14
「…あんたって、結構寝汚いんですね」
いつの間に帰ってきたのだろう。
「…本来食欲と睡眠に欲が全振りしてる、はず」
「それで女子が寄ってくるんですね。…けど、夜の仕事はどうして」
「お、前かあああぁぁ」
がばりと起き上がる。
気付いてしまった。彼が言いつけたのだ、きっと。
噂話に耳を傾ける奴ではない。アレクセイという男は。
シュヴァーンに襲いかかる。鳩尾あたりに馬乗りになる。受け身はとれるだけの余裕は与えて。
「どわっ」
「アレ、クセイにチクったろ!」
「はぁ!?ちょ、いや、だって、サボってるって思われてたら、あんたが、」
報われない、と段々シュヴァーンの声が小さくなっていく。それに比例して顔が赤くなっていく。怒りが、すんと萎む。
「君、私のこと……結構好き?なの、かな?」
「そういうこと、言うから嫌だったのに…」
顔を目いっぱい反らして、憎々し気に言う。首痛くないかい?そんなに逸らさなくても良いんじゃない?だって、こんなに近いのに全部見える。
鳩尾の上に居るもんだから、心音が尻に伝わる。滅茶苦茶大きく鼓動が鳴っている。急な出来事に驚いたからではないだろう。ずっと煩い。驚いたって、暫くすれば落ち着きを取り戻す。
「そう、ふぅん」
鴨が葱を背負(しょ)ってきたぞ
自覚した途端にこれだ。良いように動いていないか?これ、私は無意識に何かしたのではないか?
ちゃん!
と、またもやジンの咎める声。私が何かをしたわけではないようだ。単純な純粋な彼の好意。
「これはもしかして据え膳…?」
「好きにしたら良いんじゃないですか?」
乱れた衣服、上がった息、ほんのり染まった頬。そして同意。これは食べない方が「行儀が悪い」。
「じゃあいただきます」
と、手を合わせた。ところで、タイムアップだ。
「……仕事が来た」
絶対に不貞腐れた顔をしている。
名残惜しいが、仕事は大事だ。シュヴァーンの上から立ち上がり、ドアの方へ向かう。
「はいはい、」
「すみません、朝早くから」
と言ったアレクセイの視線が後ろへ。しかし直ぐに戻ってきた。今日にでもパーティションを置こう。
ドアを閉めて凭れ掛かり、アレクセイに向き直る。今度は私が動揺している。腕を組んで気持ちを落ち着かせる。防御にもならないが、腕や手が自分の前にあると、少しは自分を守れる気になる。
「一昨夜、ハインデン家に賊が入ったと」
あれかーーーー
私は手で顔を覆った。そしてすぐに腕を組みなおす。
「で、何を盗られたって?」
「……硬貨を…これだけ、」
と、アレクセイは手で示した。
「30万ガルドか…!?」
そんなに盗っていたようには見えなかったが。単独犯ではなかったのか。思わず考え込む。それならば、もう少し追求しておくべきだった。人は殺めていないようなので捨て置いたが。
「…いえ、」
「300…?」
流石に痛手だろう…300万ガルド。
「あの、もう少し控えめに…」
「え、ああ、下か…3万ガルド?」
俯いてしまった。
「……暇か!」
「そう言わず…私も聞いたときはどれほど我慢したか…子供のお小遣いでも、いえ、」
彼の物言いでは、3000ガルドでもなさそうだ。
貴族がそんなはした金で。というかあの人慎ましやかすぎるだろう。豪快そうな見た目で!
300ガルドでも、下町ではそれなりの金額だ。肉が買える。それにしても、もう一桁くらい盗っても良かっただろうに。
ため息を吐いた。いや、直接訴えを聞いた彼の方がお疲れだろう。
「朝っぱらからお疲れ様」
「…仕事ですから」
「これが騎士の仕事、ねぇ…というか一日気づかなかったんだろうが…!まぁ、媚でも売っとくか」
ハインデンは中立の立場だ。もしかしたらこちら側になってくれるかもしれない。アレクセイも、だからこんな些事を私に報告したのだろう。
「直ぐ着替える」
「邪魔をしてしまいましたか」
「笑えない冗談だな」
「そうでしょうか」
予想外に突っ込んでくる。
「眠れないというから入れてやっただけだ」
「それはそれで問題ですが」
「何にせよ、そんな甘い関係でも深い関係でもないよ」
アレクセイは不思議そうな顔をした。
もっとずっと本能の、奥底の野生とでも言うような部分の話だ。剥き出しというのではない。正しくそういうことではあるのだが、その言い方は少し意味を歪曲させる。
底の底の奥底の、何物にも隔てられていない柔らかい部分。自分ですら偽れない場所に、多分互いに居座っている。
ような。
***
ハインデン家の報告を受け、朝っぱらから急行。そして昼過ぎ。
なんとか丸く収まった。というよりは私を呼び出したかっただけのようだ。殆どが世間話。アレクセイは私の後ろで怪訝な顔をしていた。
私がにこにこと話を聞いているのが、そんなにおかしかったのか。これが処世術だ。話を聞き、肯定をする。これだけでも「味方ですよ」という宣伝になる。
「私には出来そうもありません」
「それでも、君もう少しマシな顔は出来なかったの。ずぅぅっと顰め面」
「すみません、」
「まぁ、鏡の前で笑ってごらんよ。そのうち出来るようになる」
接客業の時の賜物だ。毎日いらっしゃいませと鏡に笑いかけたのを思い出す。毎日していれば嫌でも笑顔が出来るようになる。目は笑っていないのがネックだ。
「今日はどうなさいますか」
「少し訓練を見ていこう。駄目そうな奴がいたら、こってりとしごいてやってくれ。それまでは調べものが…」
アレクセイの返事が聞こえない。
「どうした」
「いえ、久しいなと…」
私が来たばかりの時も、相当厳しく訓練したものだ。素人ばかりだった。剣も碌に扱えないような者、魔術が使えない者。自殺しに行くようなものだ。
あまりの厳しさに逃げ出した者も居た。全く慣れないことをしたものだ。
その当時の人間が今の小隊長、副官あたりの人間だ。今やうちのエースたち。
「あんな場所だぞ。無駄死にさせるわけにはいかないんだ……最近は生かしすぎたかな、なんて、」
と、皮肉を込めて言うと、アレクセイは苦虫を潰したような顔をした。
「本気に取るなよ」
「勿論です」
帝都の人数調整を担っている隊、などと揶揄されることもある。本当のことだ。しかし私が来てからは年々死亡者は減っている。だからといって評議会の連中も大っぴらに私の隊を攻撃してはこれない。
何故なら私が皇帝の勅命を受けてこの地位にいるからだ。
彼がそれを望んでいるから、私はここにいるし、自分の隊の人間を生かす取り計らいをしている。陛下はずっと心痛めていたのだ。
「あの辺りの魔物は冬眠するからな、特にこの時期は凶暴になるんだ」
「…直接見て来られたので?」
以前遠征の話を出したときは、資料を集めただけだと言い訳をしていたが、ここまで詳しいと訝しんだのだろう。
「さて、」
あそこまで行って帰ってくるのに数日は掛かる。そこまで帝都を空けたことはないが、アレクセイは私ならそれができると思ったらしい。否定をする必要もないだろう。
「…出来るだけ休んでください。私に務まることなら、私がします」
「そりゃ…有難い申し出だけどね……………今から?」
資料室に行こうとしていた足を止められた。アレクセイが手を握っている。
だから黄色い声が飛んでるんだって!見世物じゃないぞ!
「今からです。また運んで差し上げましょうか」
「いや、自分の足で歩こう…」
***
休めと言われたが、これだけはしておこう。忘れては困る。
気配を探り、目当ての人を見つける。下町まで降りる必要はなかったようだ。貴族街の近く市民街。買い出しだろうか、偵察だろうか。
「おや」
「こんにちは、ジリさん」
「もう、ジリでいいよ」
「善処します」
ジリはため息を吐いた。
「じゃあジリ、もっと盗ってもよかったですよ、」
「おや、バレたのかい」
「意外と細かいんですよ、もっと大雑把な家に入ってくれ」
小さな声でぼそぼそと話す。街の喧騒に紛れるくらいの。互いにそっぽを向いて他人のフリだ。
「それは知らないけどさ、じゃあどのくらいなら良かったんだい」
「ああ、もう10倍は盗っても大丈夫ですよ。とはいえ、今はどの家も騎士が張ってますから。お陰でこっちも手が取られて困ってるんですよ」
うちの隊を虐げておいて、いざとなったら頼み込んでくるのだ。どういう神経をしているのだか。
私の部下ほど頼りになる人間は居ないので、気持ちは分からなくもないが。真面目だし、実力があるし。
良いように使われていることに不満を抱く者も勿論居る。普段幅を利かせている貴族の家の護衛は最も面倒な仕事だ。しかし手を抜けば 付け入る隙を与えることになる。真摯に取り組むようにと通達してある。
「……変わった奴だね」
「よく言われます」
「じゃあ、まぁ、これからはそうしようかね。あれだけでも下町ではそれなりに大金なんだ」
「でしょうね」
人を殺めないのなら、そのくらいは許容範囲だろう。どうせ元を辿れば彼らの血税なのだ。どれだけピンはねされているかも分からない。
「一つ、頼まれてくれないかい」
ジリは使えるものは使う主義らしい。
「これでも忙しい身なんですがね」
「暇なときで良いよ」
私は頷いた。安売りをする気はないが、断るつもりもない。
「下町では食料が不足していてね、最近ではどこぞの隊が頑張っているお陰でおこぼれもない」
働きすぎもよくないな、と純粋に思った。うちの隊が近辺の魔物を狩っているから、同士討ちなどで死ぬ魔物がいないのだ。つまりはそれを捕って食べていた下町の人間が飢えていると。頻繁に起こるでもないのだろうが。少しの足しにはなっていたのだろう。
「…それなら私の裁量でどうにかなりそうだ…とはいえ、少し時間がほしい…一月、は…今本当に猫の手も借りたいくらい忙しいんだ」
「十分だよ。それで構わない。そんな時に、わざわざ悪かったね」
「……いえ、それでは」
警護の情報を持ってくるだけに訪ねたのがバレていた。
私の正体も直ぐに分かったようだし、食えない「おばさん」だ。
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