黄瀬は掲示板の前で固まった。

「え?」






 ウソですよね?






さん!さん!」
「ん?」

友人と談笑していたに、黄瀬は突進した。190近い男が迫ってくるのは少し恐かった。

「な、なに?」

は、引いた。一歩引いたところで机にぶつかってしまった。

「来て!」
「う、うん…」

仲良いなー、と友人がをからかった。
黄瀬が目立つので、黄瀬とずっと一緒にいるような印象を受けるが、は黄瀬といるよりも女友達といる方が長い。

「大事件っスよ!」

長い腕を目一杯伸ばして、本当っスよ!と言う。
きっと大したことではない、そうは思いながら、黄瀬に引っ張られる形で廊下を走った。黄瀬と走ると、いつもより風景が早く流れる。足が絡まりそうになる。必死に走る。きっと明日は筋肉痛だ、そうは思った。

「ほら、」

と黄瀬は言う。はやはりつまらないことだった、と落胆した。

「何?テストの順位表?」

スポーツに気を取られがちだが、海常は学業にも力を入れている学校だ。クラスの上位十位が掲示板に張り出される。はランクインしたことがない。は常に真ん中辺りをうろうろしている。

「ここ!」

黄瀬がぺしぺしと、掲示板のプリントを叩く。はその辺りを見る。別に変わった様子はない。が黄瀬を見つめると、黄瀬は人差し指で一人の名前を指さした。

「ここ!」

と再び同じセリフ。

「早川…充…みつ…なんて読むんだろうね」
「いや、違うし!」

が首を傾げる。

「これ!早川先輩なんスよ!」

早川先輩と言われ、一瞬分からなかった。だが、はすぐにラ行が言えない先輩を思い出した。

「ああ、早川先輩って、下の名前…みつ…」
「みつひろ」

後ろから声がした。と黄瀬が振り返ると、笠松と森山が居た。

「先輩、お疲れ様っス」
「あ、笠松先輩、おはようございます…こんにちは?」
「お、おう…」

笠松はどもった。それはいつものことだ。は気にせずに視線を移した。

「こんにちは、ちゃん」
「森山先輩、どうも、こんにちは」

にっこりと森山はに微笑みかけた。は、女子に対しては誰にでもこうだと分かっていても、ときめいてしまった。

「っていうか、これ何かの間違いですよね!?」
「なんで、見たとおりだろ」

笠松が面倒くさそうに答えた。

「だって、これ上位10人っスよ!?」
「ああ」

当たり前のように笠松と森山は頷いた。

「あの人、頭良いんスか!?」
「あー…だって、あいつ一般入試で入ってるからな…それなりには出来るんじゃねぇか?」
「確か、あいつの両親高校教師と塾講師だろ」

黄瀬は絶句した。どう見てもバカそうに見えるのに、と黄瀬は失礼なことを思った。

「ああ見えて、頭は良いんだよ」
「ギャップ萌えですね」

と言ってから、は失礼なことを言ったと思った。これではまるでバカに見えると言っているようなものだ。慌ててフォローした。

「やんちゃなイメージありましたけど…」

弁解したに、笠松は苦笑した。

「俺は?」

森山が、自分を指さして、に尋ねた。

「格好良いです」
「ありがとー」
「言わせてんじゃねぇか」

笠松は森山を軽く小突いた。

「これ、みつひろって読むんですね」

は充洋の字をなぞりながら言った。

「そうそう。因みに、俺の下の名前は由孝」
「どんな字ですか?」

森山を見ると、んー、と考えるような仕草をして、そして口を開いた。

「えっとね、理由の由に親孝行の孝、で由孝」
「へぇ…孝行しないとですね!」
「えー…」

森山が不本意そうに顔をしかめた。

「孫見せたらいちころです」

がぐっと拳を握ると、森山も拳を握り返した。

「頑張る!」
「収入がしっかりしてからにしてくださいね。デキ婚はダメですよ」
「うん!」

力強く森山は頷いた。

「段々、仲良くなってきましたね、あの二人…」
「そうだな…気が合うのか…」

苦笑いをして笠松はそう言った。笠松と黄瀬が離れたところでたちの様子を見ていると、森山が顔をこちらに向けた。

「笠松の下の名前はねー」

森山が笠松の顔をにやけ顔で見て、切り出した。笠松は巻き込むな、と森山を睨んだ。だが、森山が言う前に、が答えた。

「幸男さんですよね」

の言葉に、笠松は体をびくつかせた。

「あれ?知ってた?」
「はい。委員会の配布物作成を一緒に行ったので」

森山の質問には頷いた。
笠松はと同じ図書委員に所属している。図書委員は、おそらく委員会の中で一番仕事が多い。だが、笠松はバスケを理由に委員会をサボることが稀にある。笠松の代わりにがかなりの仕事を肩代わりしていた。
と笠松は広報係だ。「図書だより」を書くのだが、学期に一度しか仕事がない。その仕事を二人でしたのだ。(が原案を出し、笠松は文字を書いただけだ)

「あー、あったねー」
「印象的だったので。幸せな男ですよ?凄い良い名前だなぁと思って」

笠松の視線が泳ぐ。

「すごいご両親に想われて生まれてきたんだなって思います」
「だってさ」

森山がの言葉を笠松に投げかけた。

「…ありがとう…」
「はい、」

おずおずと出された言葉にはふ、と笑った。

「そういえば黄瀬くんって名前何だっけ」

が黄瀬を見た。黄瀬は目をかっ開いてに迫った。

「あれ!?知らない!?提出物とかでよく見るでしょ!?」
「ああ、度忘れしてた涼太だっけ」
「そうっスけど!」

今思い出した、というようには言った。黄瀬は酷いっス、と泣いた。いつもの泣き真似だ。
その涙をがタオルハンカチで拭ってやる。

「物凄くじめっぽかったのかな」
「まぁ、俺の誕生日って梅雨入りくらいだけど…涼しいって字入ってるけど!」

黄瀬はむぅ、と頬を膨らませた。お前は女か!と思いながら、は話を続けた。

「太いって字には甚だしいって意味があるらしいよ。いっそ爽太とかだと面白かったのに…」

にやにやと笑い、は黄瀬を仰ぎ見た。黄瀬は首を傾げる。

「なんで?」
「黄瀬くんって爽やかスポーツ少年で売ってるでしょ?だから、爽やかさが甚だしいって名前だったらピッタリだったなぁと思って」
「黄瀬、改名したら?」

の言葉に森山が乗った。似合ってるぞ、などと言いながら、森山は黄瀬の肩をばしばしと叩いた。

「今改名したら完全ネタっスよね!?」
『うん』

と森山は元気よく頷いた。

「元気よく言わないでくださいっス!」
「俺、これから爽太って呼ぶわ」
「別人じゃないっスか!」
「爽太くん、今日も爽やかね」

森山とは悪のりして黄瀬をからかう。黄瀬は巻き込まれんと傍観していた笠松に助けを求めた。

「笠松先輩〜…」
「どうした、爽太」

笠松はにやりと笑いながらそう言った。黄瀬は打ちのめされたような顔をした。

「今まで下の名前で呼んでくれたこと何てなかったじゃないっスか!!」
「え?そうだっけ?」
「爽太ドンマイ!」
「爽太ガンバ!」
「ちょ、新手のいじめっスか!?」



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