私と君の




は男友達の前でグラビアを開くという訳の分からない状況に置かれていた。

丸机、黄瀬はの九十度斜め前に腰を下ろしており、体はの方を向いている。ベッドに肘をついて、頬杖を付いてぼんやりとこちらを見ている。にとっては居たたまれない状況だ。

(冗談だったのに…)

だが、出されたものに興味がないわけではない。には男の兄弟や友人が居ないので、こうやって見せてもらえるチャンスなど無いのだ。ネットで、もっと過激な物は見ているのだが。

「…何」

黄瀬の視線が気になり、は顔を上げた。黄瀬は視線を泳がせた。

「いや、えっと、じっくりと何見てんだろって」
「…体のラインとか、髪型、あとは胸の形、シチュエーション、かなぁ…私、イラスト描くから、結構見てるとこ細かいと思うけど」
「すみません」

黄瀬はが言い終わるか終わらないかのところで謝罪の言葉を述べた。

「なんで謝られたの…?」

何か失礼なことを言われた気がする、そう思って、は黄瀬におずおずと尋ねる。

「エロいこと考えてると思ってたスから」
「裸体は芸術だよ。究極の美だと思ってる!」

は拳を握りしめて、力強く言った。黄瀬は圧倒される。

「へ、ぇ…」
「ミ、ミロのヴィーナスって分かる!?」
「えっと…」
「彫像なんだけど、腕がね、無いの。その絶妙なバランス…!無いことによって完成された完全なる美…!なんとも言えない腰のうねり、肉感、もぅ、あの曲線美……わか、分かる!?」

は興奮した様子で、黄瀬に迫る。黄瀬は床に手をついて、体を反らせた。

「とりあえず落ち着いて!…ってか分かんないし」
「分かんない!?人生の半分は損してるダビデ像は?」

捲し立てるように言う。

「聞いたことは…」

普段は黄瀬の方がじっと見ていることが多い。だが、今はが黄瀬を射抜かんと、黄瀬を見つめる。黄瀬は視線を逸らした。

「あの肉体美が分かんないとか…!圧倒的な存在感、もう、美しいとしか言いようがないほどの、あの……隆起した腹筋、はぁ、まぁ、良いや…分からないならしょうがない」

は溜息を吐いて、黄瀬から離れた。黄瀬はほっと胸をなで下ろし、居住まいを正した。

「あ、この子可愛い顔…腰のラインとか綺麗だし」
「え」

が指さした少女、少し焼けた肌に白いビキニ。黄瀬はその示された少女を見て、声を漏らした。

「この、健康そうな肌が良いよね」
「そうっスね…」
「あ、胸の形も良いなぁ」

はペラペラと、感想を述べていく。

「あれ?黄瀬君なんで死んでるの?」
「死んでない」

頬杖を付いていたベッドに、今は顔を埋め、項垂れている。

「どうかしたの?疲れてる?寝てても良いよ」

そう言うと、黄瀬は視線だけをに寄越した。

「別に、まぁ…疲れてるのは疲れてるけど…それは良いとして…」
「ん?」

黄瀬は口ごもりながら言葉を紡ぐ。には、そんな何故黄瀬がそんな状態になっているのか分からない。

「大丈夫?」
「大丈夫っス」
「そう」

そう言って、はグラビアに目を落とした。

「この子はなんか苦手かなー」

そのとき、黄瀬がぴくりと動いた。

「…………………………もしかして、私たち、好みが同じなのでは…」
「俺が、あえて言わなかったのに!」

黄瀬が勢いよく顔を上げた。顔は真っ赤だ。

「良いじゃんかー好みが一緒は嬉しいよ」
「うっ…れしいの!?これは喜ぶべき事なんスか!?」

黄瀬が身を乗り出す。目をまん丸にしてを覗き込む。その黄瀬の表情が、あまりにも子供っぽくて、はくすりと笑ってしまった。

「男同士だと、ほら、好み一緒だと争奪バトルが始まる…いや、私が男であっても、黄瀬君の圧勝だけどさ、べつにそういうこともないわけで、友達と気が合うのは素直に嬉しい、かな」
「そういうもん?そういうもん!?」
「うん」

が頷くと、黄瀬は納得したように表情を明るくした。

「そっか!」
「うん。そっかー、黄瀬君こんな子がタイプか」
「からかうな!だから嫌だったのに!」

むくれ顔で、黄瀬は抗議する。

「えー、良いじゃん良いじゃん、私が面白い」
「アンタだけがね!」
「黄瀬君って結構おぼこい子が好きなんだね」
「く…」

黄瀬は顔を赤くして、言いよどむ。

「意外だった」
「おれをからかって、面白いっスか!?」
「割と」

がにやにやと笑うと黄瀬は悔しそうな声を出した。だが、悪戯を思いついた子供のような笑みを見せたので、は身構えた。

「むぅ…えぃ!」
「へ!?」

黄瀬はに勢いよく抱きついた。黄瀬の心音がどくりどくりと聞こえる。快適な室温の中、黄瀬の体温が、程良く温かかった。

「あ、ドキドキしてるっスね」

黄瀬があっけらかんと言うので、はこのたらい野郎め、と心の中で悪態を吐いた。

「するよしてるよ。黄瀬くんだからドキドキしてん違うしな」

は強がってそう言った。黄瀬はにっこりと微笑んだ。この笑みに落ちるんだろうな、と思いながら、はどんどん自分の心拍数が普段のものに戻るのを感じていた。

「へー。ま、いつものお返しっスよ。さんって、意外と乙女だよね」
「いや、普通に、乙女やろ。これ全部乙女!」
「物申す」

黄瀬は間髪入れずに言い放った。

「なんで」
「乙女は下ネタ言わないー」
「女に夢見すぎー女の子が黄瀬くんをどう見てるか教えてあげよう!」

はそう宣言し、間を取った。そして、溜息混じりに吐き出した。

「『良い子孫残せそう』」
「うわ、身も蓋もない…!」

黄瀬は、苦笑した。

「黄瀬くんあったかいねぇー」
「あ、部屋寒いっスか」

黄瀬は、もそもそとの背中に回り込んで、後ろからの体をを覆った。

「大丈夫。そういえば黄瀬くんの写真集とか無いの?」
「ある、けど…はっ、まさか仕返し…?」

黄瀬はから体を離し、口を手で押さえる。は呆れ顔で、振り返って黄瀬を見た。

「なんで」
「いや、なんか知り合いに見られるの恥ずかしいし…」
「違うよ。なんだろ、黄瀬くんの仕事の話面白いから、写真どんな風に撮ったとか、ちょっと気になる」

黄瀬はぱぁ、と笑顔になって、本棚に向かった。



**



写真集を一緒に見ていたが、黄瀬は疲れていたのか、の背にもたれ掛かって、すぐに寝てしまった。黄瀬の寝息が耳元で聞こえる。

部活はいつも真剣で、モデルの仕事も今が売り出し時なのだという。いくら好きなことでも大変に違いない。は起こさないように、ページを捲った。ぱら、ぱら、とページが捲れる音だけが響いた。

モデルの黄瀬は、普段とは違う顔をする。だが、演じていると言うよりは、カメラマンが黄瀬の普段は眠っている一面を引き出してくれる、のだそうだ。
違う自分になれる気がする、でも妙に納得する、そんな感じなのだと、黄瀬が話していたのをは思い出した。

その時、ガタンという音が下の階でした。母親が帰ってきたらしい。

「涼太ーいるのー?」

という声がする。階段を上がってくる。は、グラビアが出しっぱなしだということに気付いた。黄瀬を起こさないように、はベッドの下に滑らせた。

(乱暴にしてごめん!でも非常事態!)

と心の中で謝り、足を伸ばして、ほんの少し出ている分を押し込めた。

「あら、お客さん?」
「いつもお世話になってます。同じクラスのです」

誤解を与えないようにだけ、は気を遣った。黄瀬はを覆うように、後ろから抱きついている状態だ。ファンの子が見たら発狂するに違いないその格好。距離感が、彼氏彼女のものだ。

「こちらこそ、お世話になっています。涼太の母です」

人懐っこそうな笑みで、に微笑みかける。

「この子ったら、お客さん来てるのに…」
「あ、大丈夫です。疲れてるんだろうし…」

が手を振って大丈夫アピールをするが、母親は呆れ顔で、黄瀬に近づく。流石に黄瀬も様子が違うことに気付いたのか、意識が浮上したようだ。の体にすり寄るように、体が蠢いた。

「ん…」
「涼太!」
「わっ!か!母さん…!なんで!?」

母さんと呼ぶのか、とは間に挟まれた状態で思った。

「ご、ごめんね!」
「良いよ。嫌なら起こすし」
「折角来てくれたのに…」

申し訳なさそうに、黄瀬はに謝罪した。

「また来るよ」
「はいっ」

の言葉に、にっこりと黄瀬は笑う。が、すぐに不機嫌な顔になった。が首を傾げる。黄瀬の視線の先を辿ると、その不機嫌の矛先が母に向かっているのだと、すぐに分かった。

「もー勝手に入ってこないでって言ってるのに!」
「呼んだのよ!ねぇ!」
「あ、はい…すみません、その時点で起こせば良かったですね」

母は、に同意を求める。は苦笑いで頷く。

「良いのよ。あ、ご飯食べてく?」
「ぁ…今日は…ちょっと…」
「そう…残念ね」
「母さん!」

黄瀬ははやく出て行けと、追い打ちを掛ける。

「はいはい、出るわよ!」

母親は、ゆったりとした所作で出て行った。扉が閉まったのを確認してから、は口を開いた。

「仲良いね」
「別に…」

ふて腐れた顔をして、黄瀬はから離れた。ベッドに移動して、黄瀬はばふんと座った。は黄瀬をじっと見た。

「何?」

黄瀬はの視線に気付いて、怪訝な顔をした。その表情が、母親とのやりとりを見られた照れからだということは、にも分かった。

「黄瀬くんも、お母さんの前では普通の男の子だなぁ、って思って。あ、あと、母さんって呼ぶんだね!」
「うん、…さんは何て呼ぶの?おかん、とか?」
「本人には言わないなぁ…友達と話してるときはおかんって言うけど」
「そうなんス………か」

黄瀬の視線が急に彷徨った。

「黄瀬くん?」
「はれ?グラビア…」
「あ!ごめん!ベッドの下に…ちょっと乱暴に入れちゃった!」

は焦った。わたわたと、ベッドの下からグラビアを取り出すと、黄瀬は、きりっとした表情をした。

さん、」
「はい」
「ありがとう…!」
「いえいえ…」
さん、好き」
「それはどうも」

(やっぱり親には内緒なんだな)





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