それなら私も共犯だ 4






「…さんって訳の分からないことを難しく難しく考えるのは得意だけど、基本的にあんまり考えは深くないよな」
「いやぁ、それほどでも」
「それに加えて、しっかり者に見えて実は甘やかされるのが好きな末っ子タイプ」
「仰る通りです」

ズバズバとを責め立てるような物言いが、ぱたりと止んだ。そして今度は伺うようにの目を覗きこんだ。

「……さっき言ったの、本気?」
「大いに」

が何の冗談も交えずに真剣な顔でそう言うと、森山はむぐりと押し黙った。

「森山くんが嫌ならしない」
「またそうやって判断を委ねるし…」
「専売特許です」
「分かった。予定空けとく…」

は自分で言っておきながら、目をかすかに見開いた。森山が眉を顰める。

「なんだよ。自分から言っといて怖じ気づいたのか?」
「いや、」

は言葉を濁した。

「…頷かれるとは思わなかった。君こそ、石橋は叩いて渡る質だと思ったから…」
「臆病なさんが提案したんだし、なんとかなるかなぁ、って」
「いや、私はいつでも殴られる覚悟くらいは持ってたけど」
「そうなの?」

当たり前だ。人ではない「何か」が人に手を出すなど。常に何かしらの覚悟は持っていた。正体をバラした時に拒絶される覚悟、あらゆる人に非難される覚悟。は視線を落とし、僅かに微笑んだ。

「そりゃ…何の覚悟もなく教え子に手を出さないよ」
「なんか言い方やらしい…」

ふっと溜息を吐き、は目を閉じた。



**



「じゃあね、由孝くん」
「行ってきます。送ってくれてありがとう」

朝の戯れのせいで午後練の時間が迫り来ていたので、は森山を自家用車に乗せた。最後まで恐縮していた森山も、遅刻は問題有りだろうと言われると頷くしかなかった。

さん、あの…」
「……大丈夫、大丈夫だよ…」

そう言い聞かせると、森山はぎこちなく笑った。

「練習ガンバってね」
「うん…」

あからさまに気負った様子で、森山は頷いた。これ以上は何を言っても無駄だろう。気にする名と言うほうが無理だ。
森山の背を見送りながら、窓を閉めた。ピタリと閉まりきったのを確認してから、は車を発進させる。そろそろ通勤の者もいるのだろう。少し車が増えてきた。
朝のことを思い返す。大丈夫と言いながら、も緊張で心臓が痛むのを感じていた。勿論の内部に心臓など存在しないのだが。

信号待ち。ハンドルに額をこすりつけた。の提案は至極簡単だ。だが実行に至ってはたいへんな心労を強いるものだった。森山の両親に挨拶に行くこと。
の覚悟を示すためのもの。この話をしたとき、僅かに森山は狼狽した。彼は口を開きかけたが、何も発さずに閉じた。口にせずとも、「こんな関係、認められるはずがない」森山がそう思った事は容易に分かった。

実際森山は自分を手放すための口実ではないかと思っていた。しかしは彼がそう思うことを見越して告げた。

「由孝くん、全部私のせいにして良いよ」
「え…」

森山は唖然とした。

「……責められるのは、私一人で良いよ。君を手放さないって、そういうことだから…」
「……でも…」
「大丈夫」

は珍しく即答した。

「大丈夫。……この体になってから、……結構賭けには強くなったんだよね。私は勝てるって、思ってる」

とは言ったものの、やはり不安は不安である。言い聞かせるように大丈夫を繰り返した。



信号が青に変わる。アクセルを踏もうとしたときだ。

ちゃんって、難しくモノを考えすぎだよね。その割に結構考えが浅い」
「どわ!」

心臓が飛び出るかと思った。どっど、と何かが音を立てている。ような気がした。思わず吹かし過ぎて急発進をしてしまった。
ジンの登場はいつも唐突だ。

「それは、今朝言われた…」
「……ボクは、大丈夫だと思うよ」
「何を根拠に…」
「よっしーを見てたら分かるよ」

バックミラーで目を合わせる。ジンは足を組み、余裕の笑みでを見つめていた。

「彼の柔軟な思考は、彼自身が生まれつき持っていたものかな、周りの環境がそうさせたのかな…いずれにせよ、彼のような人間を育てた人間だ。気にすることはないと思うけどね」

ジンには何も悩みがないのだろうか、はふと思った。ジンという存在にはいつも助けられてばかりなのである。



**



「はよ」
「おう」

笠松は相変わらずぶっきらぼうな物言いだ。だが、森山はそんな笠松だからこそ、友人として共にいる。それこそ二度の人生に渡って。

「送ってもらったんだな」
「え、ああ…」
「だれ?お前兄弟とかいたっけ」

森山は咄嗟に答えられなかった。兄だと嘘を吐いても良かったのだが、笠松にはっきりとした嘘を吐くのは気が引けた。

「…うん、年の離れた友人、ってところ、かな…」
「へぇ…」

何て事はない。何とでも言えたはずで、事実森山はちゃんと誤魔化せた。だが即答できなかったのは、後ろめたい気持ちがあったからだ。
と共にいると言うことは、そういうことだ。どれほど好きでも、どれほど大切でも、どれほど傍にいたいと思っても。世間には認められず、親にも言えず、心を許した友人にも言えない関係なのだ。

「森山?」
「え?なんでもない…ちょっと、昨日眠れなくてさ、反応速度遅くって。会話とかもテンポ悪いかも」
「大丈夫かぁ?しっかりしろよな」

笠松の言葉がどこか遠くで聞こえた。ぽつりと一人で世界にいるみたいだ。森山はそんなことを思った。それでも傍にいたいだなんて、何かの呪いのようだ、ぽつりと心の奥底に浮かんだ考えを、森山は振り払った。
空は青く澄み渡っていた。爽やかな空とは裏腹にまとわりつく空気が現実ではないような錯覚を引き起こす。これは夢なのではないか。いつから夢の中にいたのか、いつからこれを現実だと思いこんでいたのか、そんな途方もないことを考えて、森山は自分の腕をぎりぎりと引っ掻いた。



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