私と君の





「なんか、花飛んでっけど、何かあった?」

早川が相変わらずの早口で黄瀬に尋ねた。それほどに黄瀬はどこか浮き足立っていた。

「別に何も無いっスよ」

黄瀬は取り繕うように言ったが、皆は黄瀬の様子を訝った。

「どうせ、ちゃんだろ」

森山の言葉に黄瀬はあからさまな態度を取った。

「図星かよ。本当に仲良いな。可愛い後輩の話くらい聞いてやるけ…」
「笠松先輩!」

黄瀬が笠松の言葉を遮って、笠松に飛びついた。

「調子に乗んな!」

笠松は黄瀬を殴り飛ばし、体が離れたところに、追い討ちをかけるように蹴りを入れた。だが、けろっとした様子で黄瀬は笑った。

「明日、さんが家に来るんスよ」

黄瀬は満面の笑みで応えた。すると、

「お前ら本当に付き合ってないのか?」

と、森山が呆れ顔で尋ねた。黄瀬は、どうして?というように口元に笑みを浮かべたまま、目を見開いた。パチパチと瞬きをする。

「あー…うん、今の反応でわかった…」

皆まで言うな、と森山は手の平を突き出した。

さんが、外に遊びに行って、女子に囲まれたら嫌だって」
「それは…そうかもしれないが…男女だぞっ!な!早川!」
「え、幼なじみとか、家で一緒にゲームしたっすっすよ!」
「…幼なじみ…だと……三次元でもあり得る現象なのか…」

森山は驚愕した。

「なんか、話ずれたな…」
「そうっスね。…………そんなに変っスか?」
「さぁ…俺は女子と話すの自体苦手だし…よく分かんねぇけど…」

笠松はぼそぼそと呟く。

「まぁ、本人たちが良いなら良いんじゃねぇの」

笠松はバツが悪そうにそっぽを向いた。

「そう、っスね」
「彼女がいたら、ヤバいかもしれねぇけど…」
「え」
「いや、誤解、とか…」

笠松は苦手な話題にも関わらず、真剣に答えようとしていた。黄瀬はそれを聞いて、すっと意識がクリアになる気がした。

(そういえば、彼女を家に呼んだことないや…)

「黄瀬?」
「あ、いや…何でも無いっス」

黄瀬は心ここにあらず、といった様子で答えた。
今では、付き合ってきた女の子たちを本当に好きだったのかも分からない、と黄瀬は思った。黄瀬はプライベートに踏み込まれるのが、堪らなく嫌だった。

だが、に、「黄瀬くんの家は?家なら、女の子寄って来ないし」と言われたとき、黄瀬は何の躊躇も無く、「掃除しとく」と答えた。



**



「私が君の家を知ったからといって、どうということも無いからじゃない?」
「ふーん……」

次の日、黄瀬の家にやってきたはそう言った。ほい、と紙袋を差し出した。袋の中には、包みが入っていた。黄瀬が首を傾げると、が答えた。

「羊羹。洋菓子って健康に悪そうだし、これなら黄瀬君も食べるかなって。安物で悪いけど」
「…ありがとうっス」

やっぱり日本茶と一緒に出した方が良いだろうか、と考えながら、冷蔵庫に仕舞った。
はキョロキョロと、黄瀬の家を物色している。

心なしか、目がキラキラしている。以前、「いざとなったらキラめくの!」と言っていたのを、黄瀬は思い出していた。

「うん、それよりさ、エロ本とか無いの?」
「…………………………………………は?」
「え?」

黄瀬の疑問符に、は心底不思議そうに聞き返した。

「いや、だから」
「いや、聞こえたっスけど…」

黄瀬はがっくりと肩を落とした。しかし、同時にほっとした。

は黄瀬のことが大好きな女子ではないのだ。女の子は、恋愛を自分の中の「大部分」に置く。だから、黄瀬と一緒にいることを優先し、それを黄瀬にも強いる。

だが、は黄瀬よりも大切なものがたくさんある。黄瀬と一緒にいるよりも他の友人といる方が長い。それが、物足りないと思いつつも黄瀬には心地よかった。

「ん」

と言って、は手を差し出した。黄瀬はその手を叩き落とした。

「見たいんスか!?見てどうするんスか!」
「貸して。一人で見るから!」
「あれ!?しかも一人で…!」
「うん!だって変に興奮してきたら、私が恥ずかしいし居たたまれないよ…!」
「女の子見て興奮すんなよ…!」
「可愛いは正義!」

黄瀬は声を張り上げたが、はけろっとしている。黄瀬は上がる息を落ち着けた。すると、が黄瀬の腹を「冗談やん!」と叩いた。にやにやとは黄瀬を見る。黄瀬はむぅ、と頬を膨らませた。

「…っていうか、正直、黄瀬くんの反応が見たかっただけだし」
「あんたってどSっスね」

黄瀬は呆れ顔で応えた。
は真顔になった。黄瀬はその様子を不思議に思った。何を言うつもりだろう、と黄瀬は構えた。が口を開く。

「黄瀬くんはどMの仮面を被ったどSだと思います」
「なんで…?」
「どM過ぎて、Sがげんなりしちゃう!隠れS!」
「具体的過ぎる…!」

びしっと黄瀬を指さし、宣言したに、黄瀬はツッコミを入れる。黄瀬はよく「ボケ」もしくは「天然ボケ」と言われてきたので、新鮮だった。

「俺、Sとか言われたこと無いっスよ…」

ふぅ、と溜息を吐き、黄瀬はを部屋に案内した。階段を上る。はうきうきした様子で、ちょこちょこと黄瀬の後ろを付いていく。
はよく友人に歩き方がペンギンっぽい、と言われていた。

「黄瀬君って女狐っぽい。美貌で色々と色々できそうだし」
さんって俺の顔好きっスね」
「好きだよ」

は即答した。

「ちょっと、この顔に生まれて良かったって思うっス。あ、ここです」

黄瀬は階段を上がってすぐのドアを開いた。

「おじゃましまーす」

中は綺麗に整頓されている。物が無いわけではない。あるものが洗練されており、まるでインテリアのカタログをそのまま再現したようだ。

(良い匂いがする……)

はドキドキした。可愛い彼女の家に入る男の子の気持ちが分かるような気がして、もしかして私たちは生まれる性別を間違えたのではないか、とは思った。

キョロキョロとは黄瀬の部屋を見回す。「おー」だの、「ほー」だの良いながら一通り見て回ると、はよっこいしょ、と座った。ベッドのシーツを触ったり、カーペットをぽふぽふと叩いたり、落ち着きがない。

それを黄瀬はじっと見ていた。新しいことが好きなのだと、が言っているのを黄瀬は聞いていた。確かに、相変わらず表情はあまり変化がないが、楽しそうだ。

上を見上げたりしていたが黄瀬を見た。黄瀬も見返す。

「黄瀬くん」
「なんスか」
「エロ本は?」

丸机に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せた状態では真顔で聞いた。
黄瀬は一瞬間の抜けた顔をして、眉を吊り上げた。

「俺の感動返せ!」
「男子はみんな好きでしょ」
「うー……」

黄瀬は唸った。

「そんな過激なのは無いっスよ。グラビアがあるくらい」

と言って黄瀬はクローゼットの奥に手を伸ばした。クローゼットには高そうなジャケットやコートが見えた。自分と黄瀬のファッションセンスなど比べるに値せず。は気にしていなかったが、興味はあった。

一冊が乱暴に机の上に放られる。そして二冊目。

「どうしたんスか。ご所望のもん、っスよ」
「いや、結局出しちゃうんだなぁ、って思って。まぁ、いいや」

黄瀬は顔を赤くした。

(この人って、どこまで本気なのか分からないな……)

黄瀬は溜息を吐いた。






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