12
彼はいつも私のことを見定めていたのだろうか。私が信用できる奴かどうか。私の作るこの隊が、居心地の良い場所なのかどうか。
誤魔化してはいけないところなのだろう。
「………私は一応誰一人失いたくないと思ってやってるよ。じゃなきゃ君らを引き抜いたりしない」
ぽつりぽつりと語る。
「…君らに関しては…私の単なる自己満足も含まれてるけどね」
シュヴァーンの目を見る。彼は何も言わない。
「貴族隊のなかの平民の不審死って結構あるのね」
「そう、ですね」
「勿体ないなって、結局死ぬのだとしても、そんな寂しい死に方嫌じゃない?」
「自己満足ですね」
「そうだね」
「確かにせめて誰かのために死ねたら良いですね」
流暢に言うものだ。
「あまり、思ってもないこと言わない方が良いよ」
「そうですかね」
こののらりくらりは性分なのだろう。それが分かれば多少気が楽だ。
「特に生死に関することはね。いざというときに惑うから」
彼が何かを言おうとするのをさらに言葉を紡ぐことで、抑える。
「君はそれだけ自分を誤魔化せるだろうから。その言葉を、口先だけでなく、本当にできるだろうから」
「アンタには、何が、見えてんですか」
「さて、」
私の返答は期待していないらしい。彼はそれ以上聞いてこない。
「少なくとも、私の前ではもう少し気を抜いたら?どうせ滲み出てんだし」
「……すみませんね、下手くそで」
「いや、誰も分からないでしょ。分かっても、問い詰めるほどの違和感は無いんじゃない?」
「どうして、とか聞かないんで?」
「聞いてほしいなら聞くけど」
正直個人の相談まで乗ってやるほどの余裕はないのだが。それを言うと、金輪際意地でも口を開きそうにないので、心の中に留めておく。
「………アレクセイ君が呼んでるな」
「え、そうですか?」
「耳が良いからねぇ…ああ、お小言が長いなぁ…」
よっこいせ、と立ち上がると、シュヴァーンも続く。
「大人しく、部屋で仕事しておけば良かったんじゃないですか?ベッドの中でだって、できたでしょうに」
ご尤もだ。呆れたように言う。面倒見は良いのかもしれない。
「…部屋にこもっていると、悪い考えばかりが浮かぶからね」
「そんなもんですか?」
「まぁ、ね。私はネガティブだから。見えないかもしれないけどね」
「そうでもないんじゃないですか?」
肯定に何と返そうかと悩み、結局は何も言えずにシュヴァーンの髪を撫でた。
「夜更かししちゃだめだよ」
「はい、有難うございます」
アレクセイの声が近付く。この秘密基地を知られては困る。早く行かねば。
「じゃあね」
「はい、」
シュヴァーンは明日、日勤か。今日日中あれだけ寝て、眠れるのだろうか。明日は朝から仕事だし。もう少し早く起こしてやればよかった。
***
深夜、帝都図書館。
ジンにはこの前、書物の情報の取得方法を思い出させてもらった。その方法なら時間はかからない。
こんなこと褒められたことではない。忍び込むのもそうだし。それ以上に本人が口を噤んだことを、勝手に暴こうというのだ。それも理由を聞かないのかと問われ、聞かないと言っておいて。
こんな誰もいない図書館に忍び込んで泥棒みたいなことをしている。元々気になっていて、調べようとは思っていたのだ、と言い訳をする。
分厚い扉、鍵も頑丈で重そうだ。ピッキングはまず無理だろう。
見られて困るものは有るには有るが、では見張りを置くほどかというと、そうでもないらしい。全くの無人になる。そもそもこの近辺に入れる人間だって限られるのだ。
人を遠ざける為の鍵など、私にはあってないようなもの。そのまま直進する。
この世界で一番大きな図書館は、しかし始祖の隷長の記述は殆ど無い。明言されているものとなると、一冊もない。それらしき記述があるだけ。それも存在を知っているから分かる程度の。
満月の子についての本は子供向けの童話や神話に限られる。何もかも、忘れ去られたことなのだ。在るとすれば、この皇帝一族が幅を利かせているというだけ。
そんなものを探しに来たのではないのだけれども。物思いにも耽る。
本にリンクを繋げ、情報を吸い上げていく。あとは特にすることもない。勝手に知識として体内に蓄積されるのみ。そして蓄えた知識の中から、検索していく。
全てを吸い上げる前にヒットしたようだ。
「……アトマイス家…ダミュロン、」
成る程と納得して、私は図書館を後にした。
この世界に全人類を管理するような制度はない。日本でいう所の戸籍制度や他の国の識別番号制度、寺や教会の名簿等、諸々。平民の管理はずさんだ、明確な人口も分かっていないだろう。
話はそれたが、貴族となるとそれなりに詳細な管理がされている。家族単位での届け出があるのだ(私生児や、余程家長が隠したいことがあれば話は別だが)。私の名も刻まれている筈だ。それがこの図書館に所蔵されている。勿論閲覧禁止の持ち出し禁止。見るだけでも手続きが要るので、余程のことが無い限り見に来る者もいない。
きっと私が居なければ暴かれなかった事実だ。
もう用はない。長居は無用。
今日は新月だ。新月、はて。
何か思い出しそうな気がする。いや、止めておこう。「原作」を思い出すのは、今することではない。どうせ10年以上先の話だ。
こんな月のない夜は蠢くものも多い。見回りというでもないが、気まぐれに貴族街を歩く。月夜ばかりと思うなよ、か。この街には灯りが点っているので、その限りではないが。それでも死角は存在する。
「……こんばんは」
狙ったわけではない。それでも当たりを引いたらしい。声を掛けると、不審者はすぐに戦闘態勢に入った。
こういうツキは持っているのが私のこの人ならざるカラダだ。
「こんなことをしたって、焼け石に水だろう」
答えない。うまく服装で誤魔化しているが女性だろう。男性というには少し女性らしい。
今まさに人の秘密を暴いて後悔をしてきたところなので、覗き見ることは止めておこう。
「………まぁ、ゼロかイチかは大きいか…」
「その腰に提げているのは飾りかい」
「今は飾りだね」
一切構える様子がない私を訝しがる。思いの外、年がいっているらしい。声から年齢が推測できる。私を危険ではないと判断したのか、下町の状況を考えると見つからないだろうと、たかを括ったか。
「どうして見逃す」
「血の臭いがしない」
「………礼は言わないよ」
「構わない。今日私と君は出会わなかった」
市民街の方へ消えていった。これで何が変わるでもない。根差したものは深く大きい。人の力ではどうにもならないだろう。
そして私が動いたって変わらない。もどかしいが、これが私の選んだ道だ。手は差し伸べても、大局は見ない。私は人として生きたいのだ。
しかし全く気にならないわけではない。マリアのこともある。
そういえば結局は本名だったらしいのだ。ユーリの母親、彼女の名前。私が偽名を名乗ったと知りつつ本名を教える辺り、懐の深さが窺える。朧気に覚えているゲーム内のユーリを思う。
明日はマリアに会いに行こう。ユーリに渡したいものもある。
***
昨夜予定に含めた下町の視察、と言う名のサボり。いや、今日はちゃんと仕事をしてきた。そのうえで来ている。アレクセイにも許可を取った。
「マリア」
「あら、クロ!久しぶりじゃない?」
ふんわりと花が咲くような笑顔。顔はユーリなのに。
「まぁね」
「忙しい?顔色がわるいわ」
顔色が悪い?この私が?人に似せて作っていてもこのカラダは疲れを蓄積しない。
「つかれた顔」
マリアは私の顔を指さす。
それはしているかもしれない。滅茶苦茶疲れている。
「…ユーリは?」
きょろきょろと周りを見回すが、どこにも気配がない。
「もうお仕事に出てるのよ」
「え」
そんなに早くから働くのか、私は純粋に驚いた。まだ5つになったばかりだ。
「ここでは珍しくないわ。ユーリは大きい方だし」
確かに5歳児にしては大きい方だが、そういう問題だろうか。
下町は思いの外無法地帯らしい。時代背景的には中世盛期と言っても良い。もう少し潤っていても良い筈だ。ここは腐ってもテルカ・リュミレースの一大都市。
これのせいか。上を見上げる。
「何の仕事?」
「お水をはこぶ仕事よ。畑の」
成程。最もこの世界で重要な仕事だろう。食糧問題は必ずついて回る。
中世の荘園ほどではないが、貴族たちが平民に農業をさせているのだ。その土地を確保するために、一部結界魔導器を拡張している。大元の結界魔導器に連結させる形で、数百m、数キロ程度結界内の土地が増える。後付けの結界は不安定で、必ずしも魔物から守ってくれるものではない。ここは危険な場所なのだ。
下町の住民には本人を証明する体制はない。では税はどのように納められるのか。その答えは、働いた分だけ取られる、だ。その雇い主のさじ加減。それでもその日生きていくだけの金が貰えれば万々歳。それくらいの物価、ということもあるのだが。
現代ほど人口がいないので、それくらいの管理で成り立つのだ。事実クリティア族は彼らだけで生きているし。税をむしりとられていた様子もない。それもこれもこの上空を覆う魔導器の「おかげ」なのだ。この結界ごとに街が隔てられていなければ、きっと人同士の争いが勃発しただろう。
しかし弊害も勿論ある。この結界内に収まるだけの人しか存在できない。そして、それを賄えるだけの食料もない。だから私の隊は敢えて絶対に死ぬようなところに出兵させられる。結界があるために労働力は重宝され、あれがあるが為に余分な命は消される。それが現実だ。
この状況で魔導器が手放せるはずがない。
「クロ?また、なやんでる」
「色々考えることが多いんだ…」
「…それは、クロがしなきゃ、いけないの?」
マリアは不思議なことを言う。
「…どうして?」
「だって、…」
彼女は不思議。ユーリにそっくりな見目。でも神秘的だ。始祖の隷長だと言われた方が、幾分か納得できる。存在が希薄で、浮世離れしている。掴み所がない。
「ごめんなさい、変なことを言ったわ」
「ううん、良いの、心配を、…してくれてるんだよね」
マリアは俯いた。
彼女の髪はつやつやさらさらと美しい。粗悪な石鹸で洗っているだろうに。その髪が風に靡く。まるで此処だけ時がゆっくり流れているようだ。ふわりと微笑むと、世界に光があふれるような、神々しさと言うよりは心が凪ぐような、穏やかな笑みだ。ゆったりまったり夢見心地になる。
「あ、ユーリおかえりなさい」
マリアの声に、はっとした。
未だにふわふわとしている。セイレーンに魅了された船夫は、こんな心地だったのかもしれない。
「ただいま!クロだ!」
一直線に駈けてくる。そのままの勢いで突進。
「う…」
容赦のないタックルは夢から覚めたばかりには厳しい。
「元気だねぇ…」
「おう!」
ニカっと笑い、離れていく。ユーリはマリアに今日の稼ぎを渡している。
現実的な光景で、これまでの幻のような空気が霧散していく。
「クロは何しに来たんだ?」
「…厳しいお言葉…」
悪気は無いのだろうが、ぐさっと来る。
「ほら」
持ってきた土産を渡すと、ユーリはそれを掲げて喜んだ。
ただの小刀。それも何の変哲もないものだ。意匠の凝ったものは此処では渡せない。
それでもユーリはわぁ、と声を上げた。
「人に向けてはだめよ」
一瞬止まった。そしてうんと頷いた。何の間だろう。嫌な予感しかしない。
小さな手に持ったものを引ったくる。
「あ」
批判的な目。もう自分のものだと、それを取り返そうとする。
「人に向けちゃだめよ」
「わかった!」
投げやりに言う。
「本当ね」
「本当だ」
私は再びユーリに手渡した。
ほっとしたようににっこりと笑った。子供なのに子供らしくなく、それでもやはり子供らしい、そんなちぐはぐだ。
ここでの生活は酷く貧しい。ゲーム内の着衣、生活環境からすると、もう少しだけ裕福にも見えたが。
もしかすると特需景気だったのだろうか。戦争をすると潤う、というのもあながち間違いではないのだ。認めたくはないが。
では、あの戦争は必要だったと?それもまた認めたくはない。
「おや、お客さんかぃ」
「あら、ジリ。いらっしゃい」
マリアが和やかに迎え入れている人物。
振り返らなければ良かった。
「あ、」
「あんたは、」
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