蕭颯たる寂寞




「秋って物悲しいよね〜」

ブドウを一粒手に取って、口に放り込む。珍しく岡さんがお裾分けをくれた。恐らく、これだって私にではなく沖田くんへのものなのだ。そこまで嫌われることをした覚えはない。根本的に合わないのだ。
スーパーで買えば数千円、いやこの量だと万札を出さねばならないだろう高級ぶどう。弟さんが送ってくれたのだそうだ。
宅急便の箱を見て、配達の人ってこんな藪も掻き分けて来てくれるのかと感心してしまった。この近辺を担当しているドライバーは顔を知っているので、勝手に気の毒に思っている。

「そうですか?」
「うん、そこはかとなく不安になるっていうか」

じわじわと差し迫ってくるような。そう言うと、益々分からないといった風に沖田くんは肩をすくめた。

「ふぅん。僕にはわかんないけど。涼しくなって嬉しい、位かな」

と沖田くんはブドウをパクリと口に入れた。もごもごしてから、皮をぺっと噴き出した。

彼の食べる姿を見ながらぼんやりと考えていた。

寂寥感が、拭えない。後から後から迫ってくる。そして逃げられないのだと悟る。これは私の脳がそう思っているに過ぎないのだから、逃げ場が無いのは当たり前だ。いや、私に脳みそは無いのだが。
兎に角、そんなどうしようもない寂しさなのだ。

手だけはブドウを房からもぎ取って口に運んでいた。ぱくぱくと止め処なく口に放り込む。そして皮を吐き出して皿に乗せていく。

秋の日差しは、どこか、哀愁が漂っており、好きになれない。
いや、好きなのは好きなのだが、どうしようもなく寂しくなる。

山のほぼ頂上にある我が家。
坂を登る。
そうしないと家に着けないから。
でも、どうしたって、足が動かない。
気持ちが急くだけ。

一歩も動けない。
何度も何度も後ろを振り返る。
そして、真っ赤な太陽が山の向こうに沈んでいくのを、見る。
嗚呼、死んでいく。
死んでいく。

そうして、どうしようかと、動かない足を見つめるのだ。
いっそのこと飛んで帰ろうか、なんてバカなことを考えながら。








ぱし、と肌と肌がぶつかる音がした。

顔を上げると、ペリドット色の瞳と視線がかち合う。
彼も泣いたら、綺麗なペリドットができるのだろうか。
ペレは火の女神なのだけれども、彼女の目から流れ出た涙は綺麗な緑色の宝石になるのだと言われている。
それならば、緑色の彼の目からは、さぞかし美しいペリドットができるに違いない。
そんなどうしようもないことを考えて、私はつかまれた手首を見た。

ブドウの汁でベタベタの手で手首をつかまれている。
意味がわからず、私は目を白黒させた。
沖田くんは一言も発しない。

「どうかした?」

じっと、私の目を見る沖田くんを、しっかりと見返す。
瞳が不安げにゆらりと揺れたのが見えた。

「え?」

自分の行動に彼自身驚いているようだった。
ぱっと手を離し、身体も離れていく。

握られていたところを布巾で拭いていく。
呆然と、座っている沖田くんに布巾を差し出す。

「手、拭く?」
「ありがとうございます・・。」

素直に受け取って、手を拭いて、そして濡れた机を乱雑に拭いていく。

「・・・・さん、がどこかへ行ってしまうような、そんな気がして。」

唐突に、彼はそう告げた。

それは、私がどうこうというよりも、この身体が原因らしいのだが。
世界に溶けて、無くなってしまいそう、そんな感じがするのだと言われた。
実際にどこかしら私は世界に溶けていっているのかもしれない、と漠然とそう思った。

「どっか行っちゃうのは、沖田くんの方なのに。」

非難めいた言い方だったかもしれない。
そう思って、急いで私は微笑んで見せた。

「そうですね・・・」

彼はそうでした、と苦笑した。

「変な沖田くん。」

私たちは、しばらく黙々とブドウを口に放り込んでいた。
無心で、ひたすらに。
ブドウの皮が皿の上に貯まっていく。

三房あったブドウは、全てもぎ取られて茎だけになっていた。
口の周りをティッシュで拭って、後は布巾で拭き取った。

「まぁ、沖田くんに会いたくなったら、会いに行くから寂しくないよ。」

私の言葉に彼は無言だったが、ふわりと笑ったのが見えた。
私も、その笑顔につられて、頬が緩んだ。

そうだ、もし会いたくなれば会いに行けばいい。
これまでだって、そうしてきた。
世界を巡って、新たな出会いを求めて。
だから、もし寂しくなったら、会いに行こう。


会いに行こう。


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