気持ち
ただ、剣を振るう。
その時だけは何も考えずにすんだ。
その時だけが無だった。
この世界の事、僕の世界の事、何も。
ただ、ずっと剣を振るっている訳にもいかず、こうして、また思考を巡らしている。
ゆっくりと、目を閉じる。
そして、閉じた時同様、ゆっくりと目を開ける。
邪念を振り払うように、大きく息を吸い、一振り。
風を切る音がした。
つぅ、と汗が流れた。
息をついて、刀を鞘に収めた。
「さんはどうして、僕のこと、こんなに良くしてくれるんだろ。」
単純な疑問だった。
突然落ちていた人間を、しかも自分は江戸時代の人間だ、というような(実際言ったのは自分ではないが)人間にどうしてここまで良くしてくれるのか。
住む場所を、着るものを、刀を、与えてくれる。
無償で。
考えないようにしていた。
言わないようにしていた。
だって、言ってしまえば、この関係が壊れてしまう気がした。
「ああ、ちゃんってああ見えて、僕たちと同じくらいの年やねん。」
「そうそう、見えへんけどな。」
「ちゃんは俺等の憩いやわ!」
「そうそう、」
相槌を打つ隙も与えない、というよりも元より僕の意見なんて聞く気もないような喋り方だ。
この道場に来ている物好きなおじさんたち。
良い人ばかり、なのはわかっているが、どうもこの会話の速度についていけない。何より、会話に「オチ」を付けたがる喋り方はどうにも慣れなかった。
さんも関西はどうにも会話を誇大させてでも最後にオチを付けないと気がすまない、だから話半分で聞くのが丁度良い、と言っていた。
本当のことも言っているだろうが、誇大した部分があまりにも大きすぎる場合もあるのだと。
実際、現在進行形で、聞いていてそれは無いだろう、というようなことを話している。
「で?」
話の核心を聞くために、会話に割って入る。
僕の知りたいのは、さんの年齢の話や、さんが美人だ、などという事ではない。美人かどうかなんて一緒に住んでいる僕の方が絶対に良く知っているのだし、年齢の事も、たいした問題ではない。
それなのに、このおじさん達は、何が?というような顔をして、「え?」と顔を見合わせている。
「え、じゃないでしょ。僕の質問に答えてくれるんじゃないの?」
呆れた、本題の事を忘れるなんて。土方さんが居たら絶対に小言を言われてるに違いない。その小言も最近は少し懐かしいし、恋しい。
「ああ、せや、せや。あの人も、先生くらいの年頃の子供がいたって不思議やないって話や。」
この人たちは僕の事を「先生」と呼ぶ(剣術の先生という意味だ。)
最初に答えてくれたのは、やはり松原おじさん、先ほども一番最初に反応してくれた。
しかし、この人はいつも漠然としたことを言ってくるし、要領を得ない。こちらから質問を続けて、やっと内容が理解できる、そんな話し方。つまり、説明下手なのだ。斎藤君が恋しい。
さんもジンも居ない時は、余計元の世界の事を思い出す。
「君んこと、我が子みたいに思ってはるんかもしれんねぇ」
それにいつも説明を加えてくれるのは、何の因果か、斎藤おじさんだった。
斎藤という名前は珍しくないのだそうだが、なんという偶然か。たった4人しか居ないこの道場の訪問人にその斎藤が紛れているなんて。
「そうそう、うちも18の娘と21の息子がおるんやけど」
「家は結婚が遅かったからなぁ、まだ小学生やねんけど、そろそろ一緒にお風呂も卒業かなぁ…」
「いいなぁ、お前んとこの奥さん、めっちゃ若くて美人やん。」
「そうそう、うちなんか…」
そして、また世間話に花を咲かせる。その輪の中に入れず(入りたいとも思わないが、)僕はまた一人、思考の渦に飲み込まれる。
彼等とは別の世界に居るみたい。同じ空間に居るはずなのに、全く別の世界。なにか、大きな壁が見えるような気がして、思わず手を伸ばした。勿論その手は空を舞っただけだった。
「子供…」
ぽつり、といわれた言葉を反復する。その言葉が、心に深く刺さった。胸の辺りを押さえる。ざわざわとする。
「子供…」
もう一度反復してみると、更に心が重くなった気がした。
帰りたい
生ぬるい。羊水に、浸かっているみたい。ぐるぐるする。
「沖田くん?」
後ろを振り返ると、そこにはさんがいた。いつもと同じ、黒っぽい服を着ていた。
「、さん。」
「顔色、悪いよ。おじさん達に苛められた?」
名前を呼ぶとちゃんと答えてくれる。さんはくしゃくしゃと汗まみれの僕の頭をかき回す。
「そら、ないわ〜」
「そう、僕等沖田先生に教えてもらってただけやで」
「ははは、まぁ、先生教えんの下手やけどな」
「天才肌ってやつか!」
がっはっは、と笑いながら僕の頭を肉厚な無骨な手で順々にかき回す。おかげで僕の髪の毛はぐしゃぐしゃだった。それをさんは、苦笑いしながら見ていた。
「握り飯、作ったけど食べる?キッチン借りて豚汁も作ったんだけど」
「ありがとうございます」
さんは僕の頭を何処から取り出したのか、櫛で撫で付けてくれる。
「女のたしなみだよ」
不思議そうに眺めていた僕の視線に気付いたのか、そう教えてくれた。
おじさん達は豚汁と握り飯に万歳をして、道場を出て行こうとした。
「やったー」
「君たちの分は無いけど」
「えぇぇ…」
スパッと切り込んださんの言葉に4人はがっくりと肩を落とした。
「嘘だよ、ちゃんと作ってあるから」
その言葉におじさん達は再び万歳をして、道場を後にした。
「君等は子供か。ったく…沖田くんの方が冷静だぞ」
さんは彼等の後姿にぶつぶつ言っていたが、こちらを向いて、ふっと笑った。
「じゃぁ、行こうか、無くなっちゃう」
「はい」
あの痛みはなんだったのか、そっと、胸に手を当てた。今は心臓の鼓動を感じるだけだった。
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