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指輪を見せると、驚いた顔をされた。しかし捕まったりはしなかったので、本当に話は通っていたらしい。
「ルーベンス、なんてどうでしょう」
それに拒否権はあるのだろうか。
・ルーベンス…語呂が悪い気がしたが、何も言えない。ここに来た時点で何も文句は言えないのだ。
「有り難き幸せにございます」
もう長い年月寄り添ってきた名前を自分の意思以外で捨てるのは少し抵抗感がある。
「騎士になる、という話も考えてくれましたか?」
「はい、ご用命承りました」
貴族と騎士の身分があれば、少しは彼女の生活を変えられるかもしれない。今にも倒壊しそうな家を思い出した。ガラではない。集団生活は得意でもない。しかし女の子が頑張っているのに、それを何もしないのはどうだろう。勿論この世界を征服するようなことをしようというのでない。ただ、一人の人として生きたいのだ。
「そうか、では・ルーベンス、今日を持って隊長に命じます」
「はっ」
いや、元気よく礼儀正しく肯定したけど。それは聞いていない。そんな簡単に隊長になれてしまっても良いのか?と色々とかなり相当ツッコミ満載だ。隊長かぁ、と心の中で役職名を反復してみる。どうにもしっくりこない。私にはこんな大それた役職は似合わない。不安だ。不安しかない。不安だぞ?今しがたした決意が揺らぐ。
さぁ、こちらです、と男に連れられて長い廊下を歩く。こつこつと靴が鳴る。ピカピカに磨かれた床は、己の姿を映している。どこか他人行儀にそう思った。
「こちらです」
現騎士団長の側近という人が案内してくれた。この人を見ていると私の不安がさらに増長される。おどおどとしていて、目の下には隈があるし、毛も薄い。白髪も目立つ。肌も白くなまっちょろく見える。
「突然隊長とか、良いんですかね」
「ああ…最近、隊長が一人やめてしまって」
なんで隊長にまでなって辞めるんだろう、明らかに殉職じゃないか。騎士団ってそんなに危険なところなのか、話を聞くたびに不安になってきた。キリキリと胃が痛んだ。
私のカラダは限りなく人を模してある。本来内臓や脳、筋肉なんてものは無うても存在できる。どれだけ似せて作るかは拘りの仕方に依るのだ。ジンなんかは少年の姿だが、中は空っぽらしい。その点私はかなり精巧に作り込んである。人にくっつかれたときに心音が無いと怪しまれる、というのが理由なのだが。出来る限り人である感覚を忘れたくないため、痛覚や心の動きによってもたらされる不調なんかも再現してある。代表はこの胃痛だ。この世界ではこの感覚は切っておいた方が良いかもしれない。要検討だ。
「そうなんですか、…そういう場合ってNO.2が上引き継ぐんじゃないんですか?」
「大体はそうなんですけど…皇帝の命令ですから」
そうですよね。トップに言われれば、NOとは言えない。それはどこの世界も一緒だ。
「新任の隊長を連れてきました」
男はある扉の前で立ち止まった。私も少し遅れて立ち止まる。今まで見てきた中では、皇帝の玉座に続く扉の次に立派な扉だ。
「入れ」
硬い、太い、音色。あまり好きな声ではない。中にある気配は二つ。
中に入ると、ピリピリとした緊張が走る。気配のうちの一つは真正面のイスに座っている男のもの。二つ目は気配を極限まで消したものだった。右、衝立の向こう。どれほど隠していても、それが生きていて呼吸をして心臓が鼓動を刻んでいさえすれば、私には分かる。
隠れて私の行動を監視しているのだ。正直感じが悪い。
「本日より隊長を拝命しました、…」
なんだっけ、エヴァンスじゃねぇし。思い出そうと思えば、思い出せるのだ。というより、つい先ほどのことが思い出せないほど、そもそもバカではない。私の小さな抵抗である。やはり名というのは大切なものだ。
「なんだっけ」
後ろに控えていた団長側近に助けを求める。
「たしか、ルーベンスです」
おどおどと答える。
「ああ、そう、・ルーベンスです」
そうそうと思い出し、人差し指を立てて、そうだったと納得する。
「自分の名前だろう」
空気が嫌に振動する。この団長閣下の声はどうしたって好きになれそうになかった。
「先ほど皇帝陛下より頂戴致しました」
私が喋るたび、チリチリと視線が刺さる。目の前にいる男からではない。右の男だ。いい加減出てくれば良いのに。
「そうか、」
団長を見ながら、意識はずっと右側にいる人間の方に向けている。突然斬りかかってきそうだ。
「あの、」
「なんだ」
穴開く、右の奴の眼力で私の身体に穴が開く。こいつ絶対レーザービームを目から発射できる。
「皇帝より拝命しました命故、この命燃え果つまで、尽力したく…」
自分で言っておいて、何キャラなのだと思わざるを得ない。
「しかしながら、」
「しかしながら…?」
「釈然としません。突然やってきて隊長だなどと、下の者がどう思うか」
「ならば、実力で示せばよかろう」
簡単に言ってくれる。上に立つ者はそういう星の下に生まれてくるのだと思う。私はちょっと下から持ち上げる方が得意なのだ。何なら歯車で良い。
「だ、そうだが、アレクセイ・ディノイア」
アレクセイだ。結構好みの見た目だったと記憶しているが、ピッチピチだ。若い!肌すべすべだ。銀髪だし、目は赤い。ウサギみたい可愛い!
たらりと鼻血が出る。
しまった。前の世界でキャラ付けとして鼻血出る設定にしてたんだった。
ドン引きである。
「えっと、すみません、美しい物を見ると出ちゃうんですホントすみません…で、あ、剣交える感じですかね?」
騎士団長は、ははは、と笑う。
「愉快な人だ」
「どうも。…ごめん、紙持ってませんか?」
「持ってません」
そんな軽蔑した目で人を見ちゃだめだと思うのだ。いや、仕方ない。私だもんね相手。なんてったって私だもんね。
彼はずんずんと歩いていってしまう。団長と交互に見て、焦っていると、団長は「付いていくと良い」と言ってくれたので、お意義をして部屋を出る。あ、こういうときは敬礼だったっけ?確か胸の前で拳を握るのだ。先ほど側近氏に教えてもらった。
自分の失態に、割とテンパっている。第一印象って大事だと思うの。第一印象良い人って碌な奴いないけど!それでも大切なものは大切だ。失敗した。只でさえ独りぼっちで不安なのに。こうやって出てくるのだから、きっと私の副官とかになるのだろうし。ずっとぎすぎすした関係だったらどうしよう。
「そっか…あ、なんか練習場とか行くんですかね?物壊しちゃいますもんね?」
鼻血を、袖で拭き取る。私の服はその為に真っ黒なのだ、という訳でもないが、役に立った。
「え?無視?お兄さん泣いて良い?」
大丈夫かコイツみたいな目で見られた上に「分かってんじゃボケェ」みたいな態度を取られてしまった。うん、アレクセイだもんね、分かってるよね。今現在私を演習場かなんかに導いてるんだよね。ごめんね
と心の中で緊張と羞恥でぐちゃぐちゃになりながら、一人謝罪をする。これ以上口を開くとガチでキレられそうだ。
「ここです」
広い、広場のようなところだ。多くの騎士たちが素振りやら筋トレやらをしている。見るからに体育会系ばかりだ。うぅむ、むさい。アレクセイ高嶺の花じゃないか?
筋骨隆々、という者もいるが、何やらへっぴり腰の集団も居る。えらく疲弊した様子だし。なんだかちぐはぐだ。身なりからして、平民と貴族の差、なのだろうか。こんなんで仕事ができるのか疑問だ。そういえば、従者Bことバーチャ氏が何か言いかけていた。陛下は現状を、の続きは聞けなかったが、このことだろうか。「陛下は現状を変えたいと思っている」が正解かもしれない。
「小隊長…!!そちらの方は」
がしゃこん、がしゃこん、と音を立てて青年が走り寄って来た。朧げな原作の様子を思い出す。重厚な鎧を着ていた印象は無かったが、近くで見ると重そうな装備だ。全身鎧ではないが、要所に鉄板らしきものが付いている。私は軽量化してもらおう。
「本日より、この隊の隊長になられる方だ」
彼はマニュアル通り、機械的に紹介をする。声は堅い。
「まだ、予定ですけどね」
ぎろりと赤い目で睨まれる。本格的に嫌われたなこりゃ、と私は明後日の方向を見た。
「私はアレクセイ君の方が向いていると思いますよ?」
そんなことは分かっているのだ、という目だ。睨まれて興奮する性癖は持ち合わせていない。流石に美人にこうも威嚇されると怖い。
「…君、剣を貸してくれない?これからねぇ、決闘するんだよね。不本意ながら」
「え、あ、…はい、はい?」
たじろぎながら青年は腰に提げた剣を鞘ごと差し出してくれた。しかし状況に付いていけないのか、青年は疑問符を上げた。
それを無視して礼を言ってから、剣を抜いた。鞘は地面に置く。
剣は不慣れだ。だが知識があれば身体は動く。そういう仕様だ。それが自称、自称神たる私たちの力だ。絶対行使力、知識として持っていることは全て実現可能の能力。剣術は幾度となく見たことがある。大丈夫だ。震える手を叱咤する。
剣を構え、ぶん、と振るう。
「…軽…」
「そ、そうですか?」
青年が相槌を打つ。私は誰に話し掛けたつもりも無かった。残念ながらそういう余裕は無いのだ。
人を殺す道具だと言い聞かせ、もう一度振る。真剣に向き合わねば。大丈夫。できる。
「剣の…経験は…」
アレクセイの方から話し掛けてくるのは初めてだった。
「あまり得意じゃないです。君は得意そうだけど」
「得意な武器でやればいいでしょう」
ハンデのつもりか見縊るな、というような力強い眼光。私が本気を出したなら世界滅ぶけど良いですか?などとは勿論言えない。いや、心意気だけならいつも本気だ。でなければ私は敵対する相手の前に立つことすらできない。戦うのは怖い。
「私の得意な武器でやると騎士じゃなくて、死神になっちゃうしいいや」
くるくると剣を回し、感触を確かめてからまた振るう。
「さぁ、始めよっか」
軽く言うのは、怖いからだ。戦うのは嫌い。人を傷付けるのは自分を傷付けるのと同等。でも剣を振るわなければならない時は必ずあって、それがきっと今なのだ。
だから心臓よ。そんなに主張しないでおくれ。もうさっきからバクバクだからね。平気そうな顔してるけど、もうホントに口から心臓出る勢いだから!!
…もう止めておくか。人らしく見せるため、人を忘れないために人の構造を模しているだけなのだ。本来臓器は無くとも生きられる。気が散るから心臓は少し黙っていてもらおう。
「では、はじめ!」
キン、キンと剣と剣がぶつかり合う。リズミカルな音。こんな軽い剣から一体どうやってこんな重い斬撃をだしているのか、不思議だ。私は攻撃を受け流し、彼の攻撃パターンをしばらく観察していた。どうやら魔術の類は使う気が無いらしい。それはありがたかった。
ここでは魔導器を使って魔術を発生させるのだそうだ。確かそんな設定だったな、とそこでやっと思い出した。私の使える魔術とは色々と仕組みが違うらしかったので怪しまれても困る。見れば使えるが、見なければ使えない。彼が出した術を真似するしかないのだが、それをすると癪に障るだろう。
実は遠距離攻撃の方が得意なのだが。いや、嘘だ。遠距離の方が怖くない、というだけだ。
剣を振るうたびにアレクセイの銀色の髪が揺れる。闘争心にギラギラと光る赤い眼はまるで掘り出しただけの未加工のルビーのようで、その荒々しさに目を奪われる。つい見惚れてしまう。
関係ないこと考えながら戦ってるとバレたら、彼はまた機嫌悪くしてしまうだろう。しかし他事に思考が行ってしまうのは仕方が無い。元々戦いなど性に合わないのだから。どちらかというと思考の海に身を沈める方が好きだ。
夕日が沈んでいく。もうすぐ闇が来る。真っ赤な太陽を包み込むように濃紺が世界を飲み込む。
その瞬間紅と蒼が交わり、色鮮やかな情景をもたらす。私はその瞬間が堪らなく好きだった。 闇色の世界が迫ってくる。逃げることは出来ない。剣など握っていなければ両手を広げて歓迎するのに。
きぃん…剣が鳴る。アレクセイの汗の雫が飛ぶ。それは日の光に照らされてキラキラと光っていた。こういうのを青春というのだろうか。
もう何分も打ち合っている。ギャラリーも飽きてきたようだった。人が減ってきた。それでも熱心に観ている者もいる。アレクセイの息も上がり、太刀筋の切れが悪くなってきた。そろそろ頃合いだろうか。剣を受け止め、ぐぃと押し返す。突然の反撃にアレクセイはバランスを崩しそうになる。そこは流石というべきか踏み止まった。
彼が体制を立て直そうと後ろに右足を多くく引いた瞬間、私は身体をひねった反動でアレクセイの足を引っ掛け、彼の体制を崩す。がくんと膝の力が抜けた。
そこを狙って、彼の剣を下から思い切り斬り上げる。振りぬいた斬撃の衝撃に耐えきれず、剣は空を飛び、地面に吸い込まれるように落ちた。それはからからと地を滑り、やがて止まった。そのまま後ろに倒れこむアレクセイを追いかけるように私も身を低くし、彼の首に剣をつきたてる。勿論寸でのところで止める。切れ味の良い剣は彼の首を少し傷付けたが、血が噴出すほどではなく、血がツーと伝ったに留まった。石の地面に銀糸が散らばり、扇情的だった。喉仏が上下し、赤い目が此方を見ている。ゆっくりとその目を閉じ、またゆっくりと開かれた。彼の口は音を発した。
「…参り…ました…」
根気良く見ていた人間も居て、わぁと湧いた。あのアレクセイ副隊長を…何者だ、などといった声が聞こえる。
ふぅ…と息をついた。あまりこういう戦い方は好きじゃない。一対一で、己の主張を通すために戦うのは、必要以上に疲れる。知性のない凶暴な魔物相手の方が幾分かマシだ。
少しだけ血の付いたのを拭い、ぽいと剣を上空へ放る。くるりくるりと回転しながら剣は上に上がり、上がりきると落ちてくる。地面に置いておいた鞘を拾って、右手に持っていると、落ちてきた剣がするりその鞘に吸い込まれるように収まった。
「これ、ありがと。なかなか切れ味が良い。手入れが行き届いている、と思います」
「あ、え…と、はい。ありがとうございます」
青年は唖然として、あまり私の言葉が耳に入っていなかったようだ。彼に剣を返し、振り返る。アレクセイはどこを見ているのか分からない虚ろな目をしていた。
「…アレクセイ君、どうかした?はい」
ぼんやりと座ったままで立つ様子はないので、手を差し出した。するとアレクセイはその手を素直に取って立ち上がった。ぼんやりとした視線は消え、彼の目ははっきりと意思を持って私の目を見ていた。
「何でもっと早く反撃してこなかったんですか?」
「なんで…と言われてもなぁ…そうだな。君の髪が、」
「髪?」
訳がわからないといった風に顔を顰めて見せた。美形は顔を歪めても綺麗だ。
「さらさらと流れて綺麗だったから、もっと見ていたくて。でも、君疲れてきてたみたいだから早く決着つけた方がいいかなって。…ああ、あと目」
「目、ですか」
次は何を言うのかと構えるような顔になる。そう期待されても困るのだが。
「うん。宝石みたいで凄く綺麗だ。とても、綺麗だと思ったから」
そっと彼の頬を撫でる。汗ばんだ肌がするりと滑る。きめ細かくて綺麗な肌だ。
みるみるうちにアレクセイの顔が赤くなる。羞恥か怒りか。その辺にいた騎士たちも、固まっている。
「耳まで真っ赤だね」
年下の子をからかうのは割と好きな方だ。わしわしと髪をかき混ぜると、ふるふると頭を振る。う、可愛い。すっかり私への敵意は無くなったらしい。良かった。
「た…隊長…!!」
顔から湯気がでるんじゃないかという程アレクセイの顔は真っ赤だった。ぽりぽりと頭を掻いて、あーこういうときなんて言うんだろう。
「……あーなんだっけ」
「ルーベンスです。隊長」
「ああ、そうそう、・ルーベンスです。これからよろしくね。アレクセイ」
手汗を服で拭って右手を差し出すと、しっかりと握り返してきた。うん、なんとも素直で可愛い。
「あの…隊長…血が…」
「あ、ごめん、ティッシュ持ってる?」
「ハンカチならあります」
優雅な所作でハンカチが出てきた。
「ありがとう。洗って返そうか?」
「いえ、結構です。差し上げます」
「え?そう、悪いね」
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