11
ベッドに放り込まれてしまった。
「絶対安静」
と、病気でもないのに。
アレクセイは隣の部屋で私の仕事を代わりにやっている。気を利かせてくれているのだろうと思うが、気配があって落ち着かない。
私は窓から抜け出した。手には遠征の資料とペン。元々一人で気楽にベッドでゴロゴロしながら仕事をするつもりだったのだ。片付かないと落ち着かない。今度の新人遠征の件だ。
遠征は何度か行ったことがある。しかし新人研修は初めて。いや、素人団体の演習遠征なら何度かやった。あれを演習などと言って良い物かは分からないが。
私の着任してすぐの話だ。剣術も儘ならない、魔術のマの字も知らない連中を、騎士に仕立て上げて放り出す。そんな状況だった。
私が来てからこの隊の死亡率は劇的に下がった。今だからそんな言い方をするが、そんなすぐに状況が変わったわけではない。ようは最初の内はかなりの死亡者を出した。本当にその者の遺品かもわからぬ物を持って家族に頭を下げに行くのは、正直辛い。
同じ轍を踏まぬように、計らわねば。当時はこの世界に来て間もなかった。支援してくれる貴族なんて誰一人いなかった。今回は違う。もう二度とあれだけの被害は出さない。
空を見上げた。気候は良い。雲はあるが、陽の光を全くずっと遮るほどではない。
どこにでも人の近寄りたがらない死角がある。いつも私が一人になりたいときに利用している場所だ。建物の陰、木々の向こう。芝生は綺麗に整えられているので、全く人が来ないというわけでもないのだろうが、私は出くわしたことが無い。日当たりは意外にも良く、風も適度に通るので昼寝にも持って来いだ。
そこに踏み入れようとした足を止めた。先約がいる。シュヴァーンだ。昨日はヘラルドの代わりに日勤をして、今日から通常シフトに戻ったようだ。夜勤を代わってやったのに、日勤を代わりに出させる辺り、ヘラルドは太っ腹だ。
ぐっすりと寝ている。ちょんちょんと眉間を突くが、起きる様子はない。これだけ爆睡していれば、私が居ても問題ないだろう。彼の隣に腰を落ろした。
ぱら、ぱら、と資料を捲る音、カリカリとペンを滑らす音。そして彼の寝息。それだけだ。まるで別世界に二人で取り残されたみたいだ。
少々作業に飽きて小休止。何とはなしに横に寝転んでいる彼の顔をじっと凝視する。
「ん…」
起こしてしまった。目がばっちりと合う。
「うわあぁ!あんた!なん…!」
飛び起きて、シュヴァーンは私を指さす。しかしその手はすすすと力なく下ろされていく。
「…あ」
「素だったね」
「も、申し訳ございません!!」
綺麗な土下座。撫でやすそうな位置に頭。セクハラだろうか、と一瞬躊躇ったが、そのまま手を下ろした。びくりと彼の体が震える。しかし殴る意思が無いのが分かったのか、力を抜く。前の隊では日常的に暴力を振るわれていたようなのだ。
「あの…」
「いや、ごめんごめん。撫でやすそうな位置にあったから」
彼は私の発言に怪訝な顔をする。すぐに取り繕うように表情を引き締めた。
手を離すと、頭を上げて芝生の上で正座をした。体制崩しても良いよと言うと、戸惑いながらも胡坐をかいた。
「私もここいつも利用してるんだよね。君が居るんだから、遠慮すればよかったんだけど…」
「なんだか落ち着きますよね?」
窺うようにシュヴァーンは躊躇いがちに言葉を述べた。
「そうだね」
「あ、これ、すみません…」
私のひざ掛けだ。寒くはないだろうが、長時間外で寝ていると風邪を引きそうなので、掛けてやっていたのだ。
「なんだか贅沢だよね。天気の良い日にお昼寝って」
「イエガーには勿体ないって言われますよ」
「あはは、あの子らしいなぁ」
真面目で社畜な彼らしい。いつもキャナリや他の者たちと魔術訓練、剣術訓練、そして兵法やら議論をしているのを見る。休みの日は休めば良いのに。
「…忙しなく働いて、いつ死ぬとも分からない。なら、こんな時間も大切にしたいじゃない?」
「と、言いつつ、仕事してますよね」
「うは、バレた」
手元の資料をシュヴァーンは呆れ顔で見る。
そういえば距離が近い。彼の香りが分かるくらいだ。
変にどぎまぎしてしまう。一応今の外見は男だが、中身は女なのだ。あと、生前の推し。つまりは顔が好き。それがこの距離。
なんだか不思議だ。彼は一人を好むようで、イエガーや元同室以外と親しくしているのをあまり見ない。あからさまに避けているのではないので、皆気付いていないかもしれない。しかし遠くから見ていると、輪の中にあっても隔たりを感じる。厭世的なイメージも付いて回る。斜に構えているというか。そんな彼がこんなに近くに居る。まるで気位の高い猫のようだ。きまぐれに距離を詰めてくるあたりが。
「…倒れたって聞きましたけど?」
「あらまぁ、どこで聞いたんだろ」
「…副隊長にお姫様抱っこで自室に強制連行されたと」
「あー…うん、それか」
最後の方は人の視線が気になって、アレクセイの胸に縋ったっけ。甲冑が痛かったが、不特定多数に顔を見られるよりはマシだ。
「大丈夫なんですか?…って、何ですか、その顔」
どんな顔をしただろうか。意外だなと思ったので、そんな表情だったのだろう。
「いや、うーん、君って、私に興味ないと思ってたな。というか、あまり周りに興味ないもんだと」
「…そんな風に見えますか」
「君の好意が、作り物じみて見える。っていうと、失礼かな」
「否定はしません」
すんなり認めちゃうんだ。
「今もですか」
私を値踏みするような視線。ふわりと笑う様は、可愛いや格好良いとかではない、底意地の悪さを感じる。
「ちょびっとは…気を赦してくれてる?」
イエガーは私に彼が懐いていると思っているようだが、恐らくは違う。彼は人を見ている。
魔術を教えてほしいと言ってきた時だってそうだ。
シュヴァーンは教えを乞うならアレクセイより私なのだ。
アレクセイは何だってできるから、実は教えるのがあまり上手くない。それに気付いている者は少ない。何せ彼は優しい。丁寧には教えてくれる。余程教えるのが上手そうで頼りがいのあるアレクセイより私を頼るのだから、私に好意を持っている、そんな方程式なのだろう。
「そうですね、貴方に隠しても仕方がないんでしょうし」
「初対面があれだからねぇ」
「失礼だとは思わないんですか」
本翡翠の目がすっと私を見つめている。人の目は如実に心を映す。そのはずなのに、あまり感情が読めない。
ジンを彷彿とさせる表情展開だ。私の父であるジンもこんな感じだ。ギャルゲのキャラの表情が変わる時のような、貼り付けた顔。
「ちゃんと敬語で話してるから、問題ないよ」
「それは…そうですけど」
何だか、ここで返答を間違えたら不味い気がする。こんなに緊張して話すのは久しぶりだ。貴族たちと話す時とは違う緊迫感がある。
「君、私がいくつに見えてるのかな?アレクセイより上よ?君くらいの子に無礼にされたって、可愛いなって思うくらい、かな」
「かわっ…」
今のも素。
「悪かったですね、子供で」
私がにこっと笑って見せると、シュヴァーンは顔を染めて顔を背けた。照れではなく憤慨だ。
この返しは成功だろうか。ほっとして思わず笑顔になってしまっただけだったのだが、良い具合に勘違いしてくれたようだ。
「あんた、って、男好きなんですか」
「アレクセイのこと?」
「いや、…女性と話してるときは、もっと気楽に話してる気がするんで」
君のその意地の悪さのせいじゃないですかね。とは言わない。負けた気がするからだ。
女性は私に下心が無いのを見破っている。だから気さくに気安く話かけてくる。それならこちらも話しやすい。それだけの話だ。
「よく見てるね。…別に、人を性別で見てないんじゃない?まぁ、アレクセイ君は綺麗よね。誰が見ても、芸術的に」
「はぁ、」
「え、私だけ?」
ほう、と溜息交じりにアレクセイを賛美する。絶対に賛同してくれると思っていたのに、気の抜けた返事が返ってきた。
「そんなんだから誤解されるんですよ」
「良いんじゃないかな。向こう的には」
片眉が上がる。どんな反応だ?
ああ、こういう相手を見すぎて返事に困るところが、意識して話しているように見えるのか。
「女性除け、だと思うけど?」
「…あんた的には…」
尋問みたいだ。
きっと本当のことを言って、それで嫌われてしまっても良いのだ。気が合わないというだけの問題で、それで上司部下の関係が壊れるわけでもない。それでも曖昧に答えるのだから、日本人だ。
「えっと、…どっちでも、良い?かな?」
「…そういうところがモテるんでしょうね」
それはモテはするけど、本命にはしてもらえないタイプなのではないだろうか。
私としては、当たり障りのない関係を多く作っているつもりだ。味方を作るのは難しいので、敵を減らそうとした結果なのだ。人づきあいが得意な方ではない。
「…女の子って、ガツガツしてるの嫌いだもんね?そのくせ、自分にだけはガツガツして欲しいんでしょ?不思議よね」
的にはその気持ちに大いに納得できる。が、きっと・「ルーベンス」のキャラ的にはこの返しで正解の筈だ。
「そうですか?自分にだけ優しかったり迫ってきてくれるとか、そういう特別って、嬉しいんじゃないですか」
と投げやりに言う。意外な意見だ。
「幻想ですけどね」
「あはは…」
手厳しい。
シュヴァーンとの会話が途切れる。気まずい空気は無い。驚くほど馴染む。
「寝てれば?」
「え?いや…」
私は首を傾げた。
「…じゃあ、お言葉に甘えます…」
「どのくらいで起こそうか?」
「隊長が、居なくなる時、で良いです」
「そう?じゃあそのときに起こすよ」
シュヴァーンは釈然としないというような顔をした。しかし何も言わずに、そのままごろんと寝てしまった。どうしてそんな顔をしたのだろうか。起こして聞くわけにもいかない。
暫し考える。目を瞑ると、シュヴァーンの寝息。心臓の鼓動。
そっと目を開いた。きっと私が気安く話しかけるからだ。アレクセイにもよく注意される。下の者に、そんな気軽に声を掛けてはいけません。と。友達感覚でいてはいけません、と。
アレクセイの言うことも分かる。彼自身、不遜であれとは言わない。蔑ろにしろというのではない。そうではなくて、威厳を持てということなのだ。
寝顔に目を向ける。先ほどは自然と起きたらしい。私が触っても何も反応しない。意識を向けても。
調子に乗って、頬を撫でる。髪に触れると、見た通りぱさぱさしている。支給のシャンプーではこうなるだろう。シャンプーというかただの石鹸だ。
まるで野良猫を撫でているようで、ほっこりする。
集中力が切れている。私もごろんと寝転がった。青空が見える。ぽかぽかと暖かい。
珍しいですね、というアレクセイの言葉を思い出す。シュヴァーンを引き入れた時の話だ。この隊が過酷なのは有名な話。にも拘らず、話を無理に進めたことに対して。確かに、私がこんなに自分勝手なことをするのは、きっとそれこそ数百年単位で珍しい。
数分もしないうちに起き上がった。ゆっくりしている場合ではない。
***
日が傾いてきた時分。シュヴァーンは起きた。
「熱心ですね」
「ああ、ごめん、もっと早く起きるつもりだった?」
「いえ、夕食を食いっぱぐれない程度に」
「じゃあ丁度良かったね…私も晩御飯はゆっくり食べたいなー」
最近の楽しみなんてそれくらいなのだ。
「ずっとやってたんですか」
「んー…まぁ、それなりにゆっくりね」
シュヴァーンは私をじぃと見る。
「…君らを死なすわけにはいかないからね」
「……そんなこと言ったって、この隊は平民ばっかりで、貴族は何かと理由を付けて遠征には行かないんでしょうし、行くにしても次男坊だったり、…はみ出しものだったり、評議会に入れないような力のないやつらばっかりでしょう」
「そうだね」
よく物を知っている。こういうところ、違和感があるのだ。だが突かない。きっとそこまでは許されていない。
「死んでも構わない、そう思われてるやつらばかりなんでしょう、」
自虐的、というには表情が違う。諦め、の方がしっくりくる。死にたがっているというでもないのに、自分の命はこんなものだと。
「まぁね」
「なんで皇帝のお気に入りのアンタがそんな倒れるまで頑張ってんですか」
はっとした。風が揺らいでいる、ような気がする。いや、これは、彼の不安な感情だ。
「突っ込んできたね」
「切り捨てますか?」
「私が?そんな物騒なやつに見えてた訳だ」
有事の際にいつでも抜けるように傍らに置いてあった片手剣をぽんぽんと叩く。
「……しないだろうから言ってるんですけど」
注意深く目の前の男を見る。私のいつもの考え過ぎが彼のことを間違って解釈していたのかもしれない。いつもは気を張っている彼、私には素の姿を幾ばくか見せる。その無防備。
お前は信じられる奴かと問われているのではない。信じるけど良いのかと言っている。
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