7

様」

他の隊の訓練風景を少し離れたところから見ながら思案していると、後ろから声がした。アレクセイだ。振り向かずとも分かる。彼の静かな歩き方は、訓練によるもの。ここまで静かに歩く者は彼の他にいない。
それにしても生ぬるい訓練だ。時間の無駄と言っても良い。全くのお遊び。

「どうだった?」
「…すんなりと…明日の7時に隊長の部屋に来るように伝えておきました」
「そう、ありがとう」

まずは一つ、肩の荷が下りた。余り軽率に動くべきではない。そう思っていながら、つい手が出る。悪い癖だ。こんなことでは駄目だ。もっと心に余裕を持たなければ。

「私は貴方のしたことが間違っていたとは思いません」
「でも、それで君たちを危険に晒すかもしれなかった」
「それでも、我々は誰かの助けになるために此処にいるのです。それに、他の隊といえども仲間です」
「私の隊に来なけれな、死なずに済んだかもしれない」
「死ぬと決まったわけではありません」

私は俯いた。

「…ありがとう。慰めてくれて」
「本当のことですから」

きっと私が彼の言葉をずっと非難していっても、彼は反論してくれるのだ。正しかったと。
正しさを証明するために、することが沢山ある。ここは嫌われ者の隊。過酷な場所だ。他の隊よりもずっと死に近い場所にある。
得意なものを伸ばすか、どの分野においてもそれなりに出来るようにするか。どの分野においてもそれなり、そして得意なものはずば抜けて、が最も好ましいスタイルではあるが。そこまで器用じゃないのが人間だ。悩ましい。カリキュラムの変更も視野に入れた方が良さそうだ。

「忙しくなりますね…」
「ああ…」

アレクセイに遠征の報告をした。勿論直に見てきたことは伏せた。行って帰ってくるのに数日を要する。資料を図書館で集めたのだと言っておいた。
「戦略を考えてから、小隊長に下ろすか、」ということになった。
そうでなければ、絶望を与えるだけになってしまう。アレクセイも呻ったくらいだ。やはり相当難問だ。今回入れる子たちが起爆剤になってくれれば良いが…。シュヴァーンが言うにはかなり優秀なようだし。


***


時間ぴったり。朝7時。

「参上仕りました、シュヴァ…「却下ー!!!」」
「え?きゃ…?」
「堅苦しいので却下する。面白い感じでいってみよう!げふ…」

緊張した面持ちでやってきたので、少しからかっただけなのに、アレクセイに書類アタックされてしまった。書類アタックとは、書類をはさんだバインダーで頭を殴る攻撃である。たかがバインダーではない。それが結構痛いのである。
頭を押さえながら、私は新人たちを眺め見た。シュヴァーンは私だと気付いていないようだ。何故こんなことになったのか、全く分からないようであった。異動理由も聞いていないのだろう。

「すまない、えっと、」

アレクセイは私の失態を謝り、彼らに向き直った。

「シュヴァーン・オルトレイン、ヘラルド・ブルゴス、クインシー・カナバル、セバスティアン・モンタネールだよ、アレクセイ」

彼らの名前をスラスラと言った私を呆れた顔で見返し、ため息を吐く。何を考えているかは大体分かる。『やれば出来るんだから、真面目にしてください』とか、そんなところだろう。ユーモアは大事だ。

「君たち、彼はご乱心なんだ。気にせず続けてくれ」

にこやかに青年達に言い放つ。なんだご乱心って、私はいつもこんな感じだ。あ、いつもご乱心か。

「何気に酷いこと言ったよね?おーい、アレクセイ?おーーい?」

アレクセイの名を呼んだが、彼は総無視。傷つくんだけど。

「まぁ、いいや、今日は、苺と生クリームのロールケーキだよ」

アレクセイは無言だ。あ、ちょっと靡いた。絶対考えたよ。間違いない。おほんと、わざとらしく咳払い。そんなことでは騙されません、といった視線をぶつけてくる。
私はシュヴァーンたちに向き直り、労いの言葉を投げかける。

「堅苦しいのは嫌いなので以上、解散。部屋はイエガーが」

決めてくれている、と言おうとしたのを遮るようにドアが勢い良く開いた。

様、部屋決まりましたよ」
「イエガー、ノック」

指差し注意すると、イエガーは扉を目に留めて、ああ、と納得。やっと気付いたのか。

「あ、すみません」そういって、開いたドアをコンコンと叩く。いや、開けてからノックしても意味ないから。まぁ、足音で気付いていたから、さほど驚くことも無いのだが、ノック無しで突然上司の部屋に入ってくる部下も居まい。

「なんていうか、皆ノックしてよ。私が着替えてたらどうすんの?」
「どうして欲しいんですか…」

呆れたようにアレクセイは尋ねた。何を期待してるんだって?男同士であるので、裸の付き合いもしてきたわけだが。もちろん風呂的な意味で。

「『キャッ…す、すみません…』そこから始まるオフィスラヴハートみたいな事無いの?」
「ありません」

スッパリとアレクセイは切り捨てた。溜息付きは流石に傷つく。

「冷たぁ…」

まぁ良いか。これは茶番なのだ。これで緊張もほぐれただろう。
私は机の上に居置いたロールケーキに、フォークを突き立て、頬張る。実はこれ、朝ご飯だ。

「あ、で、どの小隊に入るかだけど、シュヴァーンは1番隊アレクセイの元で、ヘラルドは3番隊クレオのところに。クインシーは5番隊エドバーのところ、セバスティアンは6番隊フェイのところに配属ね。アレクセイ、エドバーは剣術、クレオは槍、フェイは魔術に長けている。以上。…どうかした?」

言い終わると、4人が驚いた顔をした。イエガーとアレクセイは普通にしているのに、だ。

「いえ、入ったばかりの私たちのことを良くお知りだと…」

シュヴァーンがおずおずと切り出した。

「君が言ったんだろう。『ヘラルドは槍では新人の中で右に出る者はいない。クインシーは魔術にも、剣術にも優れてるしセバスティアンの魔術は強力で、詠唱も素早く、勝てた試しがない』だったか」

手にもっていたフォークの先を彼に向けてそう言う。アレクセイはそれを見て渋い顔をした。シュヴァーンは目を見開き、驚いた様子だった。彼にとって私と出会ったのは今日この時が初めてのはずだからだ。…仮面ってそんなに簡単にすべてを覆い隠せるの?本当に気付かないものなのだろうか…。

「『君の目はまるで本翡翠のようでとても綺麗だね』」

本気で忘れているようなので、このセリフを忘れたとは言わせない、とばかりに言い放つ。

「あ、イエガー部屋に連れてったげてよ。この後の予定も教えてあげて。時間帯違うから」
「はい!!」

イエガーはすっかり慣れた敬礼をした。

「…………アンタ…!!この前のヘンテコ仮面…!むぐ…」

シュヴァーンは顔を真っ赤にし、人差し指を此方に突きつけわなわなとしながら叫ぶ。言い切ってから口塞いでもあまり意味はないと思われる。シュヴァーンの顔色が、さっと青くなる。隊長格にこんな態度をとったら、私でなければ厳罰だろう。

「プ…」

うわ、超レア…。アレクセイが噴出した。

「あの…えっと…」
「シュヴァーン、グッジョブ!うわぁ…レアなの見ちゃった。何処でツボった?」

シュヴァーンは自分の失態に顔を青ざめさせていたが、私はそんなことよりも普段冷静なアレクセイが噴出したことにとても興味があった。親指を立てて、ウィンクつきでシュヴァーンによくやったと言うと、彼は唖然とした様子でこちらを見ていた。

「いえ、何と言うか、隊長相手に良い度胸だと思いまして」
「ああ、だよね!」

と、二人の世界に入っていると、イエガーは呆気に取られているシュヴァーンの肩に手を置き、

「シュヴァーン、大丈夫掴みはバッチリみたいだ」

と告げていた。

「………それでいいのか…?」

この光景に不慣れな4人は、何ともいえない表情でそんな事を言っていたが、これが私たちの隊の基本姿勢だった。私が全く気にしない性質であるためだ。イエガーも慣れたもので簡単に受け流していたが、やはり4人は納得できないようだった。
それだけこの世界のカースト制度は強固だということだ。

「では、失礼します」
「はいはい、仲良くね」
「子供じゃないんですから…」

そう言ってイエガーは執務室を後にした。


***



端話

***


「あれ、隊長」
「おう、どう?うまくやれそう?」
「…そんなにすぐに相性が良いかどうかなんて分かりませんよ…」
「そだね」
「まぁ、これで寂しくはないですよね」

イエガーが苦笑した。共同生活は煩わしいことも勿論あるが、きっと楽しいことも多い筈だ。一人というのはじわじわと来るものだ。

「そうだよね!ホント寂しくて死んじゃうっての」

私は寂しいというか、寧ろ侘しい感じだが。真っ暗な人の気配の無い部屋は、どうしようもなく独りを感じてしまう。この世に人間が自分ひとりしかいないのではないかという錯覚に陥る。

「ねぇ、一人私の部屋に来ない?滅茶苦茶寂しくてさぁ…。可愛い子ばんざ……」

楽しいおしゃべりに花を咲かせようと思った時だった。背中にプレッシャーがかかる。チリチリと焼けるような、見つめられて穴が開くってきっとこういうことだ。絶対目からレーザー光線出るし。

様、ちょっと目を離した隙に……ちゃんと仕事してください」

ため息を吐きながら、アレクセイは歩いて傍まで来る。

「……遊びたい盛りなんだよ、きっと」

ぎっ、と睨まれたため、目を泳がせながら他人事のように言うが、彼は更に眼力を強めた。

様、書類が溜まってます。部屋に、お戻り、ください」

一言一言区切りながら強い口調でそう告げるアレクセイの顔は怖かった。

「…新しい子との戯れ…」
「書類のサインが終わればどうぞご自由に」
「………あぃ…」

最後には折れてしまった。

「あれが隊長だもんなぁ……」
「…様地獄耳だから聞こえるぞ。まぁ、気にするような人じゃないけどな。」
「そうなんだ…」

ばっちり聞こえてるっつーの……。確かに気にしないけど。

元々は真面目な性格の女だったのだ。しようと思えばできる。ただ、いろいろな世界で生きていると、真面目に生きることが馬鹿らしく感じることもあるのだ。
二度目の人生。悔いはあっても、楽しく生きていたい。



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