本日一番気の重い仕事。
フェイが隊長直々に皆に伝えるのかと、言っていたものだ。遺書と家族に届ける遺品。必要なものだ。
自ら申し出ておいて、怖気づいている。彼らに現実を突きつけねばならぬ重圧が、じりじりと私を襲う。

「顔色が優れませんね」
「よく言われる」

アレクセイは苦笑した。

「変わりましょうか」
「…いや、」

これは私の責務だ。
全員が集まるのは出立の日と今日だけ。あとは各々の持ち回りの仕事がある。私は前に歩み出た。壇上に上がり、見回す。一様に緊張の面持ちで私を見つめている。その中にシュヴァーンも勿論いる。顔は流石に少し強張って見えるが、それ以上でもそれ以下でもない。他の者と何も変わらない。それが場違いに悔しかった。
あんな熱いキスをしておきながら、こうやって何事もなく振る舞えるのだから、末恐ろしい男だ。
私は生身の人間ではないし、生きてきた年月もあるので、早々失敗はしないのだが。
そんなことを考えていると、少しは緊張も和らいだ。

「集まってくれてありがとう。休みの者もいたのに、申し訳なかったね」

そう言うと、一斉にみなが敬礼をした。それを手で制し、私は少し逡巡した。何度も頭の中でシミュレーションをしてきた。
挨拶は程々に、本題を語らなければ。隠しだてしたって、彼らのためにならない。

「早速だけど、…君達が向かうのは、死地だ。死にに行くのだと思ってもらっても構わない」

どよ、とざわついた。

「それだけの覚悟で臨んで欲しい。生半可な覚悟で行って、死んで帰ってこられては困る。いや、遺体を持って帰れるほどの余裕はないのだから……死ねば帰って来られないと思え」

今度はしんと静まり返る。

「此処に便箋と封筒を用意した。君たちに同行する彼等も、いつも書いているものだ。意味は分かるな」

新人演習の遠征に向かう者たちが頷いた。同行するのは、隊内外で一目置かれる実力者ばかりだ。
ごくりと息を呑む音がいくつも聞こえる。

「実力もそうだが、運もあるからな、…君たちの中の誰が生き残り、この猛者たちの、誰が死ぬか分からない。そういう場所だ」

皆の背がしゃんと伸びる。

「先ほども言ったが、遺体は連れ帰れない。看取れるかも分からない。自分の意思と、最後の言葉はこの手紙の中に込めなさい。家族の元に返して欲しいものがあれば、この袋に入れておくように」

目で合図すると、小隊長たちが皆に麻袋と便箋を配る。

「文字が書けないものは誰かに手伝ってもらうか、代筆を。家族に字が読めるものがいなければ、封を開けておいてくれ。代読しよう」

死にそうな顔をしている者も多い。実物を見て実感がわいてきたのだろう。少し緩めてやるか。

「ああ、そうそう、そういう者は私への悪口は書かないように。バレるぞー。好きな子とかな。有ること無いこと吹聴してやるから気を付けろー」

張り詰めていた糸が切れたように、皆の口から声が漏れた。

「まぁ、散々脅したが、君達なら帰って来られると信じているよ。無理はしないこと、命を無駄にしないこと、約束して行ってくれ。以上だ」

はい!と揃って言う。
それに背を向けて壇上から降りる。何度やっても慣れない。死を突きつける瞬間は、まるで私が殺人者になったかのように、重苦しい気持ちになる。

「お疲れ様です…大丈夫ですか」

アレクセイは私の顔を覗き込んだ。

「君には大丈夫に見えるか」
「今朝の顔色を思うと、マシだろうとは思いますが」
「じゃあそうなんだろう」
「この間の約束を守りましょうか」
「ん、ああ。頂こう…」

甘い物でも食べてリラックスしよう。どっと疲れてしまった。

***

シフトが一周回った。もう4日も経ったのか。彼が部屋に来るのが、日が確実に進んだことを表していて、どうにも落ち着かない。
広いとはいえ、同じベッドに腰掛けていれば、私のそんな心持も彼には伝わっているかもしれない。

「皆が、なぜ隊長は遠征に行かれないのかと、口々に言ってましたよ」

私が黙り込んでいると、シュヴァーンは事も無げに言った。

「それとなく弁明しておきましたよ」
「はぁ!?」

何を?どうやって?

「副隊長と小隊長に頼み込まれて、納得できない隊長が大暴れして揉み合いの喧嘩になってた、と。湿布してたでしょ。二人して」

頬をとんとんと指で叩く。
概ね当たりなのが怖い。大暴れはしていないし、揉み合ってもいないが。

「あんたが行かない理由なんてそれくらいしか無いでしょうに」

よく分かってらっしゃる。

「君は、…」
「というのは、嘘で」
「うそ!」

疲れてきたぞ。いや、このスリルが恋愛の醍醐味なのかもしれない。

「あの日、キャナリに付いて行ってたんですよ。部屋の前にいました」
「えぇぇ…」
「普段気配に敏感な貴方が、珍しいこともあったもんですね」

にっこりと微笑む彼の顔は、とても可愛いのだが。悪魔にしか見えない。デビル。イービル。

「……君は私をからかうの楽しんでるよね」
「からかうだなんて。心配してるんです」
「物は言いようだな…」

明らかに演技がかっているいるし、楽しそうに声が弾んでいる。まぁ、この部屋ではいつもこんな調子だが、この部屋を一歩出ると。

「どうかしましたか」
「ううん、何でもないよ」

なんだか夢を見ているようだ。いや幻か。何か霞と話をしているようにも思える。実はシュヴァーンなんて男は存在しないのではないかと。
今日はもう寝よう。何を考えたところで、悪い方にしか向かない。

「寝るんですか?」
「おっさんは若人と違って、渇れてんだよ」
「そんなに歳行ってるんですか?」

数千年は生きているぞ、と言ってやろうか。どうせ笑い飛ばすに決まっている。
シュヴァーンに背を向けて布団に潜り込む。彼も寝る体制になった。

「さてね、もう自分の年齢なんて覚えてないよ」
「誕生日は?」
「…………   …」
「なんでそんな絞り出すように言うんですか…不安になるんですけど…知ったら殺されたりしないですよね?」

なんて、笑いながら言う。

「旅人に誕生日なんて分かるわけないだろ、ってのが建前」

シュヴァーンには私が今の地位に至る冗談みたいな経緯を伝えてある。貴族と言っても新参者なのだということも彼は知っている。どうりで、らしくないと思いました、等と皮肉られてしまった。そんなことも随分と昔に感じられる。

「…誰にも教えていないんで?」

頷いた。
シュヴァーンは身じろいだ。背を向けているので表情は分からない。

「私なりのけじめだよ。重かったなら悪かったね」

無言。
無言。

無言。

「あの、何か言っ…」

て、と言い終わる前に振り返って彼の顔を見たら、顔が真っ赤だった。つられて照れてしまう。

「いや、それは反則なんじゃない?」
「う、うるさい…」

彼は時折こんな年相応で普通の感性を見せる。斜に構えているのはただの強がりなのか、そういう性分なのか。
なんにせよ多分な正義感もなく、大袈裟な優しさも無垢さもなく、行き過ぎた偏屈でもないし底抜けに冷徹でもない。彼のそういう絶妙なバランス感覚を私は…きっと好ましく思っている。

「やっぱりちょっと遊ぼうか」
「俺は構いませんけどね」
「じゃあ誰が構うの」
「…あんた、俺ばっかしといて、あんまり自分のことしないから」
「まぁ、良いじゃないか。君は気持ち良いし、私は心が満たされるんだ。私はあまり肉体の性欲が強いほうではないからね」

じぃと、真意を探るような眼。

「インポテンツじゃないよ」
「何も言ってませんよ」
「目が言ってたから」
「言ってませんって」

と苦笑。

「突っ込んで終わりじゃ情緒がないでしょう。俺たちは獣じゃない」
「君はもう少しガツガツしなよ…」

20歳になったばかりかなんかだろうに。妙に悟っているのも、手慣れているのも、彼は何を経験してきたのだろう。何を見、何を聞き、…まるで世界の美醜をすべて知り尽くしたみたいな。そんな顔でいるものだから、その平静を崩したくなる。

様?」

はっとした。心配そうに見上げてくる。

「肌、流石きれいだね。若いなぁ」
「おっさんくさい」
「おっさんだもん」
「そんな綺麗な顔しておいて」

つつつと脇腹を指でなぞる。
そういえば以前淡泊そうなのにねちこいなどと言っていた。そりゃそうだ。この余裕をぶっ壊したくてやってんだから。

***

泣かしてしまった。ほんの少しの罪悪感と達成感。くったりと疲れて寝てしまったシュヴァーンの髪を撫でる。明日、もう今日か、の昼には動き出さなければならない。名残惜しいが、このままの状態で仕事に放り出すわけにもいかない。
治癒術を掛けていく。

「ん…」

身じろぎをして、それからすっと目が開いた。

「ごめん、起こしちゃったね」
「いえ、……」

ごりろと向こう側を向いてしまう。何か悪いことをしただろうか。したな。した。無体を強いた。

「…あんたが考えてるようなことじゃないですよ」

びっくりした。首だけこちらを向く。そして起き上がった。

「術掛けるなら、俺が起きてからにしてもらえます?」
「え、うん、分かった」

じと目で見てくる。意図が分からない。首を傾げるとシュヴァーンは溜めて溜めて、溜め息を吐いた。

「…あんまりスッキリしてると、………何もなかったみたい、…だから…」

察しが悪い、とぼそりと呟かれた。怒ってはいないが、非難の色が濃い。
名残が欲しい、なんて。じわじわと嬉しくなってしまう。

「わ」

後ろからぎゅうぅぅと抱き締める。驚いたようにシュヴァーンは声を上げる。抵抗はない。
彼の体温は平熱よりも少し高い。ほかほかと体が暖まり、心まで満たされる。
いつまでもこの平穏が続けば良いのに。そんなのは無理で、もう一週間もしないうちに失くしてしまうかもしれなくて。手を出さなければよかったと後悔する。

彼が死なない保証なんて無いのだ。
だって彼は既にシュヴァーンなのだし。
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