悩み?
「やぁ、沖田くん、精が出るね」
小さな道場で刀を振るっている姿を見ると、やはりこの人は江戸時代から来ちゃった人なんだなぁ、と認識させられる。
私の声に気付いたのか、沖田くんはピタリと動きを止め此方を見た。すると思い出したかのようにツゥ…と彼の頬を、体を汗が伝いだした。それを乱暴に拭って、彼は此方に駈けてきた。
「さん、こんにちは。何か用ですか?」
こういう物言いは相変わらず可愛くない。に、と笑う彼の表情はいつも少し意地悪な色を孕む。用が無かったら来ちゃ駄目なのか、そう思っていると、私が黙り込んだことを不思議に思ったのか沖田くんは首をかしげた。
そういうところは可愛いから許す。タオルを渡し、それから左手に持っていたお重を見せた。
「お腹空いたんじゃない?お弁当持ってきたから一緒に食べよう」
「ありがとうございます」
彼のこういう以外と礼儀正しいのも結構好きだ。お重に出来るだけ和食を作って入れてきた。そのお重を見せると、ふわりと笑った。彼は年齢の割に結構大人びた笑い方をする。時代かなぁ、とか思ったりして。元服って15歳くらいだっただろうか。私が彼くらいの年齢の時はもっとちゃらんぽらんだったが、と思いながら包みを広げていく。
「ここではご飯がゆっくりと食べられて、そういうところ好きです」
「そっか」
ゆっくりなんて食べてられないよね。新選組だもんね…そんな悠長に食べてなんか
…だったっけ…?いや、なんかもっとばかばかしい話だったような気がする。ゲームはほんのちょっとやっただけで、ストーリーは勿論曖昧だが、そういう端話はもっとあやふやだ。
「毎日食べ物争奪戦なんですよね」
「そっか…」
僕はあまり食べない方なんでどっちでもいいですけど、静かに食べたい時もあるんですよね、と付け加えて、彼はおかずを口に放り込んだ。
そんな感じだった気がする、と納得した。一瞬尊敬した私の純情返せ、と卵焼きを頬張りながらそう思った。
ふと沖田くんの顔を見た。懐かしそうに目を細める沖田くんは、物凄く可愛くていいと思いま・・・じゃなくて、やっぱり帰りたいのだろう。
刀も満足に振るえないこんな世界、きっと凄くもどかしい。
しかし私はもう既に彼を帰したくないと思ってしまっている。ここでの生活を惜しんでいるのではない。新撰組沖田総司が歩む人生は、余りにも過酷だ。そして哀しい。
ひゅぅ、と風が頬を撫でた。
彼が来てから3ヶ月が過ぎようとしていた。
「体、冷えちゃうね」
もう暦的には春といえど、まだまだ風は冷たい。私は立ち上がって自分の着ていた上着を彼の肩にかけた。胴着一枚では風邪を引いてしまう。
彼はもごもごと何かを言おうとしたが、素直に肩にかけた上着に腕を通した。以前もこういう事があって、彼は私の方が冷えるだろうと頑なに拒んだが、それで風邪を引いてしまったので何も言えないらしかった。それに私は風邪を引くような身体の構造になっていないのだ。人外なもので。
「さんって…」
「ん?」
私が、元居た場所に腰を下ろすと、彼は不安げな声で話し掛けてきた。私はレンコンを口に放り込んで、彼に相槌を打った。
「…いえ、」
私の方をじっと見たかと思うと、彼は視線を外してしまった。自分の中でも整理が出来てない、そんな風だった。それでも彼は口をもごもごと動かし、何か言いたげだったが、音となって口から出てくることは無かった。
しばらくして、「なんでもありません」と、彼は言った。
「うん、また話したくなったら言ってね」
これを無理矢理言わせても仕方が無いだろう、と私も彼の口から聞くことを諦め、再び煮物を箸で掴んで、口の中に入れた。
そうすると、沖田くんはなんとなくばつが悪いような表情をしたが、すぐに普段の表情に戻った。
「さんって、なんていうか、余裕ありますよね」
「話し出すの早っ…!!」
呆気なく話し始めた沖田くんに、私は突っ込まずにいられなかった。掴んだ人参を取り皿の上にぱたりと落としてしまう。
「あ、さっき言おうとした話は、また今度にしますよ。そうじゃなくて、なんとなく…今そう思っただけです。」
話し出しが同じで、先ほど言いかけたことが聞けるのかと思ったが、そうではなかったようだ。
「余裕なんて、無いよ」
今だって、汗かいた沖田くんにムラムラしてますから!可愛い沖田くんに悪戯したい衝動押さえるのに必死だから!
頭の中で葛藤している私だったが、ふと沖田くんの方を見ると、彼は少し寂しそうな顔をしていた。
ぽんぽんと頭を撫でると、沖田くんははにかんだ。この笑顔が私は好きだ。こっちまでほんわかした気持ちになる。
「ご馳走様です。美味しかったです。じゃぁ、僕は稽古に戻りますね」
「うん」
沖田くんは何を考えてたのだろう。彼の後姿を見送りながら、私は考えた。私が考えたところで、彼の思いなど分からないのだが。
故郷の事を思って、という感じではなさそうだった。多感な時期だ、悩むことは幾らでもあるだろう。
あまり気にしないでおこう、そうは思いながらも、少し不安になった。
もう直ぐ桜が咲く。
満開になったら約束の花見に行こう。
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