「テツヤくんさ、火神君のいるところで言わなくても良かったよね…」

火神が着替えている間、黒子とは校門の前で待っていた。お互い真っ直ぐに前を向いていて視線は絡み合わない。
先ほどのことを思い出し、黒子を咎めた。火神は明らかに狼狽していた。

「いえ、火神君が、あなたのことを気にしているので。恋に発展する前に、と思いまして」

黒子はあっけらかんと言う。だがは火神がそういう意味でを気にかけているのではないと知っていた。そこまで頭の中はお花畑ではない。

「いや、彼のそれは違うだろ…」
「知ってます。でも、だからこそ、幻滅してしまったらさんが辛いでしょ?だから最初からこういう人だって教えた方が良いかと思いまして」
「テツヤくんは仙人か何かなの?」

黒子の冷静な分析がほぼ合っていることを理解し、は言う。確かに火神は、のことを慕っていた。それはバスケを通してではない触れ合いだった。火神にとっては物珍しさもあるのだろう。

「気にしてました」
「ん?」

黒子の呟きにははじめて黒子を見た。黒子は相変わらずどこか遠くを見ていた。

「試合、見に来なくなって、青峰君は気にしてました」
「うん、知ってる」
「…そうですか…」

黒子は複雑な心境で聞いていた。知っていたのなら、どうして何もせずにいたのか、黒子には分からなかった。
しかしには明確な目的があった。

「俺は待ってた、あの子が来るの」

黒子はを見上げた。黒子の見開かれた目を見て、はにこりと笑った。

「ボロボロになったあの子を、慰めてやろうと思ってたのに…」

一瞬黒子は固まった。予想外だというように目をぱちぱちと瞬き、そして息を吐いた。

さんって…」
「ん?」
「いえ、何でもないです」

黒子は押し黙った。縋るように見てくることは知っていた。それでも彼はの元には来なかった。来ても視線を合わせようとしなかった。そのことに少し苛立ったのだ。

「自然消滅、賭けに負けた。手強いわ」
「ええ」

青峰には遠回しなやり方は効かないと、そのときは知った。駆け引きに負けたのだ。結局そのまま疎遠になった。

「そろそろさ、決着付けようかなって」

は真っ直ぐに前を見据えて言った。決意と不安が入り交じった瞳が印象的で、黒子は何も言えなかった。

「そうですか」
「でも、」
「でも?」

黒子は聞き返した。じっと見つめる目を見返し、はがばっと黒子に抱きついた。

「一人に決めちゃうと、こうやって触れ合えないのが辛いー」
「重いです」
「やーん…」

黒子はつっけんどんに返した。は子供のように「やー」と言って、黒子の頭に頬ずりをした。

「本当はそんなこと思ってないくせに」
「テツヤくんって、やっぱり仙人だね」

は、ぱっと黒子から顔を離した。

「僕はあなたのことをよく見てるから」
「あれ、俺口説かれてる?」
「まさか」
「即答ひど!」

は泣き真似をした。黒子は涼しげな顔で、しかし珍しく口角をはっきりと上げて笑った。

「でも、今揺らがなかったでしょ?」
「…………まぁ…」

は汗を垂らした。本当に彼は何か特別な力があるのではないかと勘ぐってしまう。

「最初から、アナタの一番は決まっていた」

黒子の言葉に耳を傾ける。

「早くくっつけ、と思ってました。思って、やっとくっついたと思ったら、すぐにあれでしょ?」
「黒子くんって、青峰くんのこと大切に思ってるんだねぇ…」

はしみじみと言う。確かに青峰のプレイは人を惹き付け、彼の傍若無人なほどどっしりと構えた様には、憧れを抱かざるを得ない。黒子もまた青峰に何か感じるものがあるのだろう。

「はい、僕は、彼の言葉に救われたんです。だから、恩返しがしたい。バスケでも、プライベートでも…」

黒子の真摯な思いには心打たれた。自分も何かしなければ、そう思った。高校生の熱さに感化された。

「うん、じゃあ、ちょっと頑張っちゃおうかな」
「とりあえず、腰を撫でるのを辞めてください」
「あ、気付いてた?」

さわさわと撫でていた手を止めて、はずしりと黒子に体重をかけた。


**


先輩…」
「ん?」
「それって、」

降旗が、に声をかけた。

毎月27日、購買が戦場になる日。彼らはその戦場から戦利品を勝ち取って屋上にいた。だがそこにはバスケ部の先輩だけでなく、の友人の直も同席していた。そして、…

「イベリコ豚カツサンドパン三大珍味のせ?」
「あれ?なんでそんな涼しそうに…」

一年生がげんなりした顔で言う。あんなにも苦労したものを涼しげな顔で、は食していた。

「………ああ、人の流れに身を任せてたら、先頭に出たから…」
「さっきも聞いたな…そんなセリフ…」

河原が、がっくりと項垂れた。

「隊長がああいうイベント参加って珍しいねー」
「まぁ…」

直がそう言うと、は曖昧に応えた。

「一口ちょーぉだい!」
「どうぞ」
「ありがとぉー」

何の躊躇もなく、が差し出したパンに直はかぶりついた。

「二人は付き合ってるんですか?」

恐る恐る降旗が尋ねると、はすぐに否定した。

「まさか、直は、格好良い彼氏いるもんね」
「そうなの!アーチェリー部のエース!」

直はVサインをして、元気よく言った。
二年生ならば誰しもが知っている、ラブラブカップルである。二年生メンバーは皆頷いた。

「隊長は、何か願掛けしてるの?」

ぴょこぴょこと飛びながら直はに尋ねた。はにこりと微笑んで答える。

「そうだね、神にも縋りたい気分、っていうのかな…」

黒子はそんなをじっと見ていた。その視線に目配せし、微笑んだ。

「ガンバってね」
「うん、頑張ってくる」

直の頭を撫で、は空を見上げた。真っ青な空はの悩みなどちっぽけなものだと感じさせるほどに広かった。

**

こんなにも緊張するのはなぜだろう、は胃の辺りを押さえた。は人ではないので、実際にはそこに器官はない。心臓も肺も腸も。あるように見せているだけで、食事も睡眠も本来ならば必要ないのだ。それでも人時代の習慣というのは未だに根付いていた。緊張すると腸が蠢き、胃がキリキリと痛むような感覚。

敵地。校門の前。はじっと待っていた。青峰はきっと今日も早く帰るのだろうと踏んでいた。
久々に能力を使ったのだ。海賊も盗賊も悪の組織もドラゴンもいない、こんな平和な世界で、使うことなど殆どない。それを今日使った。信号待ちしている時間も、悠長に電車に乗って歩くのも、随分なロスだ。

近づいてくるのが分かる。後ろを向いていても、目を瞑っていても、奏でる音は変わらない。心音、髪が揺れる音、跫音。
彼が校門を通りすぎるとき、は声を出した。

「やぁ、久しぶり」

もう少しで声が裏返るところだった。
ぴたりと足音が止まった。静かにこちらを向いた。目は見開かれていた。
褐色の肌、青みがかった髪。忘れるはずもない、耳障りの良い声。

、さん?」
「はは…他の誰に見えた?」

おずおずと紡がれた声が愛しい。はああ、やっぱり好きなのだと思った。どんなに平等に愛そうとしても、好きの最上級、特別な好きがここにあった。

「だって…」

青峰の瞳が不安げに揺れた。

「この前、黄…涼太くんに会ってさ…あんまりにも普通だったから…君ともまた、こうして話ができるかなって、思った」
「まだ慣れねぇのかよ…」

青峰が呆れ顔で笑った。普通に話せるとは思った。

「元々、ずっと黄瀬君って呼んでたからね」
「そうだったな…」

黒子君、黄瀬君、緑間君、紫原君、赤司君、桃井さん、大輝君。はそう呼んでいた。

「あんたは、いつも勝手だな。あんたから、姿消したのに…」
「うん、否定しない」
「あんたは…俺をどうしたいんだよ」

青峰は珍しく静かな声でそう尋ねる。の目をじっと見つめて。その瞳が試合のときとは違い、甘いものに見えた。

(こんな目をするんだって、知ってる人は、どのくらいいるんだろ…)

そんな優越感が身を襲う。

「大輝くんは、どうしたい?」
「あんったは…!」

質問に質問返しすると、青峰は叫んだ。下校中の生徒がちらちらとこちらを見る。だが青峰の剣幕に、そそくさと逃げるように歩を早めた。本当に高校生だろうか、目力が凄い。

「私は、君を独占したいと思ってる」

青峰はぐっと黙り込んだ。
は静かにそう言った。青峰に聞こえるだけの大きさで。青峰は汗を流した。恐い、に対して純粋にそう思った。握りしめた手がじわりと湿る。

「あのときの答え、聞きたいよね?」
「こた、え?」

青峰がじりと後退った。

さん、俺、バスケ好きなのか分からなくなった。アンタなら、俺を満足させてくれる。なぁ、そうだろ?』

「ああ。私はね、君と仲良くバスケをするつもりはないんだよ」

青峰は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。は優しい笑みを見せている。それが青峰には余計に恐かった。

「そのうち、君を倒してくれる奴なんて出てくるよ。きっといっぱいね。だからさ、私はそんなその他大勢なんて嫌だ」
「だから、…俺はどうすればいんだよ…」

青峰はか細い声を絞り出した。ぽつりと呟かれた声に、は溜息を吐いた。

「俺の想いを受け入れてくれるか、受け入れてくれないか、答えが欲しい」

ははっきりとそう言った。

「…俺、あの時と、違う、けど」
「違う?」

が聞き返すと、叱られている子供のような表情で、青峰は立ちすくんだ。そしてたどたどしく言葉を紡ぐ。

「アンタの知ってる、俺じゃない…もう、バスケに夢持てないし…」
「うん」

(その割に、まだバスケにしがみついてんじゃんか…)

は心の中で悪態を吐いた。

「じゃあさ、大輝君は私のこと、どう思った?」
「どう、って…」
「あの頃と一緒?」

は首を傾げて尋ねる。青峰は怯えを隠すように平常心を装った。内心は逃げ出したいと思っていた。だが体が言うことを聞かない。

「違うだろ?優しいお兄さんはもう辞めたんだ。そんなんじゃ、君は分からないんだって、知ったから」

はにっこりと笑う。

「俺だって…!アンタのこと!…先に消えたのはアンタだろ」

青峰は叫んだ。それを制すようにはじっと青峰を見た。睨んだわけではなかったが、青峰は怯んだ。

「お、俺が悪いのかよ…」

青峰の唇がぶるぶると震えた。

「うん、俺悪くないよ」
「性格悪ぃ…」
「知ってるけど」
「最低だ」
「うん」

は青峰の言葉に即答する。青峰は怒りに震えた。全てを自分のせいだと言われているようで釈然としなかった。だが何を言ってもには通じないのだと思うと、何も言えなかった。

「……時間、欲しい…」
「永くは待たないけど」
「ああ…」

こんな最低な人間放っておけば良いと思いながら、青峰は答えを先延ばしにした。時間を得て、自分は何を考えるのかと頭の中では批判した。それでもそう答えていた。

「良いよ。少しくらいは待ってあげる。でも俺、すぐ可愛い子目で追っちゃうし、セクハラするし、タイミングが合えば襲うし、セクハラは俺のアイデンティティだと思ってる!」

元気いっぱい力いっぱい言った。拳を握って。

「…さんって最低…」

青峰はげんなりした顔で言い放つ。だがはへこたれない。

「最低上等。俺は好きなように生きる!」

何せ、何度目かの人生だ。本当に人間だった最初だけは頑張って我慢して社会の歯車になって齷齪と働いて、我慢して我慢して、荒波に揉まれたのだ。死んで力を得て、なぜ我慢しなければならないのか。ルールは守る、倫理観を欠落させてはならない。しかし法に則って、その上で好き勝手するのに躊躇などする必要は無い。
は常にそう自分に言い聞かせている。実際口だけで案外臆病奥手真面目なので、やはり社会の歯車感は拭えない。

本当に最低な男だと青峰は思った。だがどうしても嫌いになれないとも思った。それはこうやって悪ぶって言うが、実際人を傷つけることなど出来ない小さい人間だと知っているからだ。

「ちょ…言いつつ、尻触んな!」

青峰はするすると尻を撫でるの手を掴んだ。だが空いた手で、今度は腰を撫でた。

「えー…!じゃあ腰」
「っ…!腰も駄目!」

わなわなと震え、青峰は腰を撫でる手を叩き落とした。

「じゃあどこなら良いのさー」
「ど、何処も駄目…」

そっぽを向いて青峰は言う。その様にきゅんときて、はにやける口を手で隠した。

「…大輝君は私を呷ってどうするつもりなの?襲ってってサイン?」
「違う!」
「うひひ」

青峰は頭は悪いが、虚けではない。の一人称が不自然に「俺」になるときは、何かを演じているときだ。こうやって焚きつける言い方をするが、本来という人は奥手で臆病で、人に気を遣う、そんな普通の人なのだ。



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