5

しばらく自分の隊の演習を見ていたが、やはり飽きてきた。決して私が不真面目だからではない。剣術でも何でも、最初は反復練習。これを何時間も何時間も見ていられる者は、きっと変態なのである。

「や。頑張ってる?」

アレクセイの肩に手を置き、顔を出す。一瞬びくっとしたのは黙っといてやろう

様…」
「邪魔しにきたわけじゃないよ…」

アレクセイが余りにもあんまりな顔をしたので、私は少しショックを受けた。どういう認識なのだろうか。
一番近くにいた新人A…もといユーリウス・シルヴェンの所まで歩み寄る。

「こう!かな。君、腰引けすぎ」

彼の剣を持った手と腰のベルトを掴み、位置決めをする。

「はいっ!!」

元気がいいのは良い事だが、剣術には向いていないようだ。

「このまま振ってみて」
「はい!!」

やはり、どこかぎこちない。初めてだから、というわけではなさそうだ。私も人だったときにこの訓練をしていたなら、こんな感じだったかな、と思うと放っておけなかった。寧ろ彼よりも酷かった自信がある。

「振りやすい?」
「はい………」

自分でも剣術に向いていないという事に気付いているのか、歯切れの悪い返事が返ってきた。まぁ、得手不得手があるのは仕方がない。出来ないことを責め立てたところで、無意味だ。
きょろきょろと見回し、目当ての人物を見つけた。
その人物とは、フェイ・ブランケンハイムというひょろ長くてつり目の中国人風の男。小隊長だ。魔術が得意で、上級のものも詠唱破棄で発動できる腕前。神経質で近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、気さくな男である。
が、初対面では分かるはずも無く、ユーリウス君もhびくびくと怯えている。

「うん。まぁ、振りやすさって人によって違うみたいだし、あとは練習かな…君、これからあそこにいるつり目の男の人の所行って。君はきっと魔術向きだよ」

怖がらなくても、大丈夫だよと小声で耳打ちし、送り出した。一度振り向いた顔は少し引きつっていたが、涙も浮かべていたが、ぺこぺことお辞儀をして駆けて行った。

剣術は皆同じく習うが、フェイの隊は細身の剣を扱い、それはほとんど自分の身を守るために使われる。勿論切りかかることもするが、あくまで魔術での遠距離攻撃中心である。
それに比べて、アレクセイや先ほどのエドバー、ダニエルは比較的重量のある剣を使う。

「あ、アレクセイ、私ちょっと出かけてくるから後の事任せた」
「はい」

少し仕事をしたから抜け出してもいいだろう。普段からサボり癖があるのは皆重々承知だ。それでも締切日を破ったことは無いし、重要な書類は優先的に手早く提出している。会議でも頑張っているし。
と言い訳をして、早足でその場を後にする。最近眠れてなかったこともあり、といってもこの身体は睡眠を欲しないが、元が人間だからか精神の方は睡眠を欲しているらしい。身体と精神が分離するような感覚に襲われる。

先ほど酷く緊張したからかもしれない。急激に解離していく意識。久しぶりだ、この感覚。もうこの身体にも慣れて、失敗など久しくなかったのに。
視界が白んでくる。身体(かたち)がブレるような感覚、世界に溶けていく。人の容を保てない。そんな感じ。

ちゃん…………』

【ジン】の声がした。
助かった。きっと彼がこの状況を何とかしてくれるだろう。そう安心して、私は意識が薄れていくのに身を任せた。

「大丈夫ですか?!」

ジンの声と混じって、聞いた事のある声がする。

「…レイ…ヴン?」

ああ、違う、ダミュロン、いや、
あの綺麗な緑が見えた気がした。



「……さま………様…様…!!」
「ん…むぐ…」

光が呼んでる。目を開けると、そこは白かった。まるで天国だ。行った事はないが、宗教画などで出てくる雲の上のイメージ。

さま…よかった………」

声がして、意識が段々はっきりしてくる。

「……アレクセイくんだ…」

ゆっくりと起き上がり、自分の身体の状態を見る。手はある。足も、髪も短い、身体は男のものだ、第一目の前の男は私のことを、と呼んだ。
よかった、人の形を保っている。ああ良かった。
私が騎士団に入って頑張ったことがすべて水の泡になるところだった。

「疲れているなら、そう言ってください!!心配、しました。心拍が無くて…呼吸も…」

ヤベ…心臓止まってたんか
さっきあまりの緊張に止めていたのを忘れていた。今はちゃんと心臓も動いてる。体温も人並み。
ジン、ありがとう…。多分彼が動かしてくれたのだろう。
私を手違いだとかで人外にした張本人だが、今は私の父親として見守ってくれている。本当に感謝だ。

様!」
「ごめん…状況把握してた。以後気をつける」
「………そうしてもらえると助かります」

本気で心配していたらしく、心なしかアレクセイの顔色が悪い。

「アレクセイ、ごめん」
「本当に…心配…しました。何処にも行かないと、言ったばかりで…っ」

アレクセイは涙ぐんだ声を出した。私の服を掴んでベッドに突っ伏す。握り締めた手は小刻みに震えていた。

「うん、ごめん」

そっとアレクセイの頭を撫でる。柔らかな感触が手に伝わる。
5年だ。5年ずっと一緒に頑張ってきた。部下たちを失うことも多かった。後ろ指を指されることだってあった。どれだけ頑張っても好転しない日々があった。そんな年月が、彼との間にはある。申し訳ないことをした。今度からは煩くても心臓と呼吸だけは止めないようにしよう。

「そういえば、誰かいなかった?」
「いえ、ああ、そういえば、ベルナルド隊の者が貴方を運んでくれたらしいですが」

アレクセイは涙を拭いながら、いつものように事務的に答える。

「ベルナルド隊?」
「緑…みど、り、。ええ、緑がイメーシカラーの隊です」

誰だったかなと思い出していると、アレクセイがヒントを出してくれた。やはりあれは緑と言い切ってしまうには微妙な色だったのだ。

「ああ。あのどぎつい…そっか」

やっぱりあれはダミュロンだったのかもしれない。思わず、レイヴンと呼んでしまったが、多分大丈夫だろう。惜しいことをした。仲良くなれるチャンスだったのに。

様…」
「なぁに?」
「血が…」
「ごめん目くるめく黄色とパープルの世界に旅立ってた」

医務室のシーツが真っ赤に染まっていく。こんなパターンばっかりだ。なぜこんな仕様にしたのだっけか。最近は失敗していなかったのだが。というかこの設定こそ取り払ってしまおう。

「アレクセイ、」
「はい?」
「ドアの所にたくさんの気配が…」

アレクセイも気づいたらしく、一瞬にして顔が真っ赤になり真っ青になった。無言で立ち上がり、医務室のドアを勢いよく開け放つ。すると人がどしゃりとなだれ込んで来た。相当焦っていたらしく、新人たちの下手な気配の消し方でも本当に気付いていなかったらしい。
因みにアレクセイが私を叱り付けたくらいからずっと居たのだが、どこまで聞かれていたかな。アレクセイの涙声は聞こえたのだろうか。

「何をしている。今は魔術の実習中だと記憶しているが?」

アレクセイが本気で怒っている。本気と書いてマジと読む。
ごごごご、と背中に修羅が見える気がする。後ろに居る私にも圧力がかかるので、真正面から受け止めている彼らは今にも卒倒しそうだ。こんなに怒ってるの初めて見たな、と他人事のように考える。始めて会ったときも怒っているというよりは、警戒しているようだったのだ。うむ。やはり初お目見えだ。

「いえ…あの隊長が心配で………」

新人たちは仰け反ったり、腰砕けになってビビっていた。そりゃぁ怖いだろう。何せ、魔物も彼の眼力で怯むのだ。

「…………………ファイアーボールゥゥゥゥゥ!!!!!」

詠唱無しで行った。オーバーリミッツまで出して。
そんなに恥ずかしかったのだろうか。

騎士団は平和でのどかな場所です。
と、私は一人ほっこりしたのでした。

***

今日は一日ゆっくりしてください、などと言われると逆に時間をもてあます。どうせ監視付きだ。下町に遊びに行くわけにはいかない。流石に心配してくれている皆の気持ちを踏みにじれるほど、ぶっ飛んだ思考回路は持っていない。

「食事は軽い物をご用意しますか」
「いや、良いよ。全然普通に食べる。先行っててよ」

心配そうな顔をしたが、アレクセイは一礼して踵を返した。

「さて、」
「お呼びですかー?」

何も無かった空間から声。振り返ると、少年がふわふわ浮いている。彼の名前はジン。神様の神の音読みという安易な理由だが、名前は覚えやすく呼びやすいのが良い。

「…ありがと」

彼、彼女かもしれない、はにっこり笑った。
彼の表情展開はギャルゲのキャラクタを彷彿させる。立ち絵が表情を変えるような、そんな機械的な動きなのだ。これでも出会った当初から比べると随分と人らしくなった。
そんな彼は一応私の父ということになっている。ただのどこにでもいる女を訳の分からない人外にした張本人だ。手違いだったと言うが、どこまで本気か分からない。

「どういたしまして。君、相変わらず人らしいね。本来このカラダは睡眠や休息を必要としないのだけれども」

カラダといっても実体があるわけでもないしね、と胸に手を当てて、ジンは言う。呆れた声音で言うけれども、顔は面白がっている。
本来と言われましても。

「いや、君のそれは、きっと捨ててはいけない感覚なのだろうね。だって、君はこんな状況すぐにでも打破できる」

こんな状況とは、この世界の在り様だろう。そう、私がこの身の全ての力を余す所無く使えば、人を思い通りに出来るだろう。人と言わず、それこそこの世界の総てを。

「それって、でも…」
「まぁ、皆まで言うなよ」

ジンは遮った。言葉にすれば、何もかもが高圧的で高飛車で傲慢な考えだ。支配できようものを、私は彼らが彼らであるようにそうあって欲しいから、私の何もかもが関わらない彼らであって欲しいから、何もしないのだ、などと。しかし他の人から見れば、そう写るのかもしれなかった。デュークには、やはりそう見えたのかもしれなかった。「何故、お前の力には、」の続きはきっと、「世界をより良く変えられる可能性がある」とかだったのだろう。
しかし、そうではないのだ。
ただ、私は平凡でちっぽけな人間でありたい。在りたいなどと言えた立場ではない。本来そういう存在なので、在る様に在りたいだけと言ったほうが本来の意味合いに近い。
こうすれば上手くいく、などと考えて裏で糸を引くような存在にはなれない。私は今をありのまま生きるだけだ。

「まぁ、それは多分何よりも自然なことだよ。それで良いと思うよ。そうあった方が、絶対に良いよ」

ジンは珍しく私の欲しい言葉をくれた。私は俯いたまま、さらに項垂れるように頷いた。


***


「ごっはん〜ごっはん〜」

私はるんるん気分で食堂へ向かった。私の視線の先に、最近仲良くしている隊士が居た。

「こんにちは〜。あ、良い匂いがするね!香水?かな?」

ふんわりとウェーブ掛かった長い髪を後ろで一つに結い上げている女隊士に声を掛けた。以前美味しいハーブティーを譲ってもらった子である。良い匂いだねだの美味しそうだねだのと言っていったら、分けてくれたのだ。乞うつもりはなかった、いじましい奴だと思われていたら割とショックだ。
彼女はおっとりとした見目の割にしゃっきりとした女性である。私に気がある、ということはない。はっきりと全く。だからこそ堂々とこうやって話せるのだ。彼女が私に懸想していたら、舞い上がって普通には話せないだろう。

「あら、気付きまして?」

女性は左右にふわりふわりと髪を揺らした。その度に優しく香る。
まぁ、香水には良い思い出が無いのだが。

「癖が無くて、優しい香り、」
「ええ、実は作って頂いたの」
「ほへ〜凄い、自分で選んだりして?」
「ええ」

ふわりと微笑んだ。こうしていると御淑やかなご令嬢なのだが、いざ結界の外に出ると人が変わる。というか、剣を握ると別人になる。
あまり貴族は戦いの場に出たがらない。彼女は自分の持てる力を発揮したいタイプらしく、率先して前に出る。家からも何も言われていないようで、彼女の奔放さは親の教育の賜物なのだろう。そのうちうちの隊にスカウトしたい。持っている力は使わねば勿体無い。
…自分に返ってきそうな言葉である。
彼女がそれを使いたいと言うのならば、それは使わせて上げるのが良い、という所に留めておこう。
私は使いたくないので勿体無いと言うことはない、とも言い訳をしておこう。

「では、ごきげんよう」

終始穏やかな様子で、そして去って行った。彼女の周りは時間の流れがゆっくりだ。

様ぁ〜…」
「わっ」

恨めしそうな声が至近距離で聞こえた。我が隊のマスコット、クリントだ。くりくりとした青い目、真っ黒な髪を坊ちゃん刈りにしており、少年のような男だ。とはいえ脱げば筋肉のしっかり付いた戦士である。様々な事を筋肉で解決しようとするお調子者で、私も大概被害者である。

「び、びびびっくりしちゃったよ…」
「すみましぇん」
「え、思ってる?ほんとに?もうしないでよ?口から心臓がまろび出るわ。ドッキリしちゃったわ私括弧星キラン括弧閉じ、つって心臓逃げ出ちゃうよ」
「うわグロ」

他の隊長とこんな会話をしたらば、即刻切腹だ。いや、首ちょんぱかもしれない。

「あのお方、マドンナ…」
「ああ、人気よね。彼女。でも想い人いるらしいよ?」
「ん?様でなくて?ですか?」

取って付けたような敬語だった。いや、怒らないけれども。

「私?違うよ?相談には乗ったけど」

私が夢小説で言うところの勘違い主とかならそういった鈍さを発揮するのかもしれないが。流石に恋焦がれる視線を見れば分かる。分かっていて無視することはあれど。このカラダはそういうものにも敏感なのだ。

様」
「んぁ、アレクセイくん」
「遅かったですね、大丈夫ですか」
「心配しすぎだよ。大丈夫じゃなかったら言うって。私そういう無理できないし」

残念ながら、キャパを超えても頑張れるゼ、みたいな正統派ではないのだ。

「アレクセイさま〜聞いてくださいよぉ〜」
「何かあったのか」
「世界のマドンナ、ジゼル嬢に…想い、人…」
「まぁ、気を落とすな」

アレクセイくんはあまりそっち方面は盛んでないらしい。同じ筋肉でも、彼は本気で剣術と職務にしか興味が無いのだ。仕事に一途な男に弱い女子は多いことだろう。誰にも振り向かない男は魅力的だ。自分にも振り向いてくれないが、少なくとも他の女の物にもならないのだから。と、私は考察している。

別にアレクセイをそういう目で見た事は無いのだが。男友達が女の子の方に行くと、寂しいのは否定しない。本格的に性別が怪しくなってきた。私は女だ。
多分。

様は何で女性におモテになるのですかぁ」
「モ、ててるかぁ〜?」
「ますよ〜」

それは多分女子が女子と仲が良いのと同じことかと思う。とは言えない。瞬く間に、隊長はオカマ、と知れ渡ってしまう。

「ん〜…まぁ、女の子は自分のことによく気が付いて貰えると嬉しいと思うよ?…ただ、全く眼中に無ければ、気持ち悪いけどね…」
「ぐぅ…」

と、胸を押さえて、クリントは呻いた。
顔は可愛いのだし、ガツガツする事もないと思う。のだが、本人にとっては死活問題らしい。

「強いし、面白いし、何だかんだ優しいから、モテるとかモテないとかじゃなくて、良い人に巡り合えると思うけどね」
「うえぇぇん。さまぁ。俺、様が女の人だったら、絶対惚れてるよぉおお」
「お前、滅多なことを言うもんじゃないよ!」

余りにもおんおん泣くものだから、注目されてしまう。人の視線が痛い。体調が良くないところに人の感情が刺さる。絶対に引かれている。分かる。
私がおろおろとしていると、食器を片付けて戻ってきたアレクセイにクリント君は大層叱られてしまった。きゃんきゃんと酷い剣幕で怒るアレクセイに、群衆はまたドン引いている。針の筵だ。
二人とも剣を持って戦っているときは格好良いのだ。普段のこれが無ければ、絶対にモテる筈なのだ。

「…これぞ勿体無い。だな…」

という私の独り言を拾った人はいない。
宝の持ち腐れだ。



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