HAIR
「黄瀬君って、下の毛も金髪なん?」
「散々弄られたことを、この年になって再び弄られるとは…」
黄瀬は机の上に項垂れた。
「え、あ……」
は黄瀬の頭を撫でながら必死に謝った。子供の頃にからかわれた記憶なら、さぞかしトラウマになっているだろうと思ったのだ。
「ごめん…好奇心、っていうか、うん、ただの好奇心、別にからかってやろうとかじゃなくて、うん、なんかごめん」
「そんな風に謝られたら、何も言えないっスよ…」
黄瀬は顔を上げて、そう言った。は黄瀬の顔を凝視している。黄瀬はむずがゆい気がして、視線を逸らした。
「きっと、下も綺麗な金髪なんだろうなぁ…」
「………なんで、」
は悪びれた風でもなく、言った。純粋にそう思ったからだ。そこにはからかいの気持ちはなかった。
「だって黄瀬君、眉毛もまつげも綺麗な金髪だもん」
「………………眉毛まつげと下の毛を綺麗だと言われたことはないスね…」
「え?」
は意外そうな声を出した。
「なんスか、その『え?』は…滅茶苦茶意外そうなのはなんで!?」
「いや、だって、…彼女とかに言われたりしない?ほら、アレの時とか……金髪だったら、つい見ちゃうだろうし…」
たどたどしく、もごもごとはそう言った。黄瀬は一瞬何を言われたのか分からなかった。理解して、黄瀬は溜息を吐いた。
「友達の性事情を想像しないでください」
「別に想像したわけじゃないけど、……黄瀬君だったら経験くらいあるだろうと思って…」
うーん、と首をかしげながら、は言った。黄瀬はを見るが、は視線を逸らした。視線は合わない。
「そりゃ…無い、わけじゃないけど………」
そのとき、ばっとの顔が黄瀬を見た。そして逸らされる。ちらちらと黄瀬を見ては逸らす。聞きたいけど、聞いても良いものか、との中で葛藤があった。
「そんな期待した顔しないで…」
「え?」
「え?じゃない!」
聞いても良いのか、という顔をしては黄瀬を見た。それはエサを前にした犬のような表情だ。
「……………だって、私も普通の高校生女子だもん、気にならないわけでもなし…」
「俺から何を聞こうってんスか…」
黄瀬の言葉に、は一瞬止まった。は話題のまずさに、口を尖らせた。
「うー…ん、どうだった、とか…?そんな掘り下げられるとこっちも恥ずかしいんだけど…」
「そこで、照れないでください!」
「ちょ、声大きいよ。折角こっちが小声で話してんのに…」
ぼそぼそとはそう言った。さすがにクラスで猥談がおおっぴらに出来るはずもない。だが、黄瀬の言葉に数名のクラスメイトが二人を見た。
「この状況で諭されるとちょっとむかつく…」
「いや、うん、言いたくなければ、良いんだけど…」
クラスメイトたちは、いつものことか、とすぐに自分たちの会話に戻った。
「微妙な空気になったっスけど…」
「う、うん、なんかごめん…あ、っていうか、否定しないって事はやっぱり金髪なんだ…ぐふ…」
黄瀬はの頭を掴んだ。ぎりぎりと力を入れるので、は痛みに喘いだ。
「アンタは、本当に下品通り越して痴女っスよ!痴女!」
「痴女じゃないもん。色々な方面に好奇心が旺盛なだけだもん。それに、…付き合うって、どこまでなんだろ、とか…ちょっと考えたりもするし…いや、別に彼氏欲しいとかそういうのでは……」
もごもごとは口を動かした。
「こんなこと聞けるの黄瀬君だけだし」
「そ、れは…嬉し……いわけないだろ!ばーか!」
黄瀬は「特別な友達」というポジションに喜びを覚えた。しかし、すぐにここで喜ぶのもどうだろうと考え直し、の髪を乱暴に両手でごしごしと掻き混ぜた。
「ちょ、髪、髪がくちゃくちゃに…!黄瀬てめぇ、私の髪はお前みたいにサラサラじゃないんだぞ!?」
は黄瀬の腕を掴むが、あまり意味を成さない。恥ずかしいことを考えた、と黄瀬は引くに引けないでいた。
(特別が嬉しいとか小学生か………!)
黄瀬はそう心の中で叫んだ。そのとき、ちくりと指が痛んだ。黄瀬は顔を顰めた。
「って…」
「え!?何?ごめん、どうしたの?」
は手に怪我をさせてしまったかと思い、焦った。シュートの時は、指の微妙な感覚が大切なのだと聞いていた。
「いや、なんか指、ちくっとした…」
「髪刺さった?」
「髪って刺さるんスか!」
黄瀬が大袈裟にリアクションを取る。は自分の髪がぐしゃぐしゃなのを放っておいて、黄瀬の手を取った。手のひらを表にすると、黄瀬の指に黒い髪が刺さっていた。少し間抜けだ。
「うわっ、本当に刺さってるっス!」
「抜くよ、」
「あ、あ、ちょっと待って、写メる!」
「女子高生か!」
「男子高校生っスけど?………だって、こんなの初めてっスよ」
「そうなの?」
は、頭を手櫛で整え、黄瀬が写メを取るのを待っていた。スマフォを鞄に戻したところで、は毛を引っこ抜いた。
「ふわぁ…髪って刺さるんスね!」
「そうだね。私の髪は鋼鉄なのだよ。気を付けたまえ」
は平坦な声で黄瀬に応えた。
「さん、髪の毛、櫛でとかなくて大丈夫?」
「え?手櫛で別に大丈夫だけど…」
「お ん な の こ!」
と黄瀬は一文字一文字区切って、を窘めた。鞄から櫛を取り出し、黄瀬はの髪を梳いた。
「本っっ当にアンタは頓着しないっスね。そんなんじゃ彼氏とか言ってられないっスよ!」
「んー?別にいらんけど…」
「それにしても、身だしなみ!」
「んー…」
ぺしぺしと黄瀬はの頭を叩いた。
「っていうか、今気づいたんだけど、黄瀬君の私に対する態度が段々おざなりになってきてるのは気のせいじゃないよね…?」
「だって、さんって、俺に対して幻滅とかしないでしょ?」
黄瀬はへらりと笑った。
嬉しさと気まずさが同時に来た。は黄瀬の信頼が気恥ずかしくて、素直に頷くことができず、なんとかこの場を茶化そうと考えた。
「うーん…」
「え!?もうちょっと優しくした方が良いっスか!?」
黄瀬は身を乗り出した。
「いや、意外と乙女だったことに、げんなりだわ。もっとスレてたら面白いのに……まぁ、そんな黄瀬君なら私は君とおさらばしてるんだろうけど」
「…どういうがっかりの仕方なんスか……………」
黄瀬は溜息を吐いた。
「いや、黄瀬君が黄瀬君じゃなかったら、きっと私は君とこうしてお話しすることもなかったんだな、と思って」
「へ、へぇー……」
「なんで照れたし」
ほんの少し、黄瀬の頬が染まったのを、は見逃さなかった。それを隠す様に黄瀬は口をすぼめた。
「別に良いでしょ。っていうか、俺、女の子とお付き合いはあるけど、そういう…経験は別に多くないっス。ホント、時間無くてすぐに別れちゃうし…………爛れてないっスよ?」
(多くないって少なくもないって事か?)
黄瀬は首をこてんと傾げて、を伺うように見た。別に爛れていても、は自分に害が無ければ問題はないと思っていた。しかし、黄瀬はの反応を見ていた。
「勿体ないなー…」
は呟くように言った。
「なんスか、勿体ないって…別にそんな盛ってないっスよ…つーか、そう、すぐにシモに繋げるのやめてもらえません?」
「いや、じゃなくて、黄瀬君って、顔良いし、なんだかんだで優しいし、スポーツできて、勉強はちょっと苦手だけど、頭が悪いわけでもなし、既に社会に出て働いてる訳だし、良い物件だと思うんだけど、って思って。ちょっとくらい会えなくても私なら全然平気だな…どうかした?」
黄瀬が気まずそうに口を押さえていたので、は尋ねた。
「さんって…………………喜ばすの巧いっスね」
「え?そう?ありがとう、で良かった?ん?」
「天然かー……」
黄瀬は机に突っ伏しながら、そう言った。
(狙ってはやってないけど…天然でもないんだよな…、まぁ、言わないけど…)
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