「ナンパ?」
「そうっス」

黄瀬は、に合コンをしたところまでを話した。すると、は表情を動かさず、口を開いた。

「黄瀬君て顔だけじゃなくて、性格までチャラかったんだね」
「誤解っス!無理矢理連れてかれたんスよ!」
「ふぅん…」

黄瀬は力一杯否定する。は興味なさそうに、お弁当のご飯を口に入れた。

「暇なの?」

勿論暇でないことは分かっている。あまりに不謹慎というか、無防備というか、何か問題があったらどうするつもりなのかと、梓は問いただしたくなった。

「いや、なんか、……俺もなんか森山先輩に付き合っただけなんで…」
「そう…」

特に面白みもない話には適当に答えたが、次の黄瀬の言葉に驚愕することになる。

「笠松先輩も、一緒で…」
「え!?」
「見張り?みたいな、まぁあの人女の人が苦手らしくて…全然ダメだったけど…」

意外だった。そういうことには興味がないと思っていた。それには笠松が女性に苦手意識を持っていると知っている。

「………あの人も男の人やねぇ…」
「……そうスね」

黄瀬は一瞬目を細めた。はそれを見逃さなかった。黄瀬が変な勘ぐりをしていると分かった。とはいえここで否定することで認めてしまうような形になるのは避けたい。は話題をナンパに戻した方が良さそうだと、判断した。事実笠松に特別な感情はないのだ。

「へぇ…ナンパって成功するもん?」
「ん〜………この指とまれ、って言ったら集まってきたっス」

あっけらかんと言う黄瀬には、常人とは違うところを見せつけられた気がした。

「それ私の知ってるナンパと違う…っていうか、お前は何かフェロモンでも出してんのか?」
「フェロモンって…」

は黄瀬の言葉に、花に群がる蝶、いや、もっと生々しい想像をした。

「蛾か蜂か、」
「蛾…」

黄瀬は打ちのめされたような顔をした。はそれを気にとめず、言葉を続けた。

「ちなみに人は、わきの下から出ているらしい…想像すると…」
「想像しないで!」

黄瀬は顔を上げ、抗議した。も自分の想像に、うっと餌付いた。

「食事がまずくなった、責任を取って」
「俺のせいっスか!?」

心外だ、と黄瀬は声を上げた。

「おー、仲良いな」
「仲良くないっス」

小堀が黄瀬の隣の席を一個空けて座った。今日の日替わりランチは唐揚げらしい。黄瀬も唐揚げ、小堀も唐揚げだった。

「フェロモンだけど、」
「まだ続くんスか?」

げんなりした顔で、黄瀬はを見た。こういったやりとりはいつものことだ。は変な知識が多かった。それは黄瀬にとって新鮮なものだったが、大抵生々しい話か汚い話なので、黄瀬は素直に受け入れられなかった。

「動物は、警戒を知らせる時とかにも使うけど、人は、性フェロモンだよ。黄瀬君はやらしいのね」

はあまりにも平坦な声音で「やらしい」と言った。

「…………またそういう…さんはもっと出した方が良いっスよ!色気的な」

黄瀬は目の前のを見てそう言った。は、黄瀬の今まで付き合ってきた女子とは全く違う。飾る、ということを知らない垢抜けない容姿だ。

「色気を出してどうするの?」
「え?」
「え?」

は真顔で黄瀬に尋ねた。その言葉に黄瀬は思わず声を漏らした。あまりにも意外そうに答えた黄瀬の言葉に、は自分は変なことを聞いたのかと、疑問符を重ねた。

「いや、だって、不特定多数の人にモテても……しょうがないっていうか……だって、モテたら黄瀬君みたいになるんでしょ?」
「なんスか!?俺みたいって…あたかも俺がもの凄く捻くれたヤツみたいな言い方しないで!」

黄瀬の言葉に、小堀が微笑ましそうに黄瀬を見た。今でこそ馴染んでいるが、入学当初はお世辞にも「捻くれていない」とは言えなかった。だから、小堀は成長する子供を見ている親の心境だった。

「黄瀬君の生き方は器用な生き方だとは思うけど、…私はもっと真剣にお付き合いしたいかな、恋愛も友情も、って」
「ふーん」

興味なさそうに相槌を打ちながら、黄瀬は無性にの頭を撫でたくなった。その思いが、無意識に行動に出てしまった。

「うわ!なになに」
「いや、なんとなく…」

が驚いた声を上げた。その様子は小動物の様だった。黄瀬は自分の行動に呆気に取られていた。自分の手を眺めた。

「なんとなくで撫でないでよ…私は別に良いけど、…頭撫でられるの嫌な人もいるだろうし…変な癖つけない方がいいよ」
「………う、うん…」

は黄瀬の煮え切らない返事に首をかしげた。だが、その疑問はすぐに打ち消されることになった。

「何いちゃいちゃしてんだー!」
「してないっスよ!」

早川と森山が、大盛りのカレーをトレーに乗せてやってきた。早川の早口で大きな声が食堂に響き、は居たたまれなくなった。
相変わらず、笠松は借りてきた猫の様に静かだ。本当に女性が苦手らしい。
達が座っているのは、6人用の机だ。の前に黄瀬が座り、黄瀬の左隣に笠松が居た。その前に森山が座り、その隣に早川が小堀と向かい合う様に座っていた。

「うるさくて、スマンな」
「あ、いえ…大丈夫です」

小堀がを心配して、声をかけた。は社交辞令の様な言葉を返し、食べることに没頭した。しばらくすると興味が失せたのか、皆それぞれのテーブルで談笑し始めた。

「意外でした。笠松先輩もナンパ行ったって聞きましたよ」
「忘れてくれ…」

が、あまりにも静かな笠松を心配して、話しかけた。笠松は試合中からは想像もできないくらい、小さな声でぼそりと呟いた。

「ああ…女の子に緊張しすぎてヘマしたんだよな!」
「言うな!」

森山がからかうと、笠松は声を荒げた。黄瀬はそれを見て苦笑いしている。

「私とは結構お話ししてくれるので、そこまでとは思いませんで」
「う……いや、」

笠松は言い淀んだ。と以前話したときは、黄瀬のモチベーションの心配もあり、気持ちが部活モードになっていた。だから、ぎこちないながらも話ができた。

「まぁ、私女の子って感じじゃないですもんね」
「違っ……………そういうわけじゃないんだ」

申し訳ない様な顔をして、は言った。笠松はその言葉を否定する。
は本心から言っているわけではなく、本気で傷ついたわけでもなかった。笠松がどんな反応をするか気になったのだ。

「そう言われると照れますね。先輩ってご兄弟おられるんですか?」

はにかんで言う。笠松はたじろいだ。

「え?まぁ…」
「世話好きっぽいから、弟か妹か、いるんじゃないかなって、思って」
「…弟が、いるな。とはいっても、そんなに仲良くないから、一人みたいなもんだ」
「あ、やっぱり居るんですね。そんな感じします」
「…おう」

は笠松の言葉を待たずに話を進めた。話ができる程度に話を聞き、即座に返答する。何となく会話が形になってきていた。その様子を他のメンバーは見守っていた。森山は心底面白そうに会話を聞いており、いつチャチャを入れようか伺っていた。

「バスケ、楽しいですか?」
「あ、ああ」
「やってる人が楽しんでやってるから、見てる方もわくわくするんですかね」
「………そうかもな」

笠松の好きなバスケを話題に選んだ。ほんの少し表情が緩んだのを見逃さなかった。だが、あまりバスケのことに詳しくない。下手なことを言うと、ボロが出るのは分かっていた。は自分の経験を話すことにした。

「私、本当に運動苦手で…実はバスケに良い思い出無いんですよね〜…やっぱり見るのとやるのとでは全然違いますし」
「何かあったのか?」

笠松の顔が真剣なものになった。

「笑わないでくださいね」
「おう、」

が念を押すと、笠松は頷いた。

「授業でバスケしたとき、私、リバウンド?取ろうとしたんです。したら、女バスの背の高い子がジャンプして取ったんです。そこまでは良かったんですけど、着地して、腕を下げたとこに、私がいて、そのまま着地の勢いで顔に思い切りエルボーされちゃって。結構痛かったです」
「それは痛いな…」

頬をさすりながら痛かったーと言うと、笠松は苦笑いした。バスケ部で主将をしている笠松にしたら、そういう話は「微笑ましい」の一言だ。

「そうですよ。もう絶対にゴール下には行かない…って決めましたね」

笠松は幾分かリラックスした様子で、ご飯をつつきながら、話を聞いていた。

「これ、話に続き有るんですけど、腫れはしなかった…いやちょっと腫れたのかな…で、家帰って湿布はろうとしたら、湿布が無かったんです」
「どうしたんだ?」
「サロンパスでも良いやって貼ったら涙止まらなくなっちゃったんです。先輩も気をつけてください!」
「そうだな、多分やらないだろうけど気をつける」

笠松は穏やかな声でそう言った。は手応えを掴んでいた。掴んだからといって、どうということはないが。

「あとまだありますよ、災難。運動神経がないって、本当にそれだけで大変なんです!試合の時って、モップ?でコート拭いてますよね」
「ああ、」
「授業では拭かないですよね」
「拭かないな」
「汗で滑って、勢いよく頭から床とごっちんこですよ。多分あれで私の頭はおかしくなったんです!」

笠松はくすりと笑った。

「確かにそれは災難だな」
「でしょ!気をつけてくださいね!あ、でも私突き指はしたことないですよ!」

が両手を広げて「凄いでしょ、褒めて」という風な態度を取ると、笠松はふわりと笑った。

「そうか」
「はい」

笠松は小さい子を相手にしている心持ちで、に接していた。もそれを承知している。笠松の性格を知って、はそう接していた。

「会話が成立してる…!」

森山と小堀が、驚愕の表情で笠松との会話を聞いていた。黄瀬は目を白黒させていた。あの笠松が女であると会話を成立させていることもそうだが、それをやってのけたのが、だという事実に驚愕していた。



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