「あ、じゃあこの席で普通なの俺だけじゃん」
真っ先に正気に戻った高尾の言葉に皆が固まった。
『え?』
「あれ?」
(緑間っちと一緒にいれるって…相当…)
(この人と一緒にいられるって…結構変な人じゃないと駄目なんじゃ…)
「お前が普通なわけないだろう」
「えー!」
高尾は傷ついた風でもなく笑いながら口先だけで非難の声を上げた。
「お待たせしましたー」
「どうも」
元気な店員さんが、ラーメンを持ってきた。それににこやかに黄瀬が対応する。
「あれ?先に頼んだのに、さんの遅いね」
「ああ、あれ、時間かかるらしくて」
「ふぅん。じゃあ、まぁ先に食べよっか。伸びるし」
「どうぞどうぞ。あ、黄瀬君チャーハンちょっと頂戴」
「良いっスよー。餃子もどうぞ」
バスケの話題を挟みながら和やかに食べていた。だが、急にが顔を歪めた。
「黄瀬君、足、」
きつい口調で注意する。の足に黄瀬の足がぶつかった。それに黄瀬はどや顔で応える。
「すみません、俺、足長いんで」
「ストッキング破れたらどうすんの!ってこれ前もあったなこんな会話!」
「買ってあげるっス」
にっこりと黄瀬は笑う。普段の人懐っこい笑みではなく、モデルのような気取った笑顔だ。
「そういう問題違う!ってかエロいな、ストッキング買って貰うとか」
「またそういう…はしたないっスよ」
「えー」
がつがつと机の下で攻防が始まる。
「仲良いねー」
高尾が完全に傍観者を決め込み、笑う。緑間はじっとその様子を見ていた。
「黄瀬」
「はい?」
黄瀬が足を止め、緑間を見た。
「お前、変わったな」
「そうっスか」
黄瀬は少し俯いて、はにかんだ。愛しそうな笑みだ。
「ぅぐ、黄瀬君また乙女発動…」
「乙女違う!」
黄瀬が顔を真っ赤に反論する。がにやにやと黄瀬を見る。黄瀬はわなわなと震える。
「きーちゃんかわいー」
「きーちゃん言うなぁ!」
「なんでよ!桃さんは言ってたぞ。はっ…美人との格差…!?」
は「まさか差別か!」と大袈裟に驚いて見せた。
「違うっスよぉ…またそんな自虐的なこと言って。俺を困らせたいんスか?」
「困ってるの?」
が純粋にそう尋ねると、黄瀬は黙り込んだ。黄瀬の表情は俯いてしまって見えない。だが仄かに耳が染まっているのが見えた。
「無言で頭ぐしゃぐしゃにすんなー」
わーとが声を上げる。唐突にぴたりと手が止まった。訝しがってが黄瀬を見ると、黄瀬が緑間を涙目で見る。
「ぃてっ……何?緑間っち。なんで俺蹴られたんスかーもー。緑間っちはさんの味方ぁ?」
「いや、別に…」
緑間が自分でしたことにもかかわらず唖然とした顔をした。その表情に、高尾がぴんと来た。
「何ー?真ちゃんやきもち?友達取られて寂しいんだろ」
「違うのだよ。そもそもこいつとは、…そういうんじゃない」
緑間は仏頂面でラーメンをずるずると啜り、誤魔化した。
(緑間さんって、友達いるのかな…ってか、あれか、バスケ部は孤高か…?みんな孤高気取ってる厨二病!?ってか、キセキってそもそもその名前自体厨二…)
は緑間と黄瀬を見て、この二人と一緒にいることに色々と不安を抱えることとなった。
が二人に不安を覚えていると、ラーメンが運ばれてきた。
「お待たせしましたー」
「あ、ありがとうございます」
店員が置いたラーメンを見て、黄瀬と緑間が僅かばかり引いた。
「あ、俺それ気になってたんだよなー。美味い?」
「はい、好きでいつも食べてるんですけど…こんなメンバーになるなら頼まなかったです。これ、食べると強烈に汗かくし…」
高尾が赤いラーメンをじっと見ていたので、はすすすと、高尾の方に器を押した。
「良かったら、どうぞ」
「え!いいの!?ありがとー。むぐ、うん、美味い!」
「ですよねぇ!」
緑間が興味深々といった様子で見ている。
「スープ飲んでみます?」
こくりと頷く。レンゲに少量すくって、口に含む。
「…………ごふっ…」
「大丈夫ですか!?血みたいになっとる…!」
「………水」
思わず咳き込み、口の端から赤いスープが伝う。が慌てて手ぬぐいと水を渡すと、凄い勢いで水を飲み干し、口を拭った。
「辛いのだよ…いや、痛いのだよ!」
涙目で彼は文句を垂れる。
「そんなに辛いですか?」
そう言ってはスープを飲んだ。
「…………いや、まぁ辛いのは辛いですけど…」
同意を求めて高尾を見ると、彼はに同意する。が余りにも普通にスープを飲んだので、黄瀬は先ほどの緑間の様子を忘れて、好奇心に突き動かされた。
「お、俺も…」
自分のレンゲで掬い、恐る恐る飲み込んだ。すると黄瀬の全身の毛が逆立った。
「にゃー…」
「にゃー!?」
黄瀬は変な奇声を発し、水をぺろぺろと舐めた。
「黄瀬君大丈夫…?」
黄瀬を心配し、は黄瀬の様子を伺う。
「これは酷い…」
黄瀬は真剣な表情でそう呟いた。
「酷い!?いや、これから完食するつもりですが何か!?」
そんなに辛くないよ、とは再びスープを飲み、そしてラーメンを啜った。さらにトッピングのキムチをぱくりと食べる。確かに辛いが旨かった。
「お前たちはきっとロボットか何かなのだよ」
緑間が超理屈を持ち出してきた。
「あー、分かる。絶対そうっス!」
「高尾さんはともかくとして…こんな性能悪いロボットヤバくない?」
がそう言うと、黄瀬が反応に困って口ごもった。は首を傾げて、「困った?」と黄瀬に言った。黄瀬は「うん、」と即答した。はそれを聞いて満足げに笑った。
「これからはもっと言うね」
「なんで!?」
「だって、黄瀬君が困ると、面白いってか、」
「面白…!?」
黄瀬は食べていたラーメンを吹き出しそうになる。それをぐっと堪え、をふて腐れた顔で睨む。は意に介さず、相変わらず真っ赤な色をしたラーメンを啜った。
「さんって、面白いね。ね、真ちゃん………………真ちゃん?」
「いや、何でも無いのだよ」
高尾が緑間に向かって言うが、緑間はぼーっとしており、聞こえていなかったようだ。心ここにあらず、といった様子で相槌を打った。
「あ」
が声を上げた。
「青峰さんだよ」
「青峰っち?今日はよく会うっスね」
そう言って、黄瀬は後ろを振り返ることなく餃子を銜えた。
「もう席いっぱいだね。私移動しようか?」
「良いっスよ」
「そう?」
「中学の時も別にずっと一緒にいたわけじゃないし」
「そうなの?」
黄瀬は興味なさそうに、食べることに没頭する。それは敢えて関わりを持たないようにしているようにも見えた。
緑間はそんな黄瀬の様子を見て、そうだ自分たちはバスケでのみ繋がっていた、と再認識した。黄瀬が部に入ってきた頃は違ったかもしれない。だが青峰が覚醒した日から変わった。勝つことが全て。それが顕著になった。
「また会ったな」
「そうっスね」
黄瀬は箸を止め、青峰を見た。その表情が何とも言えないもので、は心中穏やかでなかった。
(どうしよう、何か言うべき?空気が…空気が重いんですけど!)
そうが考えていると、青峰と目があった。
「…………………うっわ、何その赤いの…」
「え?赤玉ラーメンです!どうぞ!」
器を持ち上げて、青峰に差し出す。
「さん、面白がってるっしょ」
「うん、」
青峰は、スープに浸かったレンゲを取り、スープを口に運ぶ。先の二人のような激しいリアクションがない。
「あ、でも割と大丈夫そうですね」
「青峰、顔色が悪いのだよ」
「え!?」
緑間が水を差し出しながら言う。には分からなかったが、顔色が悪いらしい。
「あ、ホントだ。赤くなってる…」
「辛っ…痛っ」
水を素直に受け取り、青峰は涙をためた目を擦った。
「美味しいのに…ねぇ、高尾さん」
「そうだよぉ!まったくお子ちゃま口だなぁ」
高尾は面白がって言う。黄瀬がそんなことないッスと反論しているが、誰も聞いていない。
「ヤベ…涙止まんねぇ…席詰めて、」
「あ、はい」
青峰がと高尾のいる長いすに腰掛けた。黄瀬と緑間のいる席は既にもう誰も入る余地がない。
「せめぇ…」
「それ俺のセリフ…」
青峰の文句に、高尾が呆れ顔をする。
「すみませんお尻大きくて…」
「違うよ、青峰くんがごついから!」
がしょもんと落ち込んで見せると、高尾があわあわと弁明した。
「けど、こっちには座れないっスよね…さん、俺の膝に乗るっスか?」
「へぇ!?お、重、いよ?」
「大丈夫っス」
黄瀬はにっこりと笑った。
「うー…あー……………からかってる?」
「バレた」
んべ、と舌を出した。
「っつ……もー蹴らないで!」
「今のは、今のは黄瀬君が悪い」
「いつも俺をからかうからバチっスよー!」
黄瀬は悪ガキのようにいひひ、と笑う。
「お前って、そんな風に笑うんだな」
青峰はしれっと言った。なんの他意もなく。は固まった。それ以上に黄瀬の口が、間抜けにぽかんと開いたまま閉じない。
「………ど、どんな顔してたのか気になるっス…さん…」
真っ赤になった顔を両手で挟んで、縋るようにを見る。はぶんぶんと首を振った。
「まぁ、確かに中学の時とは違うな」
「自分では分からないっス…ね」
むぅ、と黄瀬は口を尖らせた。
「高尾さん、」
「さん…言わずもがな…」
は黄瀬を見つめながら高尾に声をかけた。高尾も同じ心境だったらしい。
「キセキの人って、ちょっとズレてますね…」
「そうだね…真ちゃんが特別変ってわけじゃなかったことにビックリ…」
「ですね…」
高校生男子のする会話ではない。それを平然とやってのけるキセキの世代はやはり奇跡の存在だった。高尾とはその様子を呆れ顔で眺めた。
「…まぁ、中学の頃より、背伸びはしなくなった気がするっス。今は一生懸命やってるのが楽しいっス」
黄瀬は胸を押さえた。
(あの頃は、焦ってた……)
黄瀬は思った。バスケをしている間は練習が辛いながらも楽しかった。でも終わって一人になってみると、酷い焦燥感に駆られたのだ。
一人の帰り道で何度も思った。
---------届かない
手を伸ばしても、何も掴めないような気がして、黄瀬は胸を灼かれる思いをした。コートの中ではあんなに近くにいるのに、なぜこんなにも遠いのか。黄瀬は取り残されるような感覚によく襲われた。
「さん」
「ん?」
黄瀬はの名を呼んだ。すぐに返事が返ってくる。いつも傍にいるわけではない。それでも「遠い」と感じたことはない。
「なんでもない」
「うん?うん」
(手を伸ばせば、振り返ってくれて、たまに俺が引っ張ってあげて……嫌いって言われて辛くて、好きって言われて嬉しくて、親友って関係がむずがゆくてドキドキして、変わったのかな、嬉しいのかな、)
黄瀬は変わったという自分に思いを馳せた。
「え、巨乳好きなんですか?私も好きです。巨乳。挟まれたいですね」
「俺を挟んで、おっぱい談義しないで!ってか、もう俺も混じるし!別に巨乳好きじゃないけど!」
「高尾…」
黄瀬は唖然とした。真剣に考えていた自分が馬鹿らしくなった。
「…俺の感動返せ……!」
「え!?何!?今意気投合したところなんだけど…」
「そうだぞ、黄瀬」
「おっぱい同盟ですよ。ねー」
「そうだそうだ!」
青峰とは意気投合し、高尾が悪のりした。
「あれ?なんかデジャブ…」
**
「なんか、バスケしたくなってこない?」
高尾がそんなことを言い出した。確かにキセキの世代と言われるメンバーが3人も集まっている。高尾としては一度くらいしたいと思うだろう。
「え、でも…」
黄瀬はを見た。
「私は良いよ」
そうが言ったことで、高尾の提案は通った。
「俺、高尾君と一緒が良い」
「えー、そう言ってもらえると嬉しいなー」
「だって、青峰っちはどうせ一人で突っ走るし、緑間っちは絶対パスくれないし…」
黄瀬が高尾の腕にしがみついた。
「高尾、」
「はいはーい?」
「組むのだよ」
緑間が仏頂面で高尾を誘う。高尾は黄瀬を腕にくっつけた状態で、んー、と唸った。
「高尾さん人気ものですね。もうぐっぱで良いでしょ」
「そだねー」
「じゃあ、」
「で、結局こうなるんだなー」
「そうですね…」
「あいつらはいつもそうなのだよ」
チーム分けは青峰・高尾、黄瀬・緑間となった。だが、結局黄瀬と青峰の1 on 1になり、高尾と緑間はと共にベンチで二人の様子を見ていた。
「黄瀬君が負けるの見るの、新鮮です。一対一で負けてるのは、見たこと無いです」
「そっか、流石だなー」
「はい」
空を見上げた。まだ空は青い。
「みんな、黄瀬君が変わった、って言うんです。それが、不思議で。私は今の彼しか知りませんから。あ、別に知りたいと思ってるわけでもないんですけど…」
「あー、うん、そうだよね。俺も真ちゃんって中学の時どんなだったのかなーって思うもん。試合のとき以外ね。…まぁ、真ちゃんはずっとこんな感じだったんだろうけど、で、どうなの、真ちゃん」
緑間に振ると、緑間は神経質そうに眼鏡を上げた。
「………………俺たちはバスケで繋がっていただけなのだよ。だから、あいつがバスケ以外で、人と普通に接しているのが、不思議だ。あいつは器用に見えて不器用だからな」
と高尾は緑間をじっと見た。それに緑間がたじろぐ。
「いえ、緑間さんは黄瀬君のことをよく見てるんだなって思って」
「俺も思った。変わったって思うってことは、ずっと見てたってことだろ?お前らって、みんな不器用で、気づいてなかっただけなんだって。仲良かったんだろ」
緑間は黙り込んだ。よくつるんでいたのは確かだ。
「緑間っちー、高尾くんー、」
黄瀬が声を上げた。
緑間と高尾は立ち上がり、コートに入っていく。それを眺めていた。男の子は蟠りやすれ違いの気持ちを持っていても、、こうやって好きな物で擦り合わせることが出来る。は彼らの後ろ姿が眩しかった。
「何してんスかー、さんがボール上げてくれないと始まらないっスよー!」
「今度は真っ直ぐ上に投げろよ」
青峰は呆れ顔でにそう言った。
先ほど、が上げたジャンプボールは明後日の方向に飛んでいった。
「ちょ、ちょっと練習させてください…」
「ボール上に投げるだけなのに…」
「運動音痴なめたらあかんて…」
そう言って、は輪の中に駈けていった。
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