キミを構わせて欲しい





桐皇に負けて一週間が経った。この日の練習は13時までの午前練だった。
森山は練習を終え、一息ついた。大量に流れる汗を乱暴にシャツで拭い、黄瀬と楽しげに話す少女を見た。海常高校の一年生、黄瀬のクラスメイト、そして黄瀬の一番の友達だ。

にしてみれば、黄瀬は「親しい友人の一人」という認識だろうと森山は思っていた。

黄瀬がといないときは大体一人だった。だがは黄瀬といないときは他の友人といた。しかも、いつも同じ子というわけではなかったし、黄瀬と居るよりもずっと長い間、その子達といた。

「何話してたんだ?」
「え?別に……何と言われると困る程度の内容っスけど…今日の午後どこ行くか、とか」
「ふぅん」

黄瀬は一瞬考え込むように右上を見たが、何でもない風に言った。森山は聞いたにもかかわらず、興味なさそうに相槌を打った。

「あ、森山先輩のこと格好良いって言ってたっスよ」
「え、マジで」

森山は何を考えているか分からない表情で、声のトーンだけを上げた。

「お兄さんがいそうって言ってました」
「何、ちゃんってエスパー?」

森山は目を見開いた。だが、すぐにいつもの表情に戻った。
森山には確かに兄が居た。だが、それを言うと決まって「お兄さんがいるのってイメージにない」と言われてきた。

「えー、俺はお姉さんだと思ったんスよ〜。さんにジュース奢らないと…」
「人で賭けするなよ……」

森山は黄瀬を小突くが、普段黄瀬が受けている笠松のしごきに比べれば大したことはない。黄瀬も気にした様子はない。

森山は、黄瀬をじっと見た。

「先輩?」
「……………なんで、お前や笠松にばっか女の子が付くんだろう…」

何とはなしにぼそりと呟いた。口をついて出た言葉、全くの無意識だった。

「先輩だって、呼び出しとか受けるでしょ?」

黄瀬はボールを手で弄りながら、そう言った。

「けど、あ、この子だ、っていう子はいない」
「じゃあ、俺の周りにいる人は、先輩の好みなんスか?」

森山ははっとした。だが、言ってしまったことは、もう撤回できない。女の子、とぼかしてみたものの、森山の頭の中には一人の少女の姿があった。これではまるで、その少女に特別な感情を抱いているようだ、そう思った。
何と言おう、どう誤魔化そう、森山は表情こそ変わらなかったが、焦っていた。黄瀬は意外と鋭い。もう気づいてしまったかも、そう思うと居たたまれなかった。

「先輩?」
「いや、だってお前、絶対量が違うだろう。一人や二人いるよ」
「まぁ……あ、いや、なんでも無いっス」

黄瀬は眉を一瞬ひそめたが、すぐににっこりと笑みを見せた。

「何だよ、言ってみろよ」
「なんでもないっスよー」

(違う、隣の芝が青く見えてるだけだ。そもそも、黄瀬とも笠松とも、ちゃんは別に恋人とかじゃないし…)

森山は言い聞かせた。



**



少し遅めの昼ご飯を食堂で食べてから帰ろうと、森山は食堂に向かった。

最近は、観測史上初だの、どこの地域が一番暑かったかだのといった話題がニュースで取り沙汰されていた。日光がじりじりと肌を焼く。森山は汗を拭った。

見慣れた姿を見つけた。

ちゃん?」
「はい?あ、お疲れ様です」

素通りするのもどうかと思い、森山は声をかけた。は日傘を差し、テニス部の練習を見ていた。こんな暑いのに、だ。
そのの視線が森山の後ろをきょろきょろとうろついた。

「黄瀬なら、まだ練習だって言ってたよ」
「え、」
「あれ?違った?」

てっきり、は黄瀬の姿を探したのだと思った。だが、は意外そうな声を上げた。

「いえ、森山先輩が一人で居るの、珍しいと思いまして」
「俺だって一人でいるときくらいあるよ?」
「そうですね」

はそれっきり黙り込んだ。笠松と居るときは、が話題を振る。だが、森山と居る時は、こうやって無言になった。だから、話題を提供するのはいつも森山だ。それが苦痛だと思ったことはなかった。むしろ今まで気づいてすらいなかった。だが、ふと気になった。
結局森山は、自分から話題を振った。

「何見てたの?」
「いえ、太股が眩しくてつい立ち止まってしまいました」
「太股か…!」
「はい、私、太股が大好きなことに最近気が付いたんです…!」

は拳を握りしめた。もちろん会話は小声だ。

「なかなかマニアックなところいったな」
「え?そうですか?すみません」
「いやいや、」

森山は手を振って否定した。
は森山の顔をじっと見た。すすす、と移動を始めた。森山もそれに付いていく。ぴたりと立ち止まり、は折りたたみの日傘を閉じた。
森山の体に、さんさんと降り注ぐ太陽光線が、木の葉によって遮られた。気を遣われたのだと、森山は気づいた。そわ、と体が浮いた気がした。

「……森山先輩は女性の何処が好きですか?体で」

が唐突にそう尋ねた。また、森山の体に先ほどの感覚が蘇った。

「えー…悩むなぁ」
「悩まないでくださいよ。マジっぽいです」
「俺はいつでもマジだ…!」
「それは、」

森山がいつもの調子で力強く言うと、は、ぽけ、とした顔をした。

「……大事なことですよね!」
「あれ?今ちょっと間が…」
「気のせいですよ」

苦笑いして、はそう言った。関西圏に住んでいたというは、森山達とは違う独特の「間」があった。それが、妙にしっくりときて、何でもない話題でも笑いを誘うことがあった。

「俺はやっぱり足首かなぁ」
「足首!足良いですよねーたまんないですよねー。くるぶしとか良いですよねー」
「分かるなぁ…!」

は森山の言葉に同意し、森山も相槌を打った。

「そういや、ちゃんは、黄瀬と猥談とかしないの?」
「んー…あんまりしないですね」
「そうなの?意外。黄瀬が、ちゃんはシモの話が多いって言ってたから」

一瞬の表情が固まった。顔を背け、ボソリと「黄瀬後でシメる…」と呟いた。森山の耳には聞こえてしまった。黄瀬ドンマイと森山は心の中で思ってもいないエールを送った。

「可愛い下ネタですよ。小さい子がうんこーって言うのと同レベルです。あ、でも…」

何かを思いついたように、は顎に手を当てて考え込んだ。

「一回黄瀬君に、本当の意味での猥談をしたときに、『友達の性事情を想像しないで!』って言われました。根ほり葉ほり聞いてやろうと思ったんですけど、『俺、爛れてないっスよ』って、うるうるした目で言われて、絆されてしまって。ああやって、世の中を渡り歩いてきたんだなって思いましたね」

はそのときの会話を思い出しながら、たどたどしく語った。
そしてうんうんと最後の言葉に自分で納得した様子だ。

「あー…そういえば、合宿の時も『美容のために早く寝ます!』とか言って先寝ちゃったんだよな。俺たちは、猥談に花を咲かせた…!」
「すごい、想像できる…」

は、苦笑した。

「あれ、学年違っても一緒の部屋、なんですね」
「普通に大部屋に雑魚寝」
「うわっ」

「私なら我慢できない…!」とは笑いながら引いた。

「合宿で猥談って、どんな話するんですか?」
「オナニーは週に何回?とか。初体験はーとか」
「常套ですね。一番性欲が強いのは誰だったんですか?」
「んー…どんぐりの背比べ」
「どんぐり…」

正しい用法ではあるが、エロさの基準に使われたらどんぐりも可哀相だろうと、は失笑した。

「練習が辛いから、する余裕がないっていう」
「そう言えば、射精するのって、100メートル全力ダッシュと同じエネルギーを使うって聞いたことがありますね」
「うっそ、マジで!?」
「一説によると」

何処情報か分からない。は、黄瀬の言うとおり、よく分からない知識を持っていた。




**



「何話してんだ?」
「多分、どうしようもない話ですよ」

黄瀬の声は少し棘があった。珍しいな、と笠松は思った。だから、素直に尋ねた。

「……機嫌悪いか?」
「そんなことないっスよ」

黄瀬がぷい、とそっぽを向く。

「ウソくせぇ」
「…………友達取られたみたい、で、ちょっとじりじりするんス」

黄瀬は胸の辺りを押さえ、苦笑いした。

面倒くさい話題に突っ込んでしまった、と笠松は後悔した。
笠松の優しさなど所詮付け焼き刃だった。笠松は主将として、後輩の面倒を見なければならない、という責任感があった。だが、如何せん、彼は一人っ子気質だ。早々にこの話題を放り出したくなった。

「お前は……ホント面倒くさい奴だな…」
「だって……」

黄瀬は唇を尖らせた。

「良いじゃないか、青春っぽくて」
「小ぼ先輩って、菩薩みたいっ…!」

小堀が、にこやかに黄瀬のフォローをした。早川は、キラキラした目で小堀を見た。

「………………森山先輩って、さんみたいな人、好みなのかな」
「………………はぁ?」
「だって…時々なんか」

マジっぽく見える、黄瀬は言葉に出さなかったが、笠松は察した。

「あいつ、好みにはうるせぇんだよ。あれでもバスケ好きなんだ」
「はい」
「だから、バスケをしてる自分を認めてくれる奴が良いんだと。その点でなら、好みなんじゃね?」
「………………まぁ、さんは、認めてくれるっていうか…」

思うところがあるのか、黄瀬は口ごもった。だが、その話は結局せずに、話題を変えた。

「ってか、時々森山先輩がマジっぽいのが気になるんスけど…さんは絶対そんな気は無いと思うんスよ、でも、押されたら断り切れないんじゃないかな、とか思うと心配で心配で」
「………それは、お前が心配しても仕方ないんじゃないか?」

小堀は、心底心配した様子の黄瀬を窘めた。

「つか、多分森山はそんなんじゃないだろ…」

と、笠松は呟いたが、黄瀬には聞こえなかったらしい。

「だって、森山先輩ですよ!?なんか、な、んか、本当に心配で」
「お前、ほんとにさん好きだなっ!」

早川は、からかうように言った。

「好きですけど」
「えっと…」

早川は、あまりにも黄瀬が真剣に答えたので、固まってしまった。

「修羅場か?」
「小堀…お前な…」

勿論、黄瀬の言う「好き」は友情における感情だ。
だが、黄瀬の黒子に向ける感情を考慮に入れれば、普通の友情関係より、大袈裟な感情かもしれなかったが。






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