シュヴァーンが元気になって良かった。次の日にはピンピンしているのだから、生命力凄い。今日は普通に訓練をして勤務に向かったらしい。案外彼も仕事熱心だ。もう一日くらい休んでも良かったのに。

 10

アレクセイと久々に市井に繰り出している。彼のガス抜きだ。新人教育の件で彼には無理を言っている。
城下町も全部が全部貧困街であるわけではない。この辺は比較的貴族たちのばら撒く金の恩恵を受けている地区だ。そこの喫茶店。美味しいスイーツと美味しい紅茶の飲める結構雰囲気の良いお店。

青年二人がケーキを突く光景ってどうなんだ?と思わなくはない。
この世界に来て、初めてアレクセイに会ったとき、彼はまだ20歳だった。今も26歳という若さで副隊長だ。
本来なら既に騎士団長の座に就いていたと記憶している。
彼が団長になる為には、今の団長が引退しなければならない。恐らくは私が来たことで、その運命が変わってしまったのだ。そしてさらに私が上に着いたことで、今の地位に留まっているのだろう。

と思案しているうちに、ケーキがテーブルに届いた。男二人が顔を突き合わせてスイーツ、は厳しい絵面だが、一応私はイケメン設定だし、アレクセイは紛うことなくイケメンだ。
いや、そんな俗世的な評価は相応しくない。そう、麗しいのだ。日の下で活動しているにもかかわらず美しく白い肌、きらきらと揺れる銀糸、涼やかな目元、瞳は透通った宝石のような紅。そして耳障りの良い美声。
完璧すぎる。人ではないと言われたって納得する。寧ろそうでなければおかしい。今でさえこうなのだから、幼いときは天使のようだったに違いない。
店員はチラチラとこちらを見ている。客もがっつり見ている。ケーキは美味しいし、紅茶も文句ないのだが、居心地が悪い。アレクセイもだんまりだし。

「ここのロールケーキ美味しいよねぇ。ねっ!ねっ!!来てよかったでしょ?おいしいでしょーおーい、アレ、なんで返事なし?え、私泣いちゃうよ?」

無視だ。流石におかしいことに気づいた。私はこれでも彼の上司で、彼がそういうことに厳しいのを知っている。
強硬手段。ぶんぶんとアレクセイの目の前で手を振ると、やっと気付いたのか、アレクセイは顔を上げた。

「え?すみません、聞いてませんでした」
「あ、うん、そんなこったろうと思ったよ。うん、そうだよね、私なんて君の時間をとるお邪魔虫、え?ノミ虫?ホント生きててすみません」

捲くし立てるとアレクセイは困ったように笑って、言った。

「いえ、このロールケーキがおいしくて話聞いてませんでした。…どうしたんですか?変な顔して」

あ、同じこと考えてる。
少し嬉しくて顔がにやけた。
それを変な顔と言われて傷ついたが、私はこの掛け合いが好きだったりする。

「ううん、何でもないよ。美味しいよね、ここのロールケーキ」

ぽかぽかとした優しい太陽の光が窓から入り込んでくるのを、全身で感じ、この幸せな時間を噛み締めた。

「ええ。この紅茶も凄く合いますし」
「気に入ってもらえてよかったよ」

アレクセイの舌は肥えている。私は比較的何でも食べる。この差は大きかった。

「いつも此処でケーキを買ってこられるんですね」
「うん?ううん、いつも買ってくるのはこの先のパン屋を曲がって、ちょっと歩いたとこのケーキ屋さん。あ、そこのパン屋も美味しいよ」

このお店はお持ち帰りはしていない。店の雰囲気と紅茶込みで、このケーキ屋はケーキを売り出している。店主のこだわりらしい。それでも儲けを出しているのだから凄い。

「あれ?アレクセイ?アレクセイさーん?」

私は事実を述べただけだったが、アレクセイの視線が痛い。何か私は墓穴を掘ったようだ。紅茶を飲もうとカップにかけた手がカチン、と固まった。

「へぇ」

じと目でアレクセイは私をじっと見つめる。これって端から見てどうなのよ?とかいう心配もしたが、今はこの目の前の敵にどう挑むかだ。

「ちょ…なんで怒ってんのさ」

冷や汗をかきながらたどたどしく私はアレクセイに尋ねると、彼の眼力がより一層強くなる。

「いえ、詳しいんですね。それって、様はサボっておられる時にこの近辺を散策していることでよろしいですか?」
「ええ?!いや、ちょ…パトロールだろ。な、別にサボって茶しばいてるわけじゃない。いや、そんな時もあるけど…」

サボっているといえばサボっているのだが、別に仕事をしていないわけではなかった。この近辺の人とは仲良しだし、情報を貰ったりもしている。態度の悪い客は追い払うし。民衆を味方につけるのは十分に仕事の一環だと思うのだ。なんせ私は元来一人を好む。
それに一応期日ギリギリだけど、きちんと仕事をこなしている。その辺はしっかりしているつもりなのだ。
言い訳になるが、仕事を終わらせれば、また仕事が増えるのだ。この程度にしておかないと、際限なく増える。このくらいの仕事量が限界ですよ、と主張するのは必要だ。
だが、それが通じる相手ではない。

「へぇ…」

相変わらずじと目で見つめてくるアレクセイ。

「アレクセイ、貰ったお金はできるだけ城下で使いたいんだよ」

ケーキが好きなのも事実、お茶飲むのも好きだし、ゆったりとした時間を過ごすのは私の楽しみである。それは否定しない。事実だ。だが街の人との交流は間違いなく仕事だ。

「それに、街の様子を見ておいて損はない…、って、なんでそんな顔?」
「いえ」

良いことを言ったなと自信満々で私が顔を上げると、アレクセイは眉をひそめていた。
その表情はすぐにいつも涼し気なものに戻ってしまうが、動揺は隠し切れない様子だ。納得できないないのだろうか。

「…巻き上げられるだけ巻き上げられて、そのお金が外に流れるだけって、マジで生きていけないしさ」

カップの中の紅茶がゆらゆらと波紋を描く。
この世界はどうすれば変わるだろうか。それはずっと考えている。折角この世界に来たのだ。物見遊山気分で関わるのは失礼だろう。評議会の連中も、ほんの少しだけ賛成してくれる事業もある。事業と言うにはお粗末なものだが、それでも市民街の商売はしやすくなったろうし、下町も全く目を向けていないわけではないという意思表示くらいは出来ている。
私は全部自分でどうこうしようと思っているわけではない。私のこれまで様々な世界で培ってきた知識が役に立てばよいとは思っている。誰かの手助けをして、スムーズに事が運べばいい。

「…そうですね…」

暫く無言だったアレクセイが短く相槌を打った。

「アレクセイ、はさ、どうして騎士になったの?名声のため?」
「そういうことを聞くんですか…」

先ほどとは打って変わって、呆れた表情でアレクセイは溜息混じりにそう言った。

「あー…うん。だって、私は騎士団って、何してんだろって思うから。何守ってんの?自分のプライド?騎士団の規則守ってたって何にも出来ないしさ」

アレクセイは空になったカップをじっと見つめていた。
真っ赤な目が目蓋に隠れる。彼も今の状況をよく思っていないのは分かる。苦渋に満ちた表情が痛々しい。
閉じた時と同様ゆっくりと開かれた目は、じっと一点を真っ直ぐに見ていた。

「それでも、私は、騎士団の中で、この状況を変えたいと思います。守りたいと、思います」

騎士団の中で。きっとそれは大きな意味を持っていた。

「そっか」

それは「逃げない」という決意だ。

「青臭いと思われるかもしれません。しかし、」

必死に言葉を紡ぐアレクセイに、私は憧れのような、そんな感情を抱いた。
これがアレクセイ・ディノイアなのだろう。こういう彼だから、皆ついてくる。

「思わないよ。凄いことだと思う。私も、」

言葉に詰まった。言い切っても良いだろうか。力になりたいのだと、言っても良いだろうか。

「…出来る限りのことは、私もしたい」

やと出た言葉がそれだった。

「はい…!」

きっと私が何も気にせず、力を振るえば、画策すれば、すべては簡単に解決してしまうのかもしれない。それでは駄目な気がするのだ。無理に事を進めれば必ず綻びが出る。力で押しければ反発が出る。だから私は人の歩みで生きる。
けれども手を抜いてきたつもりはない。
本当に?
いつも私の中にある問いだ。
けれども、アレクセイが文句を言いながらも私に付いてきてくれる、それが答えだと信じたい。私のしてきたことが、精いっぱいの頑張りだと、言い切ってしまいたい。

「じゃぁ、そろそろ行こう。昼休みが終わる……」
「はい」

せめて彼に誠実にあらねばならない。

「さぁて、仕事しますかねー明日は久々の休みだからね。ああ、一週間長かったぁぁ」
「…全く、貴方と言う人は…」

アレクセイはため息を吐いて、私の半歩後ろを付いてくる。横に並びたいなぁ、なんて。少しだけ寂しく思った。


***


「ふぅむ」

私はベッドの上で呻った。駄目だ。やっぱり仕事しよう。折角の休日で、アレクセイにも休んでくれと言われたのだが。何だかぽんと休みを貰うと、逆に休みにくい。
それに休みだと浮かれて見せても、それは誰とも会わずに過ごしたいという欲求であって、ゴロゴロとしながら一人で黙々と取り組みたいことがあったのだ。
事の起こりは、一時間ほど前に遡る。



一応この騎士団にも休みという概念はある。唯一の実働部隊と言っても良い私の隊にも辛うじて。
今日の昼休みのことだ。休みなので私服でご飯を食べながら書類に目を通していると、騎士団長に話しかけられた。

「根を詰めると、また倒れるぞ」

と言われてしまい、それをアレクセイにも聞かれた。思わず目を見開いて固まってしまった。伝えることだけ伝えて、彼は去って行った。爆弾を落として。

「また、って何ですか」
「え?うーん?」

普通の人間なら卒倒するような剣幕だ。横からの圧がすごい。
この世界に来てから調子が悪い。確かに私は疲れを知らぬ体でありながら、電池が切れるように眠ってしまうこともある欠陥品だが。それでもこんなに頻繁に起こるなんて、やはりこの世界は変だ。私をこんな体にしたジンもそうなのだと言っていたので、きっと上空にうまく隠してあるあれのせいなのだ。

無論忙しすぎるのも理由の一つだ。仕事の山は減らないし、貴族同士の軋轢もある。評議会の会合への出席は求められる。それにそれ以外に色々と画策していると、自然と休息の時間は無くなっていくし、心は削られていく。
1日って24時間しかないの知ってた?

「…サボってるフリして何をしているのでしょう」
「え?いや、普通にサボってる時もあるよ!」

何の言い訳だ。おかしい話の流れである。私はこの空気に耐えられなくなり、食事も終わっていたので立ち上がった。食器を預けて、足早に部屋に向かう。
アレクセイも付いてくる。振り切れそうにない。どうせ今振り切ったところで話は続くのだ。弁明をしておこう、と歩を緩めた時だ。

「ちゃんと休んでる時もあるけれども、それ以外はなにか仕事してるってことですね」
「う…」
「私だって、…知っています」

そうだったのか。知っていて合わせていてくれたのか。もしくは最近知ったのかもしれない。

「…貴族のご婦人となにを?」
「うぅ…」

一番気付かれて欲しくなかったところに容赦なく斬り込んできた。

「まぁ、…根回し?的な?」
「大丈夫なんですか」
「…引き時は分かってるよ」

人を選んでしているし、浮気を旦那に報告はできないだろう。そういう暗示(騎士団の所蔵室にはそういった類の魔術書が隠されている。すべてこの世界に準拠した力だ)も掛けてある。年上ばかり、つまりは年若く見える私の容姿を好む女人ばかりをターゲットにしているので、お遊びの域を出ない。男性、家長や子息に関しては、流石に誰にも言えないだろう。特に拘ったわけではないが、抱かれたことは無い。そういうことだ。
私だって、好き好んでしているわけではない。というより本当はしたくない。倫理的にではなく、私の性格的にだ。
この隊は担う任務の量に比べて、物資が少ない。私をやっかむ貴族たちの嫌がらせ。向こうは軽い気持ちかもしれない
が、こっちは命に関わる。
私を敵視する家ばかりではないので、上手く取り持ってくれそうな貴族にお願いをして回っている。
お願いは物品だったり、情報だったり、その他諸々。諸々はお察しだ。

「…あなたが隠し通そうと思えば、私では決して分からないでしょう。いえ、私だけでない。本当に誰も気付けないのでしょう」
「まぁ…」
「つまりは意図的にバレるようにしたんですね」
「君には隠しておきたかったよっ」

思わずムキになって声を荒げてしまった。しかしアレクセイは気にした様子もない。淡々とした様子だ。

「それは残念でしたね」
「君はストーカーか何かなの?」

副隊長は私の直属の部下で秘書的なポジションだ。つまりはほぼ内勤で、基本の勤務時間は長いが夜は休み、のはずなのだが。

「私ではありません。巡回しているときに隊員が見かけたと噂をしておりまして」
「あいつら…口が軽いな…いや、それを見越してなんだけど…」

まさかアレクセイの耳にまで入るとは思っていなかった。

「今日は休んでください」
「いや、今日は書類の日だから…これでも一応はスケジュール立ててんだよ?」
「目は通してあるんですよね」
「そう、だけど…」

こうなると梃子でも譲らないのは分かっている。分かってはいるが、了承はできない。こっちだって綿密に計算しているのだ。不慮の事態に備えて本当に期限カツカツというわけではないが、これを怠ると、ちょっと気合を入れないと回らない程度には予定を緻密に組んである。

「ひゃう!」

思わず声が出た。アレクセイが有無を言わさず私の体を抱きかかえた。お姫様抱っこだ。急に視界が変われば、私だって驚く。

「ちょ、」
「判子を貸していただければ、私が代わりにします。貴方が来るまではやってたんですよ」
「そう、だよねぇ…自分で歩けるから、本当に、マジで、お願いします…」
「駄目です」

ただでさえ私とアレクセイの只ならぬ噂が流れている。
ほら、女性騎士が黄色い声を上げている。なんなら男たちも色めき立っている。どの文化圏にもBLは花咲くんだなぁ、なんて現実逃避。
確かにアレクセイは美しい。私も人外になったときにイケメン設定にしたので、それなり、の筈だ。彼の前では翳むけど。

そんな状態でも周りの声がばっちり届く。え、そっちなの?って、え?どっち?いや、もうどっちがどっちでも良いけれども!吝かではないけど!妄想するのは好きだけど、されるのは御免被りたい。

「しがみついていないと、落としますよ」
「いっそ落としてくれ…」


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