森山は確かめたかった。と体の交わりができるという事実が、森山の中の感情を説明できるのではないかと思ったのだ。そうすることによって森山は抱えた一抹の感情を否定したかった。それを認めてしまえば、森山は認めなければならなかったからだ。自分の持つ愛情がなんと陳腐で下卑たものであるかを。
そして、結局は分からなかった。

親からの愛を受けなかったわけではない。森山は普通の一般家庭に育った。だから、なぜこんなことになってしまったのか、実のところ森山自身が一番理解していなかった。
誰か俺だけを愛して、と。母と父の代わりに誰か愛してと。その感情がいつの間にか森山の「好き」という気持ちをねじ曲げてしまった。

「うぅ…!」

泣くのをぎゅっと我慢すると、引きつった嗚咽が森山の口から漏れた。



風呂に入っていたは、はっとした。

「由孝くん…?」

は、すぐに男の姿に戻った。浴室を出て、様子を見に行こうと立ち上がった。ノブに手を掛けた瞬間、外側から、ぱぁんと勢いよくドアが開け放たれた。
森山は錯乱した様子で、口をぱくぱくさせていた。

「由孝くん…ちょ、まずは落ち着こ…「俺はあんたのことなんか本当は好きじゃないのかも知れない!」
「はぁ!?」

先ほどまでの行為は何だったのか、は呆気に取られた。

「おれ、俺は…あんたを代わりにしてたんだ…!」

(代わりって何!)

突然のことで、も動揺していた。森山は口を戦慄かせ、しかしそれ以上何も言わずに玄関に向かって走っていった。は追いかけた。

「ちょ!説明!説明をもう少し!」

というの言葉に何の反応もなく、森山は玄関から出て行った。も後を追いかける。いや、かけようとして立ち止まった。

「やっべ、今全裸だ…!」

と、ドアの取っ手に手を掛けたまま停止した。そしていそいそと洗面所に戻り、パンツをひっつかんだ。すると、後ろから声がした。

「ぶふ            !!ひっっひっ!」

大爆笑、されている。森山が出て行き、一人のはずの部屋から大音量の笑い声が発せられている。顔を上げると、そこにはジンがいた。

ちゃん、人間らしすぎて笑える!服なんて、すぐにコンバートできただろうに…!手で着替えるなんて…なん…なんて人間らしいんだ…!」

ジンはもう腹を抱えて、盛大に笑いながらそう言った。性別を変えることも出来れば、意のままに服を変えることも出来る。

「っ…に、人間の時の名残だ!笑うなよー!」
「いつまで人間のつもりなんだよ…ひっ…ふふ…ふ…ふっ」

はこの時点で人の一生を約80回ほど生きていた。は顔を真っ赤に染めてわめき散らすが、笑いは止まらない。

「やー…君は人以上に人らしいね、本当に全く」

と、居住まいを正してジンは言った。

「あー…うん!いや、私由孝くん追いかけるから…」

ジンに構ってる暇はないのよ、と手を挙げて玄関を目指す。
こういうところが人らしいと言うのだ。ジンはしみじみ思った。ジンなら一瞬にして彼の元へ飛ぶ。瞬間移動が出来るのに、わざわざ歩いていくなど、下り道なのに自転車を押して下るくらいの滑稽さだ。

「待って、僕が行くよ」
「………え?」

玄関の取っ手に手を当てたままの状態では振り返った。だが、そこには既にジンの姿はなかった。

「何?」

ジンが居たところには、が新商品だ!食べたいなぁ、と言っていたプリンがぽつんと置いてあった。

「っふ…慰めてるつもりなのかな…ジンも随分人らしくなったな…」

は正直、森山を追いかけてもうまく話せる自信がなかった。内心酷く狼狽えていたのだ。毒虫になれやら、怖いやら、好きでいていいか分からないやら、あげくに誰かの代わりなどと言われれば、当たり前のことだ。

「私は繊細な女の子だって、言ったじゃんか…」

と、外見三十路のおっさんはプリンの前に座り込んで呟いた。



**



の家を飛び出た森山は、ふらふらと歩いていた。行く当てもなく彷徨っていた。荷物は全ての家に置いてきてしまったため、金銭的にも森山は放浪するしかなかった。
それに、格好も寝るためのものだったので、シンプルなTシャツに短パン、そしてつっかけというラフなものだった。店に入るのも憚られた。

そのとき聞き慣れた、しかし懐かしい声がした。

「由孝?」

びくりと森山の体が震えた。じくりと胸が疼いた。抱きしめて欲しい、その腕の中で何も考えず子供のように縋り付きたい、そんな感情を抱く。そして全てを打ち消し、振り返った。

「母さん…」
「こんな時間にどうしたの?……………最近は物騒なんだから、危ないわ」
「う、うん…すぐに帰るから大丈夫。友達の家、近いんだ」

にっこりと森山は笑って見せた。焼け付くような熱情を隠すように、笑顔の仮面を被った。

「そう…本当に気を付けるのよ」
「分かってるって!」

親を求めるあまり恋愛感情と混同してしまったのだ。森山は愕然とした。急激に熱が冷め、どこか遠くから陳腐な人生劇を見ているようだった。

「じゃあね、母さん行くけど、本当に気を付けてね」
「うん!」

手を振って別れた。母の姿が遠ざかり、見えなくなった後も森山は動けなかった。

「俺、バカだな…」

その呟きは誰にも聞かれずに、夜の空に霧散した。無性に泣きたくなり、誰もいないと言い聞かせ、気を抜いた。

「君、高校生、だよね…?こんな時間に何してるの?」
「っ…」

森山は滲んだ目を見開き、声のした方を見た。血の気が引いた。警官が訝しげな顔で森山を見ていた。
言い訳を考えなければ、部活に支障が出るかも知れない。

「………ぁ…」

だが、喉が張り付いて、言葉が出ない。

「君?」

こつこつと靴を慣らして、警官が近づいてくる。普段なら適当に流せたものが、今は混乱していて何もできない。その状況が、さらに森山を責め立てた。息が荒くなる。どんどんと不安が膨れ上がり、今度こそ本当に涙が出そうだった。

「その子、私のツレなんです。すみません」

街灯に照らされて緑がかった黒髪をした女性がそこに佇んでいた。


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