雨がしとしとと降る。梅雨、部屋の中は暗かった。だが、電気をつけるほどでもない。薄暗い部屋の中、森山はの膝の上にいた。とくりとくりと規則正しく刻む鼓動を聞いていた。もちろん、がわざわざ人と同じような機能を再現しているだけで、そこに心臓など有りはしないのだが。

「ねぇ、先生って、」
「ん?」

森山が顔を上げた。その瞳が少し充血している。

「俺に欲情したりすんの?」
「は…」

思わず声を上げそうになったのを、留めると、吐息の様な声が漏れた。

「今日は駄目、だろ」
「分かってる、明日は学校だし、部活あるし」

すり、と猫の様にの胸にすり寄る。

「でもさ、触るくらいなら良いだろ?な、」

      イカせて

吐息の様な声で、森山はにそう告げた。言うが速い。森山は自分の羽織るシャツのボタンをぷつりぷつりと外していく。は無言でそれを見ていた。止めることもなく。森山は、ぱさりとシャツを落とした。

「なぁ、」

森山は濡れた声で、の手を取って己の胸に沿わせた。まだ未発達な体躯は白く、若さ故に瑞々しかった。そっと指を這わせると、甘い吐息が漏れた。首筋をなぞり、鎖骨を甘く噛む。しっとりと手に吸い付く肌は、ほんのりと赤く染まっていた。
何をやっているのだ、とは思った。野生の獣のようにがっつき、貪る。たかだか中学を卒業して数ヶ月の少年の体を、だ。
は、森山のか細い声を聞きながら、自分の中で欲望が膨らんでいくのが分かった。
には性別の概念はない。性欲もない。彼女は絶対行使能力、     見たり経験したことは、必ず実行できる力を有していた。つまりは無意識に男性の欲を忠実に再現していた。
は目の前の森山を、ぐちゃぐちゃに犯したい、支配したいという黒い欲望と共に、優しく抱きしめ、全てを受け入れたいとも思っていた。その相反する感情を胸に、は森山の体に吸い付いた。

(ああ、なんかいけないことをしている気がする…)

の下で、悶える体はまだ子供のそれだ。目が合う。その瞳だけが、酷く大人っぽく、扇情的で、欲にまみれていた。



**



(あー…すごい罪悪感…)

は、目を閉じて、森山の痴態を思い出した。そして、溜息を吐いた。
森山はシャワーを浴びている。じゃー、という音が聞こえる。相変わらず雨は止まない。除湿をかけた部屋は、それでも幾分か湿気ていた。ほんの少しの戯れで、大汗をかいてしまった森山は、我慢できずにバスルームに直行した。

森山由孝と会うのは二度目だ。一度目は、会うと「げ」という声付きで顔を歪められる、そんな関係だった。誤解が解けてからも顔を歪める行為だけは、まるで儀式の様に繰り返し行われた。それが自分の隣にいるなどと誰が想像しただろう、とは湯気の立つコーヒーを片手に思った。
ただ、あの時だって、森山はに大きな地雷を落としていった。


      俺さ、割とのこと好きだった。もし、いつか俺とまた会うことがあったら、次は俺を選んでよ


その地雷を見事は踏んだ。予感はしていた。青峰にさえ伝えなかった本当ののことを、森山には伝えていた。人でないことを知っていたのは、あの世界では森山だけだった。青峰には、生涯隠し続けた。が何かを隠していると知りつつ、青峰はそれでもにそのことを尋ねることは無かった。責め立てることも。そうして、ずっとを守るように傍にいた。
それに甘えて、青峰には酷いことをした、は後悔していた。

「先生って、体どっかおかしいんじゃない?汗全然かかないとか、不健全」

ははっとした。思考を中断し、森山を見た。浴室から出てきた森山は、先ほどの情事を思わせるような肌の色を晒していた。

「先生、」
「ん?」
「先生は、いつ俺の処女貰ってくれんの?」

飲んでいたコーヒーを思わず吹き出した。森山はそれを冷静に見ていた。は手の甲で口元を拭い、森山を見た。森山はにこにことした笑みを浮かべた。

「大人になったら…………?」

の答えに、森山はくすくすと笑った。

「今日日、中学生でもセックスしてんのに、おあずけぇ?マジで不健全」

(私は死ぬまで処女だったっての!)

は生前のことを思い出し、心の中で悪態をついた。

「先生」
「ん?」

ねっとりと絡みつくような森山の声。ぞくりとの体は粟立った。この少年を急激に大人にしたのは自分なのだと、は優越感とともに、罪悪感を感じた。

「俺、多感な時期で、好奇心旺盛だから、浮気しちゃうかも」
「………私は…処女性にあんまり興味ないけど…」
「そういうこと言っちゃう?」

森山は苦笑した。はぐっと耐えた。本当は崩れ落ちそうなその体を抱きしめたいと思っていた。だが、

「言っちゃう言っちゃう」

は軽い調子で言う。心中は穏やかでない。

「先生は、罪悪感とかある?」

ぽつりと森山は呟くように言った。

「は…?」
「こんないたいけな少年犯して」
「いたいけ、ねぇ…」

罪悪感ありまくりだわ!と、は心の中で叫んだ。森山は、の生徒だった。中学の保険医と生徒、それが数ヶ月前までの二人の関係だった。しかし、恋は障害があると燃える、というのも事実だ。森山が「いけないことをしている」と感じながらも、必死に愛を紡ごうとする様は、にとっては、酷く健気で愛しかった。

「……………………じゃあ、俺帰るわ」
「送っていこうか?」
「良い、女じゃないんだし」
「それは、まぁ、そうだけど」

森山の表情を見て、は目を伏せた。

「じゃあ、」

そう言って、森山はの部屋を出た。は閉まるドアを見つめながら自嘲気味に笑った。
手放したくない、でも離れていって欲しい、自分の傍にその命朽ちるまで居て欲しい、他の人と真っ当な幸せを手にして欲しい。そんな我が儘な感情をは抱いていた。いつでも離れていって良いと、は森山に逃げる隙を与えていた。そうして、それでも離れていかない森山に、は何度もほっと胸をなで下ろすのだ。

今度も大丈夫だった、と。



**



浮気を許す相手の心理、それは自分も浮気をしているから。そうならまだマシだろう、森山は思った。
森山はの玄関を見つめた。しばらくして歩き出した。エレベーターに乗り込み、一階を押す。一瞬の浮遊感の後、止まった。傘を差し、外へ出た。

ふとの部屋を見上げた。
の家には、女の気配は無い。は浮気をしていない。森山には浮気を許すのに、自分は浮気を絶対にしない。その状態が森山には苦痛だった。いっそ自分を襲ってくれれば良いのに、独占してくれれば良いのに。森山はいつもの体に触れるときに感じていた。しかしそれもなかった。
は森山にはっきりと告げた。


いっぱい楽しみなさい。勉強して、部活を真剣にして、彼女を作って、セックスして、そうやって、学生生活を楽しみなさい。そのあとで、やっぱり私のことが好きなら…


森山はのことが好きだった。そして同時に何かの間違いだと思いたかった。がむしゃらにを好きだというような、そんな無謀さは持ち合わせていなかった。物語の主人公のように、それでも好きなんだ、と大声で言えたなら、森山は悩んでいない。

「断って欲しかった…」

ぽつりと呟いた。の家から拝借した真っ赤な傘の中。通行人はいるのに、傘の中という他から切り離された空間で、森山は酷い寂寞に襲われた。森山は自分から思いを告げたにもかかわらず、を責めていた。大人なら、こんなのは間違っていると諭すべきだ。そして、諭さないのは森山が好きだから、と言うほど、は森山に執着している様子はなかった。だからこそ、森山は分からなかった。

      好きなら好きで、もっと愛して欲しい

ぽつりと森山は思った。だが、すぐにその考えを打ち消した。やはり、を好きな自分は間違いなのだと、思いたかったから。好きだから目一杯愛して欲しい、こんな関係は間違っているから突き放して欲しい、理性と本能がぶつかり合う。幼い心ではそれを消化できないでいた。

「なんだってんだよ…」

蹴り上げた水しぶきは、結局森山自身にかかり、森山はさらに悪態を吐いた。



**



「私って、酷い大人、なんだろうなぁ…」

は、傘を差す森山の後ろ姿を見つめていた。
は森山のことをちゃんと好きだ。そして相手も愛しているというのなら、はそれを受け入れるのみだ。しかし、の中にはどうしようもなく自分がイレギュラーな存在なのだという自覚がある。
いけないと思いつつも、は森山のことを手放せない。そして譲歩した結果が、森山に告げた猶予期間だった。逃げる時間は与えた、それでも森山がのもとにずっと居続けるのなら、容赦をするつもりはなかった。

そしての中には、ずっと燻っている想いがあった。

      私はどっちの森山由孝を愛しているのだろう





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