私がこの世界にやってきてから、5年の月日が経った。
4
執務室の大窓から、私は外の様子を見ていた。初々しい若者たちがぞろぞろと歩いている。その中で、肩を落とす青年がいた。今日は新人を受け入れる日だ。常に募集はかけているが、年に一度、大々的な受け入れがある。
肩を落とす青年、恐らくはイエガーだろう。一応推しがレイヴンだったので、あの界隈の記憶が少しだけ他よりも鮮明だ。資料を見るに、名はイエガーで間違いないらしい。見た目も原作から離れていない。多少丸みがあり可愛らしい印象であるくらいで。あの戦争の後に、あんなスタアイリッシュな感じになったのだと勝手に思っていたが、そうでもないらしい。名前にしてもそうだ。
因みにダミュロンの名も探したが見つからなかった。ファミリーネームは残念ながら思い出せない。今度他隊の資料も探さなければ。
更に余談だが、資料を一つ一つ手作業で見て居たら、ジンに笑われてしまった。「君は資料の探し方も忘れたのかい?本当に人間らしいね、君は」と。そうだ、完全に忘れていた。書物なんかは、一気に情報を吸い上げ、カラダの中で検索を掛けられるのだ。一々手で捲って探すなんてしなくても、私にはそういった便利機能があったのだが、慣れって怖い。大量の資料と睨めっこをし終わった所で言う辺り、確信犯だ。
今回のこともそうだし、この世界は少し原作とずれたところがある。アレクセイが騎士団長でないというところから、お察しだ。
それにしても、彼の落ち込み具合は尋常でない。女性、恐らくはキャナリだろう、に話し掛けられて、その後さらに肩を落とした。
この距離でも会話を聞こうと思えば聞こえるのだが、止めておこう。なんとなくあの会話を聞いたら、私の方が落ち込みそうな気がする。
***
端話
***
「様、…」
後ろからその人物に声がかけられる。窓際に居た私はすぐに振り返り、姿を確認する。
「アレクセイか」
部屋に入ってきた彼は目を見開いていた。
「……なんでそんなに驚いてんの?っていうか、上司の部屋にノック無しはまずくない?」
彼が入ってくる前から足音で誰が来たかは分かっていたし、私自身はそういったことを気にしない性質なので怒っているわけではない。しかし礼儀作法に厳しい彼がノックも無しに入ってきたことに違和感は感じた。
「すみません。この時間帯はいつもいらっしゃらないので…」
歯切れの悪い物言いに不審に思った。このときは気にも留めていなかったのだ、疲れているのかもしれないと。
「いや、別に気にしてないし、良いよ。それより君さっき凄い顔してたよ?ぶっ……」
「は?ちょ……笑いすぎですよ!!」
余りにも申し訳なさそうな顔をするので、素直に気にしていない旨を伝える。彼に犬やら猫やらであれば確実に尻尾も耳も垂れ下がっていたに違いない、と笑いがこみ上げてくる。
「だって…驚きすぎだし落ち込みすぎ……ふ‥ふ‥」
「だって、貴方本当にいつも何処に行ってるんだか…居たら驚きますよ」
顔を真っ赤にさせて反論してくる彼はとても珍しい。大体は仏頂面か真面目な顔をしているか呆れているかのどれかである。笑うこともあるが、微笑む位のもので、その他の表情についてはほとんど見たことがない。
「ああ、すまん。いやそれにしても‥ぶっ………」
ツボにはまってしまい、なかなか笑いが止まらない。少し照れながら呆れた顔でこちらを見てくるアレクセイは可愛いと思う。やっと笑いが収まり、ふとなぜアレクセイがこの部屋にきたのだろうと思った。
「はー。で、なんか用事あった?」
「はい……そろそろお時間です」
いつもの呆れ顔に戻り、部屋にかかっている時計を見て、そう言った。
「ああ……。あー…」
今から新人たちの前で演説するのかと思うと気が重くなってきた。新人育成のためにその隊の人員が割かれてしまうので、年度毎に交代で半数の隊が新人育成を担当するシステムなのだ。元々のヴェスペリアのゲーム、映画ではどのような仕組みになっているのか知らないが、ここではそうらしい。今年の担当は私の隊だ。四年に一度なので、私は初めてのことだった。オリンピックか何かか。
いや、まぁ、そこはなんとか何千年の経験で乗り切…れてたらいいなぁ…。
「どうかしましたか?」
アレクセイが歯切れの悪い私にそう問い掛ける。上目遣いは反則だろう因みに私はアレクセイより身長が高い。心配した目でそう見上げられると堪らん!
ああ、ダメだ、懸命に他のことを考えようとしても、後から後から緊張が追って来る。
「代わりにやって、アレクセイ!もう緊張しちゃって…なんか、もう人前で…あーもう恥ずかしい。ってアレクセイなんで笑ってんのさ」
椅子の上で手足を伸ばして全身で降参を表す。するとアレクセイがクスクスと笑うのだ。本日二度目の笑顔。珍しいこともあったもんだ。
「いえ、いつもは傍若無人なのに、そんな人間らしいところがあったとは知りませんでした」
「もう…アレクセイの意地悪ぅー…行こうか…はー憂鬱だー。もう無理、心臓口から出る。ドクドク言って気持ち悪いよー」
そう言いながらも身形を整え、皆が集まっている広場に向かう。
人間のアレクセイから見れば私は少し人間らしくないようで、ジンから見れば私は人らしいのだという。そういえば、エルシフルも私のことを人だと言った。
人数が多いため、隊毎に時間を分けて行われるオリエンテーション。というのは建前で、貴族たちがこんな面倒なことをしたがる訳がない、そして平民と横一列にされるのが我慢ならない、というのが本音だ。我が隊は、勿論横一列。何も差別が無い。貴族だ平民だと言ったって、結界の外に出れば皆一様。食うか食われるか。それを分からせるための催しだ。だからこんなにも億劫なのだ。
まずこの隊の成り立ちからして、入ってくる者には申し訳ない。
公然の秘密と言うやつで、この隊は口減らしのための集団なのだ。
それがこの隊の正体。申し訳程度に貴族が在籍しているが、それは自ら志願したか、もしくは家に見捨てられたか、もしくは平民か。少数派だが、息子を躾て欲しいという申し出もある。とはいえ、そういった貴族の子息は、遠征には向かわない。教育だけ受けて、あとは楽な市中見回りなどを行う。私も身分の高い貴族に言われれば、文句は言えない。
なぜそんなことになったのか、それはこの世界の食糧問題だ。結界内で生産できるだけの食べ物を、分け合わなければならない。労働力は必要だが、多すぎる人間は要らない。
死ぬことを望まれる隊。そりゃ人が死ぬ。
だけれども、皇帝は私をただ殺すためだけにこの隊の長を任せたのではなかったようだ。つまりは、私に現状を変えて欲しいと。やることは山積している。
ほら、結局私はあくせく働いている。頼られると弱い。
新人の騎士たちが、小隊長の話を真面目な顔をして聞いている。騎士団での生活のルールなど、諸注意だ。長々と話すことでもない。習うより慣れろ。すぐに私の番になる。
「丁度、諸注意が終わったみたいですね。さぁ、前へ」
そう言ってアレクセイは私の背中を押した。
「大丈夫ですよ、頑張ってください」と、小声で呟いたアレクセイの言葉に励まされながら、私は前に出た。
ああ、この世界に来てからもう五年になるのか。何が為せただろう。死亡率はかなり減った、私が就任した頃を思えば。
「初めまして、皆さん」
***
どうにかこうにか演説を終え、私はというと泣きべそをかいていた。
「きんちょうしたぁ………………」
「隊長…」
私の愛しい小隊長たちは皆集まって慰めてくれる。「頑張りましたね、隊長!」だの、「ご立派でした」だの、そんなの言う前に誰か代わってくれ!というのが正直な感想だ。
演説中に、イエガーの姿を探した。そりゃぁもう人間の動きとは思えぬ目の動きで探した。知っている人を見つければ気が楽になるかもしれないと思ったのだが、見つけたのはいいが余計に緊張したし、演説中ずっとイエガーを睨むことになった。イエガーはキョロキョロして「え、俺?!」と物凄く焦っていた。本当に悪かったと思っている。
首が緊張でキシキシ言って、もうそれ以上何処にも動かなかったのだから仕方がない。正直自分が何を言ったのか覚えていない。だが、小隊長達の態度からすると一週間練習した甲斐あって、失敗は無かったようだ。ただ、前の方にいた数名は私の目の動きにドン引きしていたようだったが。心臓の音は耳元で煩かったので、切ってしまっていたのだが。他の機能はあまりにも忠実に人の体を再現してしまっていて、どうにもならなかった。この機能があるから私は人でいられるのだが。もう少し感度を下げた方が良い。そう切に思った。
「もぅ…もぅしない…」
精神力を搾り取られた。私は項垂れた。
「4年後またすることになってますよ」
「アレクセーイなんでそういう事言うんだよぉ……」
か弱い女の子に対して、その対応はどうかと思う。今男の姿だけど。
「遠征の時の挨拶は出来るでしょう。今回だって、ちゃんとできていました」
神の力って凄い。中身がこんなポンコツでもちゃんと私の意思を無視して上手くやってくれる。
アレクセイは書類を見て、今日の予定を見ているらしかった。真面目な男だ。だが、私のことをもっと構ってくれ!!
「まぁ……よく頑張りましたね」
「……ありがとぉ……」
涙声で、私はアレクセイに感謝した。彼はふんわりと優しい笑みを見せて労う。飴と鞭だ。
こいつ、人の扱いうまいんだから……
こんなんだから、皆信じて付いて行ってしまうのだ。天性の才能だろう。
とそこまで思考して、アレクセイを見る。睫毛長いな。まだ20代なんだよなぁ…
「様、」
パラパラとめくっていた書類を戻して、アレクセイは私の名を呼ぶ。名前を呼ばれるのは良いのだが、発音がすこし違うのが気になるところだ。
「ん?」
私の名の発音は“”であって、“”ではない。日本が懐かしい。みそ汁が飲みたい。実は騎士団の食堂には味噌汁がある。あと裏メニューにサバの味噌煮もある。それにちゃんと日本米もある。これはかなり興奮したし感動した。
兎に角ゆっくりしたいでも時間が無い。ご飯くらいゆっくりまったり食べたい。
サボっていると言われている時間だって、働いているのだ。
マリアに会いに行く時だけは休息。でもユーリに剣術を教えているからこれも仕事か…?
「次は剣術演習ですが、来られますか?」
「うん。行く行く」
それを聞いて直ぐに立ち上がり、私はアレクセイの横に並ぶように歩み寄る。
「珍しいですね。仕事してくださるなんて」
そんなにしょっちゅうサボっている訳ではない。そもそもサボっていない。任せられるところは任せているだけだ。演習内容だって、私が徹夜で作ったんだぞ!魔術に関してはアレクセイに投げたが、どういう方針かはもう何日も語り合っただろう!評議会の会議だって、社交界だって行っている。ああいう場は嫌いなのに。それでもパイプを少しでも太く、いや、…サボっているということにしているのは私なのだ。
「ってか、なんでアレクセイ君はさっきから毒舌?普通に傷ついてるけど?」
横目でアレクセイを見ると頬が少し赤くなっていた。しばらくの沈黙の後、彼は「なんでもありません」と言った。だから私もそれ以上聞かなかった。けれど、なんでそこで照れたのだろう。アレクセイはツンデレキャラだったのか。それはそれで良いのだが。
アレクセイのツボってよく分からない。
新人たちは指定場所に向かっている途中だったらしい。ざわざわと移動している。小学生か!
貴族が多いからかもしれない。そんな堅苦しい軍隊のような場所ではないか。その一団に付いて行くようにアレクセイと目的地に歩を進める。
すると先ほどの不幸な少年、もといイエガーが歩いているのが見えた。何度も思うが、イエガーって本名だったのね?この世界でだけ?
「あ、君、えー…イエガーくん、だっけ」
「は…はい!」
後ろから駆け寄って肩を叩いて名を呼ぶ。振り返って私の顔を見た瞬間にビシッと背筋を伸ばし、元気良く返事をした。そして習ったばかりの敬礼をする。
可愛すぎないか?
おばはんのような思考回路を隠しながら、にこやかに話し掛けた。腰が細いし、美人だ。これで剣を振るうのか?原作、…戦っている姿が思い出せない。
「ああ、楽にして」
「はっ」
初々しい。
「えっと、さっきは睨んじゃってごめんね。もう、私緊張しちゃってさ、身体ガチガチだし、首固定されちゃって…」
「あ…演説のとき」
「うん、そうそう。いやぁ、申し訳ない。じゃあ、演習頑張ってね」
そう言うと、彼はもう一度大きく返事をして、一団に戻っていった。その後姿を眺めていると、後ろから歩いてきたアレクセイが私の横に並んだと同時に、私の行動を咎めた。
「隊長…もっと威厳を持ってください…」
「アレクセイ、私こんなじゃん」
気安く新人に話し掛けたことを咎められるが、これが私の姿勢だ。 見上げてくるアレクセイと目を合わせると、彼はぐっと言葉を詰まらせる。
「…はい。そうですが…」
「そういうことですよ。さぁ、行きますか」
私は隊長なんて向いていない。誰かの先頭に立って、誰かを引っ張っていくのは性に合わない。知っているからこそ、私は皆と同じ位置で、皆と一緒にこの隊を作っていきたいのだ。それが、きっと最善だ。私が皆を引っ張っていくぞ!としたらきっとこの組織は瓦解する。間違いない。それは騎士団に限ったことでなく、世界全体で考えてもそうだ。だからエルシフルの訴えを断った。
歩き始めようと前に出ると、くん、と後ろに引っ張られるような感覚があった。小さな力ではあったが。その力の元を見つけ、原因の名前を呼ぶ。
「…………アレクセイ」
「なんですか?」
きょとんとした顔をするアレクセイは、本当に分かっていなかったみたいだ。
「裾、掴んでる」
「……すみません」
彼は慌てててを離す。今日の彼はおかしい。五年ほど一緒にいるが、こんな風に彼が甘えてくるのは初めてのことだ。愉快に思う気持ち半分心配になった。
「どうかしたの?なんかあった?」
彼がこの問いかけに答えないのは分かっていた。彼が人に頼るような人間なら、あのような状況にはならないだろうと、ゲーム内の彼の姿を思い出した。抱え込んで爆発するタイプだ。
「いえ、」
「アレクセイ」
案の定拒絶するように短く返した言葉。私はため息を吐いた。そして今度は私が咎めるように、しかし声は出来るだけ荒げないように注意しながら再び名を呼ぶ。すると一瞬迷ったように視線を外し、おずおずと話し始めた。
「……時々、貴方を遠く感じます。そこに居るのに、気配が希薄で…消えてしまいそうで、」
私は演説の前のことを思い出していた。この男は気配には敏感なはずだ。遠征のときは野生の魔物の気配を逸早く察知して、薙ぎ倒すほど。野生の動物は生きるための手段として、気配を消して獲物を狙う。その気配を読める男が、部屋の中に居る人間に気付かずノックも無しで入ってくるはずが無いのだ。
このカラダになってから、よく言われていることがあった。生前は勿論言われた事なんて無かった言葉だ。『世界に融けていくみたいに、君が離れていく気がする』と。
「どこにも行かないよ」
そんな保証はどこにもない。それは彼も分かっている。それでもゆっくりと頷いた。私がそう言うしかできないことも分かっているからだ。
「さぁ、アレクセイ、行こう」
「はい
もう演習場に行ってしまった新人たちを追いかける。
何となくそわそわと落ち着かない。アレクセイには気取られないようにしないと。元がへっぽこで頭が悪い私だが、それでも彼らの前では、それなりでいなければ。挫けないのだと、どんなことがあっても真っ直ぐ立っているのだと。示さねばならない。私はこれでも彼らの隊長なのだから。
演習場につくと、武醒魔導器を配っているところだった。
「やってるねー」
小隊長に手を上げて、悠々と話し掛ける。
「あ、様」
「今日はちゃんと仕事してるんですね!」
この二人はダニエル・エルメンライヒと、エドバー・エルメンライヒ、一卵性双生児で顔や声は全く同じ、身長、体重もほとんど変わらない。息もピッタリだ。それぞれ4番隊、5番隊の小隊長である。
「君達、それは失礼すぎやしないか…」
私が落胆したように言うと、青年は敬礼をして見せた。
「は、すみません」
「は、すみません」
「ははは、誠意がこもってないぞー……」
二人のおでこを小突いてから、置かれていたイスに腰掛けた。
これで良いのだ。適度に気を抜いていないと、部下の息が詰まってしまう。
というのもあるが、女性の姿で下町に行って偵察している間、隊長の私は所在不明となる。その言い訳ができないので、サボリ癖の強い上司、で通っている。
それも隊に余裕が出てきてからのことで、彼らが新人の頃、5年前は厳しくしごいていたのだ。人って喉元過ぎれば忘れてしまうらしい。
「これから忙しくなるなぁ…」
そう言うと、二人も私の見つめる先を見ながら頷いた。剣を振るう青年たち。彼らを教育し、魔物と戦えるようにしなければならない。実力だけではない。メンタル面もその一つだ。
小隊長たちは自分の班の新人たちに剣の振り方、つまり基礎を教えている。基礎練習はどんなことでも面倒くさいものだ。しかし基礎なくして学べることなど無い。それにしたって、基礎練習を見ているだけというのも退屈なのだ。
集中力も切れてきた頃、ふと渡り廊下を見た。そこにはある一団がぞろぞろ歩いていた。隊のイメージカラーは緑なのか、皆緑っぽい色の服を着ていた。皆が同じ服を着ていると圧巻、というよりも気持ち悪いという印象だ。緑といっても、抹茶色にもう少し黄色を入れたような緑で、なんてカラーリングだと思った。因みに私の隊のイメージカラーは赤だ。
…あまりよく思い出せないが、ダミュロンは赤い隊服だっただろうか?いや、カラーリングくらい原作と変わっていてもおかしくはない。少なくともあの色ではないだろう。表紙になるにしても悪趣味な色味だ。
一人の青年がふとこちらを向いた。ばっちりと目が合う。浅黒い肌に、透き通るような神秘的な緑色の本翡翠のような目。なぜか、ぎょっとした。目が離せないまましばらく見詰め合っていたが、彼は人に押されて進んでいき、やがて、つぃと視線がはずされた。ばくん、ばくん、と心臓が高鳴る。
隊服が、驚くほど似合ってなかった。
それにしても、あんなキャラデザだったろうか。あれではまるで…。
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