**お菓子な日**


ウィンターカップ最終日。
は海常の試合が終わると、直ぐに帰るつもりだった。いくら決勝戦の出場選手と顔見知りでも、特別親しいわけでもなし。
しかしそれを目を真っ赤に腫らした黄瀬に引き止められれば、断れない。
さらには出場校応援席での観戦をせず、一般の自由席のチケットを購入している。あの一体感が苦手なのだ。だから一戦だけしか見ないというのも勿体ない。まぁ、一緒に見る人がいるなら、折角だしと了承した。

「本当に大丈夫なんよね?」
「大丈夫っス。テーピングばっちりだし」
「大人しく座ってれば良(え)ぇのに…」

はぼそっと愚痴った。
彼女が手持無沙汰だからお菓子を買ってくると言うと、黄瀬は着いてきたがった。散々問答をしていると、たまたまその現場に通りかかった、同じく目を腫らした高尾に「本人が良いって言ってんだし、行って来れば」と言われてしまった。
それもお金を渡され、「俺の分も宜しく〜」とのことだ。
高尾とは、ラーメン屋で辛いもの同盟を結んだ仲。快く了承し、その代わりに席取りを頼んだ。

コンビニへの道すがら、二人は無言。それを破ったのはだった。

「お疲れ様」
「うん…でも、勝てなかった」

の頭の中で、たくさんの言葉が浮かんでは消えた。

「まだ、あんま実感湧いてないんだけど…」
「ごめん、何て言って良いか分からない。けど、…」
「けど?」
「私、海常のバスケ好きだな…」

黄瀬がの肩を叩いた。
体格差からか、軽く叩かれただけだが、よろけた。それを踏み留まる。

「サイッコーに悔しいけど、サイッコーに楽しかった!」

少し上を向いて、黄瀬は少し投げやりに言った。ずび、と鼻を啜る。

「格好良かった」
「ッス」

ぐっと伸びをして、黄瀬はぼそりと呟いた。

「あー、バスケしてぇ…」
「怪我、治してからね」
「勿論ッス。ちゃんと治さなきゃ…違和感感じてたのに…焦って、こんなことになっちゃったから」

黄瀬は自分の足を見下ろした。その様子を見て、はて、灰崎はどうなっただろうかと、ふと思った。黄瀬とは同じポジションだということもあり、特別仲が悪かったらしい。というのは、あの騒動の後、桃井に聞いたのだった。話を聞いて欲しい、とその日の内に電話が掛かってきた。にとっては友人の友人で、急激に距離を詰められ、戸惑った。嫌だったわけではない。ただ、は自分が人好きのする性格ではないと自覚している。なぜ人当たりの良さそうな桃井がを頼ったのか、それが疑問なのだ。

は黄瀬の横顔を見つめた。彼女は敵意を向けられたことはないが、黄瀬が良い人でないことは既に知っている。きっと物凄く汚い言葉の応酬をしたに違いない、と思っている。
黄瀬ではなく、笠松に連絡をして本当に良かったと、胸を撫で下ろした。

「どうかしたっスか?」

黄瀬はぼんやりしていたの顔を覗き込んだ。相変わらずお綺麗な顔だ。

「ううん、別に。イケメンだなぁと思っただけ…」

黄瀬は首を傾げたが、追及してくることはなかった。

***

愛想の無い、「ありがとうございます」を背に、揃ってコンビニを出る。

「なんだかいっぱい買ってしまった…」

恐らくコンビニの袋の中で最大のものに、こんもりとお菓子。チラチラとたちを見てくる不躾な視線にイライラし、自棄買いした。黄瀬はこんな視線に晒されて大変だなぁと、改めて感心する。
確かにちょっと居ないくらい美しい顔立ちだ。黙っていれば。黄瀬の髪は地毛らしいのだ。まつ毛まで金色で、太陽が当たればキラキラと光る。目は色素の薄いヘーゼル。肌は白いし、シミもない。

「優柔不断、ここに極まれり、っスね」
「難しい言葉知ってんね」

お前の顔面のせいだぞ、という気持ちが言葉にも出てしまう。

「馬鹿にしたでしょ」

ぺしんと黄瀬は肩を叩いた。今度は本当に軽くだ。

「いや、したけど」
「したんスか!そこは否定するところっス!」
「…黄瀬君、馬鹿ではないんだけど、勉強は馬鹿やもん」
「否定はしないス…けど…」

黄瀬は肩を落とした。

「なんか久しぶりじゃない?」
「俺も思った」

顔を見合わせて笑った。



「こっちこっち、」と高尾が手を振る。流石鷹、とは驚いた。たちが会場に入った辺りで、彼は振り向いた。まさか本当に後ろに目でも付いているのでは、とまじまじと見る。

「キャー、そんな熱い視線で見られたら、和成照れちゃう」

科を作る高尾を、は尚もじぃと見た。

「え〜、っと、乗るか落とすかしてー…」

頬を染めて、高尾は本気で照れる。

「いや、そういえば和成くんって言うんだったなって思っただけです」
「う〜ん、真面目に返されると困っちゃう、な〜」

ぽりぽりと頬を掻く。後ろからがばちょと黄瀬が顔を出した。

「俺和成君って呼んでも良いっスか?」
「え?じゃあ俺涼ちゃんって呼ぶわ」

は長身二人に前後で挟まれる形になる。そして上空で繰り広げられるきゃぴきゃぴとした会話。

「女子か」
「おお、本場のツッコミ」
「いや、大阪やないから」
「仲良いなぁ」

高尾の言葉に黄瀬を見上げた。にひ、と笑う。

「まぁ、それなりには」
「ッス」

高尾は呆れ顔でため息を吐く。
いつまでも立ちっぱなしは迷惑なので取っておいてくれた席に座る。既に人は溢れんばかりで、この試合の注目度が窺い知れる。

「そういえば、緑間さんはどちらに…」
「いやいや、いつも一緒ってわけじゃないし」

手をぶんぶんと振る。

「多分キャプテンたちと一緒じゃないかな。近くに居るかも」
「先輩たちと一緒じゃなくても大丈夫です?」
「へ?まぁ、別に良いんじゃない?」

と軽い調子だ。
は黄瀬の方を見た。

「ああ、最後なのに先輩たちと居なくて良いの?ってこと?」

黄瀬の言葉に、はこくこくと頷く。高尾を振り返ると、彼はふっと笑った。

「そういうとこ女の子だね」

良い声で言うもんだから、はどぎまぎする。

「…いや、良いんなら良いんですけど…」
「先輩ってさ、結構怖いもんだから、居ない方が…」
「あ」

高尾の後ろ。数人の男たち。は彼に会ったことがあった。高尾は私の視線の先を振り返る。

「げ」
「げ、ってなんだ。トラックで轢くぞ」

それは二重で悪なのでは、とは思った。無免許運転に殺人だ。傷害致死でもない。にっこりとイケメンが笑って言うので尚いっそう怖い。
宮地はぎりぎりと高尾の首を絞める。その様子をぼんやり見ていると、一際大きな体の男がに会釈した。それに応える。

「すまないな、いつものことなんだ」
「いえ、仲が宜しいんですね」

と言うと、男−坪井は苦笑した。
ふと宮地と目が合った。ぱっと腕を離し、口を開く。

「いつぞやは有難うな」
「いえ、近くですから」

と軽く挨拶。宮地に道案内したことがあった。
彼らは近くで場所取りをしていたらしい。最後に高尾をこずいて、席に戻っていった。近くと言っても、随分と逸れるが。

「っはー、あれだよ、もう…」
「うちの先輩もあんな感じっスよ」

首をさする高尾に買ってきたお茶を渡し、さらにお菓子も渡す。

「これ美味しいですよね。私も買っちゃいました」
「俺の分けてあげたのに。まぁ、いっか。それにしても大荷物」
「この人買い物長いんスよ。全然決められない」

黄瀬が指をさして言う。は挟まれて座っているので、黄瀬が乗り出すと、肩身が狭い。

「…席変わろうか?」
「でもさん、両側から解説聞いた方が分かりやすくない?」
「う〜ん、それは…そうなんだけど、黄瀬君の分かりにくいからなぁ…」

黄瀬は、あからさまに落ち込んだ様子だ。

「誰の解説分かりやすいとかあんの?」

高尾がポッキーを食べながら聞いてくる。

「ん〜…笠松先輩は分かりやすいですね。さらに逆隣が森山先輩だと尚分かりやすいです」
「うっは、豪華」
「和成くんは笠松先輩推しッスよね」
「そう〜。目標」

笠松が優れていることは、にも分かるが、高尾が彼よりどのように劣っているかまでは分からない。そんなものなのだなと、ぼんやりと二人の話を聞く。

「あ、私始まる前にお手洗い行ってくるね」
「いってらっしゃいッス」

本当ならば、もう少し遅いタイミングで行きたかったのだが、女子トイレは混むのだ。

***

案の定長蛇の列になっていた。それを根気よく待ち、やっと用を足し、出ようというところだった。

「敦司、もう行かないと席なくなっちゃうだろ」
「え〜でもお菓子、お菓子おかし…」
「だから考えて食べろって言ってたのに、やけ食いするから…」

イケメン二人、それもかなり相当大分長身の男がお菓子の話をしながら歩いてくる。トイレ待ちの女子が色めき立つ。それに気圧されながら、トイレから出ると、男の一人と目が合った。

「あ、君、開会式の時は有難う」

と、駆け寄ってくる。うわ、気まずい、とは咄嗟に思った。女子がざわざわと噂話をしているのが、には聞こえていた。

「いえ、間に合いましたか?」
「ばっちりだよ」

もう一人の男はぶすくれての方を見ようともしない。

「良かったです」
「これから観戦?」
「そうです。あ、お菓子良かったら私の食べます?好きなのあると良いのですが、ひっ、」

は喉をひきつらせた。ずっと興味無さそうにぼんやり空を見ていた男がぐわりとこちらを見下ろしたのだ。少し腰を折っただけでも
にはぐっと距離を詰められたように感じた。凄い圧迫感だ。

「こら、敦司、怯えてるじゃないか」
「あらごめんね〜」

と丸い口調で謝罪を述べた。心臓が大きく主張する。そしてぐわんっ、と頭が揺れる。バスケットボールを余裕で掴める大きな手がの頭をぽんぽんと撫でたのだ。ととととと、と更に心臓が早打つ。
猫の頭を撫でるときは優しく下から触れるように撫でてやろうと決意した。かなりの恐怖だ。心の中で、これまでわしわしと無遠慮に撫でてごめんと愛猫に謝罪する。

「あ、お菓子」

手を放し、紫原は思い出したように言う。

「席に戻ればあります…えっと、これ、とりあえず飴ちゃんです」

ぱあぁぁ、と表情を明るくした。大きな手を器のように開き、前に出す。の指で何個かを彼の手の上に置いた。なんだかトトロみたいだ、と思った。

「ごめんね。有難う」
「いえいえ、…」

これが紫の人か、と見上げる。

「ありがとね〜」

と緩い喋り方だ。
スマホを取り出し、時間を確認する。まだ余裕がある。

「こっちです」

と、は二人を先導する。

「敦司、後でお金払うんだよ。君の食べる量は半端じゃないんだから」
「へ〜い」

なんだかパンダと飼育員さんみたいな関係だなと思いながら、は席に戻った。



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