「これからよろしくお願いします。私はイエガーと言います。他の者は寄宿にいますよ」
イエガーが手を差し出すが、誰もその手を握らない。
「…あなたもこんなにフランクで…いや、」
クインシーは言葉を濁した。貴族様がそんなんで良いのか、と続いたのだろうか。
「平民だから、貴族だからって言うのか」
「…その通りでしょう」
「まったくもってナンセンス!ですよ」
そう言い放ったイエガーに、4人はたじろいだ。
「…握手の習慣はありませんか。もし違う方法があるなら教えてください」
その言葉に、シュヴァーンは手を出した。ぎゅ、と握りしめる。そして自然に手が離された。
イエガーは違和感を感じたが、ここで追及するのもタイミングが悪い。あまりにも綺麗な握手だった。
「なんか、和気藹々って感じだなぁ」
「そうだな」
廊下を歩きながら、自然と話題に上がった。
「っていうかシュヴァーン、隊長と知り合いだったのか?」
「知り合い、というか、まぁ…少し話しただけだ」
「へぇ…あ、みんな待ってますね」
4人はイエガーの視線の先を見た。
「イエガー!待ちくたびれたー」
シュヴァーン達が寄宿舎につくと、身形の良い数名の男たちが部屋の前で待っていた。身構えたシュヴァーンたちであったが、それも一瞬の事だった。
「彼らは、貴族待遇撲滅会のメンバーなんです」
「またの名を、一人部屋寂しすぎるぜ世知辛い同盟だ。よろしく」
なんだ、そのネーミングセンスは…と4人の心は一つになった。しかし本人たちはいたって本気であるらしかったので彼らは、「ああうん」と曖昧ながらも頷いた。
「そうなんだよ、聞いてくれよ。夜勤の時に部屋に帰ったら、……………誰も居ないんだ。寂しすぎる」
その男は遠い目をしながらそう話した。2人部屋に4人でいた彼らにとっては、なんとも贅沢な悩みでは有るが、独りは確かに心細いかもしれない、とも思った。
「うわ広…」
シュヴァーンは呟いた。
早速荷物(といっても、袋一つくらいのもの)を運び込もうと、イエガーの部屋へ訪れた。もちろん彼らが使っていた平民用の部屋とは比べ物にならない。大きさだけではない。棚や装飾、すべてが段違いだった。
槍術に長けている長身のヘラルドは同室になる筈の男が用事でいないので、とりあえず荷物をイエガーの部屋に運び込んだ。それを持ったまま訓練に行くわけにはいかない。
その彼はきょろきょろと中を見回した。シュヴァーンはちらりと見ただけだった。イエガーはおやと思ったが、単純に興味がないだけだと、あまり気に留めなかった。
「そうなんですよ。別に待遇とかいらないんですよね。騎士団に入った以上は皆力で示すべきです」
「…俺、イエガーのそういうとこ好きだな」
シュヴァーンはそう告げた。イエガーは一瞬固まって、何を言われたのか反復した。
「アリガトウゴザイマス」
「なんで片言?」
遠い目でイエガーは視線を逸らした。しかしシュヴァーンは何故彼の様子がおかしくなったのか全く気付いていなかった。
「いえ、無意識なら良いんです。あ、もう時間ですね。今日は魔術、剣術、の順で演習があるんですよ」
イエガーは、彼の言う“好き”には余り意味が含まれていないことに胸を撫でおろした。整った顔をしている彼はしばしばそういう対象にされたが、生活に余裕のない彼らが、そんな貴族の道楽のような考えをしているはずもない。己の一瞬でも浮かんだ考えを恥じた。
「魔術…」
ポツリと呟かれた言葉にイエガーは再び遠い目をした。そういえば、剣術のことについてはかなり話題になっているが、それ以外のことは噂されていないことに気付いた。
「苦手なんですか?」
「まぁ…」
と、何とも歯切れが悪い返答にイエガーは苦笑した。確かに文字自体馴染みのない平民の彼らにとっては、魔術はさらに難解なものなのだろうと窺い知れた。
しかしイエガーは違和感を感じた。何が、とか何処が、というのは全く分からない。それなのに確かにシュヴァーンに引っ掛かりを感じるのだ。
「イエガー?」
ヘラルドが黙り込んでしまった彼を覗き込んだ。気さくな雰囲気とはいえ、彼も貴族。何か気に障っただろうか、と心配とも不安とも取れる目の揺らぎに、イエガーは大丈夫だと微笑んだ。自分の中のもやもやも誤魔化すように。
「きっと、すぐにできるようになりますよ」
口から勝手に誤魔化すような言葉が出た。
「それはそれで怖いけどな。なぁシュヴァーン」
「ああ、そうだな。お手柔らかに願いたい」
「まぁ、トップがあれだから…」
シュヴァーンはふっと自嘲するような笑みを見せた。
打ち消したはずのイエガーの違和感が再び顔を出す。
「あの人は、きっと怖い人だろうな」
シュヴァーンはぽそりと、恐らくは独り言として呟いた。実際ヘラルドには聞こえなかったようだ。イエガーも聞こえないふりをした。
この隊は分からない者には徹底的に教える。
なぜなら隊は常に危険な現場に向かわされるからだ。この隊だけが実働部隊として成り立っている。それがこの隊の怖さだ。
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