方言女子
帰り道、食べ盛りの男子達はファミレスに入り、大量にジャンクフードを頼んだ。そしてドリンクバーで時間を稼ぐ。従業員が帰れ、帰れというような表情をしている。
「たまに、さんの話していることが分からないんスよね〜」
黄瀬が、机に突っ伏して緩い声でそう言った。
「はぁ?なんで。つーか寝んな」
「寝てませんよー」
ぷらぷらと手を振って、黄瀬は応えた。
「お前がバカなんじゃね?」
森山が鋭く切り込む。それに黄瀬は項垂れた。
「あの人、元々関西圏の人なんスよ。だから、時々分からない方言が混じるんスよ」
「あー、確かにさん!イントネーションがなんかふわふわっ!!」
「声が大きい!」
早川が叫ぶように言うので、笠松は早川の頭をぶん殴った。笠松は勿論小声だ。
「方言女子かぁ」
「お前はそればっかだな……」
森山は、恍惚とした表情で拳を握りしめた。その森山に小堀が呆れ声で対応した。
「どんな時に分からないんだ?」
「んー…例えば…」
笠松が面倒くさそうに聞いた。社交辞令だ。
パターン1
「あ、黄瀬君、また会うたね」
「へ?」
「ん?………またおうたね…」
「ごめんなさい、おうたが通じてない…なに?」
「ああ、また会ったねってことだよ」
「あ、そうだなんだ」
パターン2
「自分、何してんの」
「え?それ俺に聞いてどうするんスか?」
「え?」
「だって…自分って…」
「……………ああ、自分、って相手のこと言ってる。自分、でアンタってこと」
「へぇ…」
「って感じっス」
「へぇ…」
感心したような声を出したのは笠松だ。思ったよりも食いついたな、と黄瀬が笠松を見た。ああ、と笠松はポテトを貪りながら、説明した。
「この前、桐皇の今吉に会ったときに言われて、適当に流したから…そういう意味だったんだな」
「お前…もう少し真摯に向き合ってやれよ…」
小堀が呆れ顔で笠松を嗜める。
「負けた相手にか」
「あー………まぁ、良いか適当で…」
笠松は氷が溶けて薄くなったコーラをずるずると音を立てて飲みながら、言った。小堀も試合のことを思い出したのか、納得してしまった。
「そういえばっ!!この前読んだ漫画で京都のヤツが返事に「おん」って言ってたけど、本当に言うんすかね!!」
相変わらずやかましい声で早川が言った。うーん、と皆が悩むように上を見上げ、そして視線が集中した。
「あれ、何で俺を見るんスか」
黄瀬がその視線に気づいた。関西人、思いつくのは一人。
「だって、気になるだろ」
「えー……絶対つまらないことで電話するなって怒られるっスよ」
「いいからっ!」
早川が催促する。
「えー……」
と言いながらも黄瀬はスマフォを取り出し、に電話をかけた。
「かからないっスね。もう寝てるんじゃないスかね」
「早いだろっ!!気になるぅ!」
「確かにここまで話しておいて………気になるな」
早川が騒ぐ。他のメンバーも同様だ。
「えー…でもあの人時々9時に寝たとかいってますよ」
「健康的すぎる…」
「けど、まだ8時だぞ」
森山が時計を見て、もう一回かけろと黄瀬を見た。そのとき、メロディが鳴った。
「あ、かかってきた」
電話を取ると、が捲し立てるように話し出した。
「もしもし、ごめん風呂入ってたなんか用?」
「あー…いいっスよ。つまんないこと聞いてもいい?」
そう黄瀬が言うと、は無言になった。黄瀬は顔の見えない相手に首をかしげた。
「…………あんたの話は大抵つまらんよ」
「うそ!」
「うっそぴょーん!」
「うわ、ウザ」
「切って良い?もう眠いんだけど…」
「だめだめだめだめ!」
ぽんぽんと会話が弾む。黄瀬が大袈裟に言ってみせるとは「いいよ、言って」と了承した。
「あのね、関西の人って、返事するとき「おん」って言う?」
「………………予想外につまらんかった…!」
は腹から声を出した。黄瀬は気にするようでもなく、答えを催促した。
「で、どうなんスか?これ聞かないと、俺が怒られるんスよ!」
「……………言うよ。「おん」っていうか…「お」と「あ」の間くらいの音、「お(ぁ)ん」
は面倒くさそうに、だが真面目に答えた。黄瀬はうんうん、と話を聞いている。
「よく分かんないっス。どうやって音出してんの?」
「んー…「あ」の口で「お」を出す感じ。「お」を前に出す、感じで、「ん」で引く。まぁ、文字にすると「おん」になる、のかなぁ。そんなに強く「お」の音は出てないと思う。つーか、意識して出してないから分からん」
「ふぅん…」
黄瀬はの長い説明を適当に相槌を打ちながら聞いていた。
「ちょ、ごめん、ちょっと待って。ノックしてって言ってるやろ!着替えとかしてたらどないすんねん!」
突然声が遠くなった。だが、言い争うような声が聞こえる。普段よりもきつい関西弁が相変わらずふわふわしたイントネーションで紡がれる。
「そんなこと言って、ケーキいらんねんなー」
「ケーキ!?いるいる、いる。すぐ行くわ。コーヒー?おん、いる。砂糖無しでミルクちょっと入れて」
会話が聞こえる。そして、がさごそと音がして、今度は近くで声が聞こえた。
「ごめん、おとんや。話それだけ?」
「あ、はい」
「じゃあ、切るよ。また月曜、うん、ほなね」
は早口でそう言って、切った。じっと皆が黄瀬を見た。
「言うみたいっスよ」
「へぇーやっぱ言うんだー」
すっきりしたーと、森山が背もたれに背を預けた。
「あ、でも「おん」じゃなくて、えー…「おん」みたいな発音…………なんか違う…「あ」の口で、「お」を出すって、言ってたっス」
「……………関西弁って難しいんだな…」
「っていうか、普通に父親のこと『おとん』って言うんスね」
「へえ…」
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