キミの世界、ボクの世界





夏真っ盛り。日差しが人々の肌を焼き、生温い風が頬を撫でる。はぽたぽたと流れ出る汗を拭くことなく、地面に落としている。拭いても拭いても、キリがないので、既に諦めた作業だった。日傘を差していても日差しが痛い。

そんな中、熱そうな集団がいた。人だかりが出来ている。

きっと黄瀬だ、とは思った。その人だかりの傍を、通り過ぎるように歩いていく。見慣れた金髪が、女の子よりも頭一個分飛び出て見えた。

は、ふと黄瀬はどんな人間なのかと考えるときがあった。にとって、誰彼構わず笑顔を見せることは難しかった。頬の筋肉が攣る。友人と居るときでさえ、笑顔を作るのは難しいと思っていた。

だが、黄瀬は名も知らぬ少女達に笑みを見せる。黄瀬にとってそれが、苦痛か苦痛でないか、大変なことか大変なことでないか、そのことを考える。

もし、その笑顔が辛い物でないのなら、彼はなんて凄い人種だろうかと思う。

もし、その笑顔が作り物なのだとしたら、どうしてそんな風に人に笑顔を振りまけるのだろうと思う。



「あの、ちょっと、…俺、待ち合わせしてて…」

黄瀬が控えめに言う。勿論女子達は、「もう少し」だの「ちょっとくらい良いでしょ」などと言って黄瀬を引き留める。

待ち合わせの相手はだ。桐皇に負けてから、練習は厳しさを増した。だが、休みもある。その貴重な休みを、黄瀬はと過ごしたがった。理由はには分からない。

そう、分からない。

「どうして私なんだろ…」

思わず口をついて出た。

「眩しい…」

それが、日差しのことだったか、黄瀬のことだったか、は目を細めた。
眩しげにした顔が、酷く目つきが悪く、人相が悪いとよく言われた。きっと今もそんな顔をしているに違いない、そう思った。

は日傘を上げて、黄瀬を見た。するとぱちりと目があった。自分の声で黄瀬がこちらを向いたような錯覚に陥り、どくりと心臓が飛んだ。

(まさか、今の声が聞こえたわけない、)

黄瀬が焦ったようににジェスチャーする。それをぼんやりと見ながらは日傘を元の位置に戻した。少女達が気づいて振り返ろうとしたのが見えたから、は足早に歩き始めた。

には、地面と傘の水色だけが見えていた。

まだ時間がかかるだろう、はそう踏んだ。こんな所にいたら、地面から立ち上る熱に灼かれる。今なら豚の丸焼きの気持ちが分かる、はそう思った。

食堂に避難だ、は重い体を引きずるように、歩いた。

(夏は嫌いだ!)



**


(暑い…)

茹だるような暑さの中、黄瀬はそう思った。ペンを握る手が汗でぬめる。日陰にいるとはいえ、暑いのは変わらない。湿度はどのくらいあるのだろうと、黄瀬はそんなことを思いながら、ふと視線を上げた。すると、そこに見慣れた水色の傘を見つけた。

「あ…」

早く行かないと、そう黄瀬は思った。念じるようにを見ていると、傘が僅かに動き、目があった。どくりと心臓が高鳴った。

(まさか、念が通じたとか…ないない…)

黄瀬がわたわたしていると、日傘での顔が見えなくなった。不思議なリズムを刻んでは、歩を進める。何事もなかったように、全くの無表情で、黄瀬など見ていないといように、は黄瀬を通り過ぎた。

ぞわりと、寒気がした。

「黄瀬君?」
「ごめん、その人凄く時間にうるさい人だから、…もう行くね…」

黄瀬はの姿を目で追いながら、心ここにあらずといった様子で言う。黄瀬が視線を下ろさなければ、女子達と目が合うことなど無い。

黄瀬は女を振り払い、走った。

「ごめんね」



黄瀬はの姿を見つけた。

(待って、待って、待って、待って、行かないで)

黄瀬は、デジャブを感じた。

(行かないで)

いつ感じた感情かなど、思い返さずとも分かった。

(行かないで!)

の右手を掴んだ。咄嗟に後ろを振り返ろうとしたの手をぐっと引いた。

「え!?」

みずいろの傘がこ、こ、と地面に落ちる。
体が後ろに倒れいく。眩しい太陽光線がの目を焼いた。チカチカと黒い点がの視界に映る。
衝撃はない。ぎゅっと抱き込まれた。汗がどっとあふれ出た。

黄瀬が縋り付くようにを抱きしめた。嗅ぎ慣れた匂いがの鼻をくすぐる。手は掴まれたまま、ぬるぬると二人の汗が混じり合う。

「黄瀬君…」

黄瀬の体がびくりと跳ねた。

「あづいぃ…」
「あ、すみません…」

黄瀬はばっと体を引き、握った手を軸にをターンさせた。短くないのスカートがドレスのようにひらりと広がった。遠心力でねじられたスカートは、ふわりと元の位置に戻った。

黄瀬はそれでも手を離さなかった。

はオクラホマミキサーを思い出した。握られていない方の手を胸元に、足を後ろに下げ、お辞儀をした。そして、すっと手を引いた。今度は手がすんなりと離れた。

は無言で傘を取りに行く。よっこいしょと、腰を折って傘を拾い、再び太陽を避けた。

「……………黄瀬君?」
「………ごめんなさい」

黄瀬の様子がおかしいことには、すぐ気づいた。

「時間…」
「別に良いけど」
「でも、…」

黄瀬がの腕まくりをした袖をきゅっと握った。まるで親にしがみつく子供だ。あどけない表情で、黄瀬はを見た。

「仕事でしょ、言ってもしょうがない。敢えて言うなら、黄瀬君のあれだ、美貌?が悪い?」
「…………なっに、それ…」

黄瀬は吹き出した。笑顔が戻り、はほっとした。

「ほら、」
「ん?」
「肌、焼けるよ」

日傘を差し出すと、黄瀬はそれを手に取った。は黄瀬の横に並び、黄瀬の持つ日傘に入った。

「うん」

黄瀬はふんわりと人懐っこそうな笑みを見せた。

は見上げるのをやめ、前を向いた。

こんなとき、は黄瀬を近く感じた。普通の高校生、同い年の少年だ。

には黄瀬がキラキラして見えた。
黄瀬が笑えば、女の子は喜んだ。バスケをすれば、多くの人を感動させる。黄瀬が騒げば、皆が笑う。

(この人は、周りの人にたくさんの影響を与えられる…)

「黄瀬君?」

は、黄瀬無言なのを訝しがって、黄瀬を見上げた。名を呼ばれた黄瀬は、置いてけぼりにされた子供のような表情をしていた。

「あ…ぅ…」

どうして、置いて行かれると思ったのか。黄瀬は胸をそっと押さえた。が黄瀬を置いていったことはない。どれだけ女子に囲まれていても、約束があるときは、必ず待っていた。

「帰っちゃうかと思って…」
「流石に放って帰らないよ…一緒にお昼食べる約束してたし」

私をどういう風に見てんだ、とはぶつぶつと文句を言う。

「うん、」
「暑くてさー。持ってきたお茶は飲み干しちゃって、で、水を食堂に求めて歩いていたわけさ」

役がかった物言いで、は言う。黄瀬は無言で頷いた。不思議に思い、黄瀬を見上げると、目尻に涙が溜まっていた。それをはハンカチを取り出して拭ってやる。

「よく泣くね、君」
「ごめ、なさ」

(置いて行かれるのは恐い…)

黄瀬はごしごしと涙を拭う。黄瀬は、中学の最後の大会のことを思い出した。必死にしがみついていた。勝たなければならない、そうでなければ置いて行かれるから。

その当時、底なし沼の中で必死に藻掻いていたということを知ったのは、誠凛との試合後、黒子と話をしてからだ。

中学のときは必死だったから気づけなかった。だが、楽しかったはずのバスケに酷く疲弊していたことに気づいた。

その時のことを思って、涙が出た。

「あーあー、だめだめ、目擦ったらー」
「うん…」

こくりと黄瀬は頷いた。

「後で冷やさないとね。あれか、練習きつくて涙腺緩んだ系?今日暑いもんねー」
「うん…そうかも」

のハンカチで涙を拭いながら黄瀬はふにゃんと笑った。

は、泣いちゃ駄目だとは言わない。非難もしない。それが黄瀬には心地よかった。

さん、ごめんね」
「高校生は悩むことが多いのですよ。私だって、時々情緒不安定のときあるし。思春期だもん」
「うん…」



「ってか、これ、暑いわ…」

日傘に入るためにくっついていたが体を黄瀬から離し、見えてきた食堂に駈けていった。その後ろ姿はまるでペンギンのようで、黄瀬はハンカチを口にあてて、吹き出した。

「ふはっ!涼すぃー!みっず、水水水水ぅー」

は誰もいない食堂の中を走り、水をコップに注ぎ始めた。
ぐびぐにと男らしく、は水を呷る。ぷはー、と声を上げる様は小さなおじさんだ。もう一杯、と水を注ぐ。

さんは、何処が好きで俺と友達やってるの?」
「ん?また難しい問題を引き連れてきたなぁ」

がコップに水を入れながら、黄瀬の質問に相槌を打った。黄瀬はは何でも応えてくれると思っているところがある。

「………………これは、私の、私個人の友達観になるんだけど、……好きだから一緒にいるわけじゃないと思う…少なくとも私はそうだな」
「そうなの?」

黄瀬は首を傾げた。は、黄瀬が強請るといつも黄瀬の好きなところを列挙してくれる。
顔から始まり、外見の上から下まで言い終わり、そしていつも決まって、

『黄瀬君は優しいよね』

と言って締めくくる。

一種の儀式のような物だ。一通り聞くと、黄瀬は満足した。

「いや、ずっと一緒にいれば、良いところも悪いところも知ってくから、全く好きじゃないとかじゃないんだけど、」
「うん」

一杯目とは違い、くぴくぴとゆっくり水を飲みつつ、は黄瀬の質問に応えた。

「私は、黄瀬君と友達『やってる』って、思ったことない、かな。傍にいてそれなりに楽しくて、一緒にいることが苦じゃなくて、そんで、今一番一緒にいるから、親友だって、思ってる」
「うん…」

黄瀬はうんうん、と子供のように頷く。を見た。は必死に言葉を選びながら話す。

黄瀬の、に対する認識は、たくさんの『好き』を見つけられる人、だった。きついことを言われると、その場では罵倒するし陰口をたたく。だが、次の日にははけろっとしていた。

は、その人の良いところを見つけて、この人には良いところも悪いところもあるのだと自分を納得させるのだと言う。

はそうやって、人を嫌うことを嫌う。
疲れるのだという。いつまでも、誰かを嫌いでいることは、とても大変なことなのだと。好きだと思いこむと楽だからやってるだけで、大したことではないのだと言う。

だが、黄瀬はそんなときには諦める。この人はこういう人なのだと、思って笑顔を振りまく。そうすれば、悪いようにはならないだろうと。

の大したことでないと言うことが、黄瀬にとってはとてつもなく凄いことだった。

(この人には、きっと世界がキラキラして見えてるんだ…)

「黄瀬君、今日やっぱ変だ。アンニュイ黄瀬ぽん」
「ぽんっ!?」

「ぽんって何!?」と大袈裟にリアクションを取る黄瀬に、今日はやはりおかしい、と再認識した。

は黄瀬に水を入れたコップを無言で渡した。黄瀬はそれを無言で受け取り、ちょびちょびと舐めるように飲み始めた。

「まぁ、おばさんが悩める少年の話を聞いてやろう」

がそう言うと、黄瀬は目をぱちくりとさせた。

さんって、変だよね」

黄瀬は眉を下げて笑った。は首を傾げて、「ありがとう?」と言った。貶しているようには見えなかったからだ。

「はい」

黄瀬ははにかんだ。

笑顔を向けられれば、悪い気はしない。それを黄瀬が考えてやっているのかは知らない。だが、笑顔は人を穏やかな気持ちにさせる。それができる黄瀬は優しい人なのだと、は思っていた。

「黄瀬君って、意外と優しい人だよね」
「意外なんスかぁ?」
「だって、黄瀬君って、俺イケメン、って気取ってそうやん?」
「えー…」

は斜め45度で髪をかき分けた。

「俺そんなキャラ違う…」
「知ってるー。ねぇ、何処行くー?」

はあっけらかんと言って、食堂を出た。黄瀬はそれを追いかけ、小走りになる。足が短い割には歩くのが速い。

「ってか、何食べたいっスか?」
「うーん…さっぱり、系……?」

黄瀬の広げた日傘に、は何の躊躇いも無しに潜り込む。

「あ、そうめん貰ったんスよ!」
「じゃあ黄瀬君の家だな。ってか誰に貰ったん?御中元、とは時期違うし…」
「ファンの子」
「ファンって、そうめんくれんの!?」
「俺も初めてっスよ」

は目を細めた。反射した太陽の光が黄瀬の髪に当たってキラキラと光っていた。

「あ、黄瀬君、凄い髪の毛キラキラしてる」
「自分では分からないっスね」
「じゃあ、私が綺麗なときは教えてあげるよ」

の言葉に、黄瀬はふわりと笑った。

(この人と同じ物を見たい)
(黄瀬君の、良い友達でありたい…)



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