「クローディアは、教育者ね〜」
「うぅん…。そうかなぁ?長く生きているだけよ。長く生きてりゃ失敗も多いからね…」

カロルが泣き止んだ途端に盛大に腹の虫を鳴かせ、昼食にしようという話になったのだ。外食するのもなぁということになり、3人で買い出しに出ている。

「結局、クローディアって、おっさんより年上ってことで良いの?」

レイヴンはユーリを見た。

「年齢不詳、だな。下町のドンっつわれてた婆さんがいたんだが、」

私は思わず吹き出した。そんな呼ばれ方はしていないのだが、正しくそのような人だった。もう亡くなってしまったが。ハンクスもあの時ばかりは沈んでたっけ。

「その婆さんが、このお方に敬語で話させるわけにはいかないって、言ってたな」
「ほへ〜凄いのね〜」

どこまで気付いていたのだか分からない。あの人は豪快な人だった。
ただユーリの物言いは少し大げさだ。ジリはそんなに私を持ち上げたりしない。



屋台でホットドッグを買い込み、部屋に戻る。その道すがら、ふとチリリと嫌な感じのするものに刺された気がした。その方を見たが、誰もいない。しかし気を配れば、そこらじゅうに敵意が満ち満ちているのに気付いてしまった。空(くう)を見ながら、私は口を開いた。

「ねぇ、ユーリ、レイヴン先戻っててくれないかな」
「あ?どうしたんだ」
「やっぱり私、ベリウスに掛け合ってくる。なんか、嫌な感じする」
「……分かった」

私の持っていた分をユーリに渡す。

「ああ、そんなすぐには無理だろうから、昼食ゆっくり取っておいてよ。食べ終わっても戻らなかったら、来て」

そう言って、私はユーリに任せた1本を抜いてベリウスの部屋を目指す。


***

端話

***

「あら、」

ベリウスと話をつけ、皆の待つ部屋に戻ろうと謁見の間に続く扉を開けたところで、ユーリたちと鉢合わせた。ナッツが私を見た。

「ベリウスが良いって。武器も持たせてもらうわ」

納得していないようだった。私の声が彼にだけ聞こえるように、近付いた。「まずい気配がするの。この子たちは敵対しないわ。手伝ってもらうことになるかも」

そう言うと、ナッツは私の顔を見てこくりと頷いた。
それを確認して、ユーリたちに向かい合った。

「ちゃんと噛んで食べたの?早食いは消化に悪いわよ」
「これでもゆっくりしてきたんだ」
「そう」
「母さんは行かないのか?」

私が案内をすると思っていたらしい。中に入ろうとしない私を訝しんだ。

「ベリウスに頼まれごとをしたからね。貴方たちだけで入りなさい」
「おう、………本当に仲が良いんだな」
「…そんなに長い付き合いでもないのよ。…剣、抜いちゃだめよ」
「あ?おう」

首をかしげながら、しかしユーリたちは中へ入っていく。
ジュディスが私を振り返る。不安げだ。いや、表情はそれほど変化はないのだが。

「大丈夫」

そう言うと、ジュディスは目を伏せた。そしてそのままユーリ達を後ろから追いかけた。ぱたんと扉は完全に閉まってしまった。
私は邪魔にならないように、ナッツの隣に並んだ。

「魔狩りの剣が動いているみたいなの」
「…それは…」
「なにかとんでもないことが起ころうとしてる。ベリウスにみんなを助けてほしいって言われたから。微力ながら、頑張ります」
「貴女がいれば百人力ですよ」
「…買いかぶらないでください…。私は人ですから」
「…そうですね。よくベリウス様もそう仰ってました」

何を言ったのか気になる。
確かに、私がもっと高位の存在なら、こんなに悩んで生きていない。

「他の者にも警戒するように言ってきますので、申し訳ないのですが」
「ああ、ここは任せてください」
「お願いします」

あの巨体で、凄い速さで遠ざかっていく。
一人になると、色々なことを思い出す。誰かが訪ねてこない限り、立っているだけの仕事だ。

「人、か」

自然とそう言葉にしていた。
昔エルシフルは言った。

『貴女の前に立って目を瞑れば、母なる大地が広がっている。大きくて、壮大で。でも、目を開ければ、私の目に映るのは、ただの少女です』

と。要は、私の存在自体は凄いけど、私は凄くないってことだ。
どれほど大きな力を持っていても、私は人にしかなれない。始祖の隷長のようにはなれない。世界のシステムみたいな生き方はできない。

突然の地響き。

「っ…」

途端に人が押し寄せてくるのを感じ取った。私のいるベリウスの謁見の間まではまだ到達していない。
ナッツは間に合ったようで、戦士の殿堂の面々が各々敵を迎えているようだ。しかしあまりにも多い。劣勢になっていくのが分かった。任された以上は動きたくない。だがベリウスに、彼らを頼むとも言われている。
中にはユーリたちがいる。ベリウスは弱くない。ちゃんとエステルにもベリウスにも危険性を伝えた。一つずつ確認して、私は加勢に行くことを選んだ。
ベリウスに信号を送る。ナッツたちの所へ行くと断りを入れてから、その場を離れた。

「大丈夫ですか!」
「クローディアさま!」
「怪我人が出ています。押し負ける!」
「分かった!」

術式を展開し、広範囲に回復していく。私もこの人数、この混雑具合では投げナイフというわけにもいかず、普段使っている杖、もとい鈍器を取り出した。回復しつつ、敵を殴っては捨て、殴っては捨ておく。すると一人の少女とかち合った。

「貴女!」
「黒の死神…!」

大きな輪の武器を持つ少女、たしかナンだ。

「こんなことして、ただで済むと思ってるの!?ドンだって黙ってないわよ!」
「我々はユニオンから依頼を受けている!お前こそ楯突いて良いと思っているのか!」

とナンは不遜な態度だ。
ユニオンからの依頼の訳が無い。ドンはベリウスの正体を知っているのだ。どうなっている。とりあえずナンが喚くのが耳障りになって、手刀を落とした。簡単に意識が落ちた。ここに置いておいても良いが、この混戦状態では踏みくちゃにされる。杖で引っ掛けて、遠くに放る。

駄目だ。大まかなストーリーは覚えていても、経緯までは思い出せない。直ぐにナッツの姿を探す。

「ナッツ!」
「はい!」
「悪い、これ使って。私、ちょっと確認することができた!天を射る矢の幹部の男がいるから、この件について聞いてくる」

ありったけの回復薬を渡す。

「はい!お願いします!」
「ユニオンがこんなことするとは思えない。何かおかしい。十分に気を付けてね」
「ありがとうございます!」

私は来た道を引き返す。ドアを開けようとしたとき、向こうから開いた。

「レイヴン!」
「うあい!?」

前のめりにレイヴンの名を呼ぶ。突然のことに、彼は狼狽える。

「魔狩りの剣が、ユニオンからの依頼だって言ってる。君、どこまで止められる?」
「…いや、魔狩りの剣はちょっと、俺じゃ無理だな。ドンでもどうか分からん奴らだし」
「そう…どうなってんだか…ドンはベリウスのこと知ってんだし…奴ら刺し違えてでもベリウスを殺しにかかるわよ、あー」

頭を抱える。

「…恐らく奴らに丸投げはしないはず。誰か来てるだろうから、そっち当たってみるわ」
「お願いね!」
「母さんは?」
「ベリウスんとこ!」
「ああ!」

階段を上るのも煩わしい。杖に横乗りして飛ぶ。

「ベリウス!」

部屋に入るとほぼ同時だった。ベリウスの体が階下に放り出される。
それを追って、私も飛び出した。先に落ちたベリウスの体が地に打ち付けられる。視界の隅に近寄る影が見えた。

「駄目だっつってんだろ!」

力の限り叫ぶが喧噪で聞こえなかったのか、光が放たれる。私は重力を操作し、加速し着地する。その力のまま、エステルを杖で殴りつける。

「ぐ」

エステルの体は吹っ飛んでいく。それを横目にベリウスに駆け寄る。

「ベリウス!」

彼女は足を、手を地面に叩きつけ、のたうつ。うめき声、悲痛な叫び、もがき苦しむ。

遅かった。一歩?もっと?
どこで間違えた。忠告したはずだ。双方に。もっと口酸っぱく言えばよかった?絶対に彼女のそばを離れなければ良かった?また?誰かを信じたから?
この力を使えばよかったのだ。人であろうとしたから、あの時もたくさん失った。躊躇すべきでなかった。
目の前が真っ赤に染まる。ヂカヂカと明滅する。久しぶりの感覚だ。これは怒りだ。この感情に任せてしまえと。声が聞こえる。ずっと抗ってきた。だからこんなことになった。もう抗わない。
誰が悪いわけでもない、この世界が悪い。こんな世界が悪い。だって私は、今度こそちゃんと守れるようにって!もう誰も失わないようにって!

そっと抱きしめられた。

「ベリウス…」

もう口を開くのもしんどいのか、直接語り掛けてくる。

[…その力は、守るために使いなさい。人の枠から、外れてはいけない。この世界の、理を、外れては、いけない]

じゃあ放っておけと言うのか。私なら治せるものを、放置しろと。

「クロ、…私が、私で、あるうちに…」

酷くしわがれた声だ。

「でも、私なら…」

首を振った。

「クローディア様、お願いします…!ベリウス様の、願いを…」

ナッツの絞り出すように言った言葉を、無視はできなかった。戦士の殿堂の面々が、すすり泣くのが聞こえる。もう駄目なのだ。これで終わりなのだ。

私はふらつきながら立ち上がった。止めを刺すために。

ぐぅ、うぅ、と必死に理性を繋ぎ留める姿に涙が溢れた。こんなところまで余さず人間だ。私は。それを望まれているし、それを私自身も望んでいる。

[すまなかった]

一瞬だった。私の持つ杖の上部から出る高エネルギーが一直線に彼女を刺す。床の上、一度だけびたんと彼女の体が跳ねた。
私に触れていた手が離れていく。彼女の肉体が形を失い、光の粒になる。暫くするとそれらは一つに集まった。
酷く無気力だ。
エステルに何かを語り掛けているが、その内容は頭に入ってこない。
周りを見回した。ジュディス、感情を露わにしない彼女が狼狽えている。リタ、カロル、パティ、ユーリ、レイヴン。レイヴン。そうだ、まだ終わっていない。これからも旅は続く。私がしっかりしないと。しっかり、しっかり。

光が収束していく。そして大きな大きな聖核。床に着く前にそれを掬い上げる。
聖核は暖かく、感触とは反して無機物だとは思えなかった。
まだ、ベリウスは死んでいないのではないか。冷静になれ、冷静に、何か、何かあるはずなんだ。これまで途方に暮れるような長い間、私は何のために生きてきたんだ。絶対に、何かあるはずだ。考えろ。

「我々始祖の隷長と人間とは根本的に違う。そう、我々は聖核という姿に変わるだけなんだ。」

そうだ。かつて、世界を愛した男がそう言っていた。
私なら彼女を救えるのではないか。このために私は今まで知識を蓄えてきたんだろう!

手に持っている杖上の武器の頭部、地球儀型をしたその球部分にベリウスの聖核を吸い込ませた。
この杖は私の一部で、時間の流れが外界とは違う。完全に定着するのを防げるだろう。
始祖の隷長は、死ぬと聖核になるが、肉体も魂も、全ては聖核として姿を変えただけ。完全に聖核として安定する前に、分解して再構築すれば、生き返らせられる。私の力があればベリウスの肉体と魂を再構築できる。筈だ。
これまでの知識を総動員するが、何かが欠けている。シミュレーションするが、あと一歩足りない。この世界にしかない何か鍵になるものがあるのだろう。

大丈夫、大丈夫。今日何度目になるか分からないその言葉を、何度も自分に言い聞かせた。

絶対にその鍵は見つかる。


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