
「え、もう?」
「少し忙しくてね…」
「そう…」
あからさまにショボくれてしまった.
確かに久しぶりに顔を見たのだ。もう少し、という気もする。しかし彼女に説明する方が重要だ。こちらを見ている女性を一瞥し、マリマに微笑みかけた。
「また来るよ」
「約束よ」
「分かった」
彼女はぎゅうと抱き着いて、そしてすっと離れていった。絶対だからね、と目が訴えてくる。この目に弱いのだ。神秘的な七色の虹彩。
「じゃあ、私も行こうかね」
意図を汲んでくれたらしい。
マリアの家をあとにして、早かった。
「どっちが本当だい」
「どちらともない、というのが答えかもしれない。誤魔化してないですよ」
「ふうん、」
と聞いておいて興味がなさそうだ。
「よく分かりましたね」
それはこちらの台詞だ、とでも言うような視線。
「気配には敏感なんですよ」
彼女はため息を吐いた。
「ユーリに剣を教えてるのかい」
「そうですね。彼がそれを望んだので」
「あんたは、おかしな奴だね」
「よく言われます」
「敬語はよしとくれ」
自分よりもずっと上なのだろうと、彼女は言った。驚いた。見た目の設定年齢は26歳なのだ。
「じゃあ、まぁ、そう言うなら…私は、=。ただ、下町ではクローディア=マクレイン、向こうでは=ルーベンスで通ってる」
「忙しいね」
「まぁ、そうですね」
「敬語は癖かい」
答えなかった。癖と言えば癖だ。死んだのが20代なので、その年以上の者には自然とそうなる。もう数千年も昔のことなのに可笑しい。
「まぁ、いいけどさ。ジリだよ。ジリおばさんと呼んどくれ」
「私が貴女をおばさんだなんて、ジリさんではダメ?」
彼女は困ったように笑った。苦言は呈さなかったので、好きにしろと言うことなのだろう。
というかおばあさんというには若々しい。本当にせいぜいおばさんくらいだろう。
「じゃあ、私はこれで」
「そうかい、」
この出会いが凶と出るか、吉と出るか。
***
ジリと別れてから市民街を視察し、支援してくれている貴族達に挨拶回り。それをすべて終えると、もう日が落ちる時分だ。
そろそろ部屋に戻ろうと、騎士団本部へ向かう。宿舎にも一応部屋はあるが、直ぐに仕事を開始できるように、執務室の隣の部屋に戻ることが多い。意外と夜は人の気配が少なく快適だ。
日が沈んできた。食事は摂る気になれない。やはり疲れている。真っ直ぐに自室に戻る。
こういう時に厄介ごとに巻き込まれるのがこのカラダ。良いときもあるのだが、悪いことの方が多い。のかも。
見慣れた姿が何かを探している。声をかけるかかけまいか、コマンド選択の幻が見える。意を決して話しかける。
「どうしたの、こんな時間に…」
「様…」
イエガーだ。もう晩御飯も済んで寝る時間の筈だ。彼は今日夜勤ではない。シフトは頭に入っている。4交替制なのだ。
「……シュヴァーンが戻ってこなくて、」
大の大人が何をしているのだか。それを探しに出るこの男もこの男だ。探している場所も場所だ。猫じゃあるまいに。
「どこか遊びにでも出てるんじゃないの?」
「……それが…」
と、深刻そうに話し始める。
「という具合で…」
イエガーの話によると、遊びに出ているわけでもないのに(財布を置きっぱなしらしい)夜は遅く、とてもくたくたで帰ってくる。そして倒れるように寝るのだそうだ。これまでの「4人部屋」ではどうしていたのだろうか。
「私が探しておこう。少し当てがある」
「しかし、…」
「君明日は日勤だっただろう。早く寝なさい」
そう言うと立場上反論はできない。
「すみません、お願いします。」
その後見当をつけた場所に向かう途中で騎士団長に用事を言い付けられ、さらにその用事の為に向かった陛下の寝所で彼の世間話に捕まった。これだから陛下の色だと言われるのだ。
結局探しに行けたのは、夜が深まってから。
当て、とはいつぞやに一緒になった場所だ。やはり彼はそこにいた。支給のタオルケットを持ち出してまで、どうしてこんなところで寝ているのか。
「…君、寝られていないのか?」
無言だ。
「ふらっと何処かへ行くって?」
無言。
「ひん、」
首筋を指の背でなぞる。
「狸寝入りだってバレてるぞ」
「ちょ、もう、最低だ」
「なんだ、勃ったの?ちゃんと抜かないと」
「だ、れのせいで……」
股間を押さえて、ごろりと横を向く。
「素数数えるとか」
素数って分かるのだろうか。何も言わずに目をぎゅっと瞑っているので、実行しているのかもしれない。
「鮭の産卵とか、カエルのたまごとか思い浮かべてみたら?」
「う、」
苦しそうな呻き声。本当に想像したらしい。
「ほら、」
治まっただろうというと、涙目で睨み付けてくる。
「最低です…」
「イエガーが探しに出てたぞ」
「なんで大の大人を探すんですか…」
それは私も思った。
「君が極限まで酷使して、汗だくで帰ってきたりするからでは?」
またもや黙り込む。
「倒れるように寝るって、私のこととやかく言えなくない?」
更に答えない。普通は上司の前で寝たままというのは良くない。しかも質問に答えないなど言語道断だ。別に構わないが、私だって早く寝たいのだ。
「君がそんな真面目なタイプかねぇ…」
「俺は真面目ですよ。知ってるでしょう」
「………返答に困ること言わないでくれる?」
「マジで返さないでもらえます?」
平行線だ。互いに頭が回っていない。
「じゃあうち来なよ。うちっつっても、執務室の隣だけど」
動かない。
「そんな野良猫みたいに寝られたら、気が気じゃないから。私も寝たいし眠いし疲れたししんどいし」
「……じゃあ…」
渋々頷いた。
彼の姿を改めて見る。
布団を持って、しかも寝間着。これは見つかるとまずい。自室に部下を招き入れるなど。それもこんな時間に。
騎士団は男所帯だ。こういうことは良くあること。だからこそ勘繰られる。もう既にアレクセイとの関係を疑われているのに、もう一人なんて。入れ食いだと思われると困るのだ。
いろいろと。仕事的にも。
「あんた何処で寝るんですか」
部屋に入って、シュヴァーンはタオルケットを床に落とす。綺麗にはしているが、どうなんだ。ハンガーに掛けてやるつもりだったのだが。
「私?床でも寝られるから。そもそもあんまりベッドで寝てないし」
「そんなだから倒れるんだろ…」
小声で言ったって聞こえている。
「あ、」
「どうしたの?」
「隊長の部屋って風呂あるんですね…」
目が煌めいた。珍しい。こういうところは可愛げがある。
「入っても良いよ」
「え、」
「タオルと着替えなら、そこに入ってる。支給品は使ってないから新品だよ」
捨て置かれた彼の布団を、やはり気になって拾い上げた。少なくとも椅子に掛けておこう。
「……なんで、ここまでするんですか」
「なんで?野良猫がいたら保護しない?」
「猫…」
「気まぐれに来て気まぐれに去っていけば?」
鍵をぷらぷらと振る。そしてシュヴァーンの手を取って上に乗せた。握ろうとしない。
「……あんたの得は?」
「懐かない猫が少し心開く優越感?」
しっかりと鍵を握りしめたのを確認して、手を離した。
「……風呂借ります」
「どうぞ?」
と、見送ってから、シャワーの出し方は分かるだろうかと心配になった。宿舎のシャワー室とは作りが異なる。声をかけようと風呂場に近づくと、しかし直ぐに水の流れる音がして、足を止めた。
彼が入っている間、執務室の机の上に増えていた報告書に目を通す。私が出ている間にアレクセイが持ってきたのだろう。
新人育成は順調に進んでいるようだ。
「早かったね」
ガララと音がしたので、そちらを向くと、ほかほかと湯気を立たせたシュヴァーンが所在無げに立っていた。
「……同じ匂いしてたら、まずいでしょう…湯を浴びただけです」
「ああ、成る程。今度支給品用意しといたげる」
なんでそんなに良くするのだ、という表情だ。
「もう、寝たら?」
私も寝間着に着替えよう。クローゼットから薄手のものを取り出し、着替える。シャワーは明日浴びよう。そもそも私には汚れるという概念はない。汗もかかないし。ホコリやゴミは風で飛ばしておこう。さりげなく魔術を使って、吹き飛ばす。
じろじろ見られると、緊張する。視線が痛い。なんでこの男の前でストリップをしなければならないのだ。見られて困ることはないにしてもだ。
「…アンタも入ったら?」
振り返ると、シュヴァーンはベッドの端の方に座っている。布団を持ち上げて、なんとも無防備なことを言った。
「同衾の誘い?」
「…また倒れられたら困ります」
「寝にくくない?」
「……別に」
譲る気はないようだ。キングサイズなので十分に二人寝られるのだが、だからといって決して遠い距離ではない。
カラダを人のものに限りなく近づける。これで吐息と心音が聞こえる筈だ。体温も平熱36.5度。これでばっちりだ。今回は何のために心音を切っていたのだったか。…思い出すのは止そう。
「君子供体温だね」
「うるさい…」
シャワーを浴びたとはいえ、それだけの温もりではない。くっついているわけでもないのに熱が伝わる。
「おやすみ」
疲れていたのか、シュヴァーンはそう時間をかけずに寝入ってしまった。
こんな状況になってしまったし、起きて仕事をしようかと思って、しかしやめた。暖かい体温が心地良い。本当に猫でも招いているようだ。私も当初の予定通り意識を手放す選択をした。
***
「ん、は、」
悩ましげな声。モゾモゾと腕の中で蠢いている。目を開いた。首筋だ。後ろから抱き締めて寝てしまったのだと気づく。ぼんやりとした意識で、悪戯心が膨れる。べろりと項に舌を沿わせると、背がしなった。
「んん、」
ビクビクと腕の中で体が震えたので、イったのだろう。寝起きの微睡みで、やり過ぎてしまった。
「……すまん、」
「謝られると余計に虚しいんでやめてください」
疲れた声だ。
「…あんまり眠れなかった?」
「睡眠は十分取れましたけど…」
「ふぅん、」
「……いま疲れたんですよ」
「悪い悪い」
「引かないんですか。人のベッドで」
「生理現象だしね。というか、私が抱き締めて寝ちゃったのが悪かったよね」
「…アンタって変わってる。というか、人にあんまり興味ないんですか?」
思わず黙ってしまった。
興味がないわけではない。即答すればよかったのだが、よくよく考えると、そうなのかもしれない。寛大になるというのは、ある意味で興味が薄れたと言える。
人として生きたいと願っている私にとって、その言葉は胸に刺さった。知らず知らずの間に、尊大になっていたのかも。
「…失言でした」
「いや、別に興味がない訳じゃ…ない、かな。例えば、騎士団長がこんなことしてたら張っ倒しているかも」
「例えが悪い…」
「君は、良い」
「それは、言葉のチョイスが悪い…」
「…あ、ああ、そう、そうだね、」
何を動揺しているのだ。
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