ちゃぁん」

心操と二人、しみじみと良い感じの余韻を味わっていたところだった。バタン、と大きな音を立てて控え室の戸が開かれた。

「え、何何、何ですかその手」

犬山は前に差し出した腕をくねくねとくねらせて、に助けを求めた。も真似をしてくねくねと腕を振る。彼女風の「ちょっと奥さん聞いて」というポーズだと解釈した。

「あらしが、きた」
「ああ、行きます」
「ごめんねぇ」

お弁当はまだ最後まで食べきれていない。しかしもう続きを食べる気にもなれなかった。

「あの、先生」
「はい」

呼び止められ、は振り返った。

「また、話、…しに来てもいいですか」
「どうぞ、図書室は大体いつも開いてますよ」

そう言い残し、は走って行った。



「…嵐って、何ですか」
「…発、目さんって分かるぅ?」
「ああ、嵐…」
「はい、嵐です」

犬山はうんうんと頷いている。彼女は立っているのだが、身長が小さいので、座っている心操の眼前に彼女の胸があった。視線を逸らし、立ち上がる。顔を合わせようと視線を下ろすと、乳まで視界に入るので、結局彼は目を逸らした。

「…犬山先生は…先生の会社、知ってますか」
「ええ。彼女が来る前に、粗方調べたもの」

心操はその真意を見極めるために、声を掛けようとした。意図を持って。

「あのねぇ、」

しかし、長閑な声がそれを遮った。

「…はい」
「オールマイト先生が、赴任されると聞いて、賛成する人も居れば、しない人もいたわ。だって、リスクを抱えるということだもの…だから、同じ時期に決まったあの子を、警戒しないわけ無いわ」
「はい…でも、」
「大丈夫。分かってるのよぉ。貴方よりも。すっと一緒にいるもの。良い子よ」

ほんの少し話しただけだが、心操にもという女に害があるとは思えなかった。良い人かと言われると「分からない」と答えるだろうが、ならば悪人かと問われれば「それは、」と口篭る程度には無害だと言える。

勿論が敵の組織と?がっているなどと言うことは全く無い。本人も恐らくは少しは疑われているかもしれないとは思っている。知らぬ存ぜぬと他人の感情の機微に物凄く疎いというわけではないのだ。

「実績のある会社よ。部門が別れていてね。一般企業への派遣を担っているところと、敵相手、…警察やヒーロー事務所に派遣する部署とあって、どちらにせよ彼女の慕う父親なのだから、きっと良い人なのね」
「はい、…」

商売をやっている人間からすると、そこそこ名の知れた派遣会社だ。しかし将来の目標があって雄英を選んだのだとしても、学生の身で知りうる会社でもない。どれほど将来の展望のある生徒が集まる学校と言えども、同じだ。

因みにが所属させられているのは企業向け部門なので、ヒーローと面識はほぼ無い。裏話に精通もしていないので、オールマイトのトゥルーフォームのことも一切知らされていない。
体育祭のときに彼女に話し掛けたのはオールマイトだったのだが。彼はが知っていると勘違いしていた。途中で気付き、逃げたのはその為だ。



心操と犬山が自分の話をしているなどとは思って居ないは、目の前の嵐、発目明と向き合っていた。

「あ」

は思わず声を上げた。昼休みで騒がしかったので、彼女の声を聞いた者はいない。目の前の発目も、自分の研究のことを図面を開いてにペラペラと自慢しているので、気付かなかったようだ。
赤と白の目立つ髪色は、見間違いようもない。うろうろとして、検索機器をいじって、首を傾げた後、立ち去ってしまった。利用案内もの仕事だが、今は手が離せない。轟ガチ勢の犬山も今は中に引っ込んでいる。タイミングが悪い。まさか端末の使い方が分からなかった訳でもあるまい。スマホを使う若者なら、初見でも分かるようなものだ。

「聞いてますか!?」

と指摘されてしまえば、もう彼を気にする余裕は無い。

「聞いてるよ、大丈夫。で、ここの改造をするのに、どんな機構にするか悩んでるんだよね。こんな感じの動き?が欲しい、っていうんだから…えーっと、この辺の資料とかどうだろ。機械じゃないけど、これの動きなんか参考になるんじゃないかな」
「あー、良いですねぇ!!」

そういえば、エンデヴァーは奥さんに花を持って行っただろうか、とふと思った。彼は忙しい身だ。NO.2を維持し続けるのは大変だろう。1位になりたくて頑張っているのだろうが。事件解決数ならばトップだと言うのだから、恐れ入る。口では彼を非難するが、致し方ないという思いも確かにある。働くというのは大変なことだと、は社会人になって身を持って知った。家事だって十分に重労働だが、彼の場合は並みの勤務ではない。誰も真似できやしない。

「この本とか、も、かな」
「わぁ、ありがとうございます!」

と、言いながら、発目はガリガリと何やら書き起こしている。インスピレーションを受けて、案が次から次に出てきているようだ。定規とペンでざかざかと図面が出来ていくさまは、見ていて楽しい。じっとその様子を見ていると、突然彼女は顔を上げた。

「先生って、こういうの好きですか!?」
「え、ああ、ごめん、視線うるさかった?」
「違います!!なんか興味持ってくれるの嬉しくて!褒めても良いんですよ!」

思わず笑みが零れた。

「発目さんが凄いのは知ってるよ」

もう少し周りを顧みたほうが良いと思っているだけで。
しかし世界を支える人間などきっとこんなものだ。技術者も営業も販売員も、研究者も医者も警察官も消防員も、そしてヒーローも。こういうワーカホリックの上に成り立っている。そう考えると、やはり彼ばかりを責めてもいられない。



「あ、予鈴だね。この本、借りていく?」
「返しに来るの面倒なので良いです!」
「あ、そう…」

は肩を落とした。
彼女はと話がしたいだけなのだ。はうんうんと適当に相槌を打っているだけだ。仕事上仕方なく。それでも前に座って話を聞いてくれると言うだけで、発目にとっては貴重な存在なのである。
が手を振ると、発目はぶんぶんと手を振って走り去っていった。

「ほんと嵐だなぁ…」
「そうねぇ」
「わ、びっくりした」
「本当にビックリしてる?」
「してます、けど…テンションおかしくないですか?」
「しょーとくんの匂いがする!!」

予鈴が鳴ると、皆一斉に図書館を後にする。すでにこの室内にはと彼女しかいなかった。

「う、わぁぁああん、タイミング悪いのぉ!」

地団太を踏む。とてつもない感情表現である。ブラジャーだけでは支えきれない胸がふるふると揺れている。

「そうですねぇ…また会えますよ」

今度はに抱き着いてわんわん泣きだした。胸の辺りが彼女の涙で冷たい。は彼女のぽんぽんとふわりとした毛並みの髪を撫でた。
やはりこれだけ人を好きになれるというのは羨ましいかもしれない、そう思った。


****


「わ」

学校からの帰り、家がもう数100メートルというところ。見慣れた背中を見つけた。の声に気付き、男、エンデヴァーは振り返った。

「…体育祭の日以来だな」
「はい。こんにちは、こんばんは?です」

は乗っていた自転車を降り、並ぶ。
彼は身長が高く恰幅が良いのだが、いつもの身を纏う炎が無いので誰も気付かない。もっと奇抜な姿の者がいるので、そこまで目立つでもない。

「…私服、です?」
「ああ」

休日のお父さんスタイルだ。ときめいていない、別にときめいていない。そう言い聞かせ、足をせかせかと動かす。歩幅が違うのだ。

「この辺歩いてるの珍しいですね」
「ああ」

会話が続かない。そのことを不思議に思った。口数が多い方ではないけれども、沈黙も珍しい。には色々といつも話し掛けてくれるのだが。

「…えっと、今日息子くん図書室で見ましたよ」
「そうか」

はぽかんと口を開けた。あれほどご執心の息子の話題に食いついてこない。槍でも降るのではないかと失礼なことを考えた。

「…なにかありました?というか、こっち方向で良いですか?」

何とはなしに二人は並んで歩いていた。の家に向かう方向に。

「…お前の家、花屋だっただろ」
「へ?はい、そうで、ああ、はい」

彼が実行に移すとは思わなかった。ビジネスパートナー、よりはもう少し仲が良いくらいの相手の娘の言葉を、彼が聞くなんて思いもしない。

確かにの母は花屋を営んでいる。彼女の個性は「庭師」、植物に関する能力である。が数ある使える能力の中で、植物関連にしたのは、母からの遺伝だと思わせるためだ。

「丁度良かった、お前選べ」

はむっとした。しかし目上の男が物を頼む時と言うのはこんなものだろうと思いなおした。父親が対等に話すので、も同列の関係として見ていたが、あくまでも一社員のと取引先の社長さんだ。

「どうした」
「なんでも、ないです」

言ってみろ、と彼の目が訴えている。

「あの…」
「気を悪くしたのか」
「…いえ、」
「そうか」
「はい、え違います。思って無いです。勝手に納得しないでください」
「どうすれば良かったと思う」
「え」

どっちの話か。に対しての態度か、家族に対しての話か。

「それ、は、えっと、今の話です、か?」
「いや、…」

エンデヴァーは何かを言おうとして、しかし口を噤んだ。
家族のことを尋ねられているのだということは分かった。
私に聞くのか?とは疑問に思った。こうやって並んで歩いているが、腹を割って話せる相手ではない。は一応は最低限の礼儀を持って話しているし、彼の家庭に突っ込んでいく気もない。彼と会話するにあたって、できる話が彼の家族のことしかないだけだ。それも社交辞令程度に。踏み込むつもりはない。

「悪い。忘れてくれ」

はく、との口が戦慄いた。これはきっと口を出すべきだと判断した。意見を求めている。唯我独尊の彼が。

「…エンデヴァーさんが!…忙しいの知ってます。あれだけ活躍して、家族のことまで、するのは大変だなって、思います」
「そうか」
「…はい。でも、自分の蒔いた種でもあるんで、いえ、あんまり詳しく知らないんですけど、だから、向き合おうって、そういう気持ちは、いると思います」
「ああ」

個性故かほかほかと暖かい手が頭に置かれる。こういうことを息子にも小さいときからしていれば違ったのでは。といつもはもどかしい気持ちになるのだ。今頭撫で撫でを実行したならば、いかにも思春期真っ盛りの彼では逆効果だろうが。

「花のことだが、頼む」
「はい!あ、言ってるうちに、着きましたね!狭いとこですけど、どうぞ」

従業員は母とあと二人の社員。とは挨拶する程度だ。店は敷地が狭いわけではない。物が多いのだ。

「お母さん、お客さーん」
「おかえり、いらっしゃいませ」
「どうも」

普通に挨拶してる!と、にとってはカルチャーショックだった。
挨拶以降言葉が交わされない。完全にに任せるつもりらしい。

「えっと、お見舞いの花、束!金に糸目は付けないそうです」

エンデヴァーにどつかれる。彼は軽く小突いたつもりだろうが、の身体は大袈裟に揺れた。

「ケ、ケチっちゃだめですよ」

いつも花の一本でもと言っているので、彼はそのつもりだった。チッと舌打ちした。金が惜しい訳ではない。が勝手に言ったことが気に入らなかったのだ。

「あらあら、うちの娘商売上手でしょ」

からからと母は笑った。

「…それで構いません…」

こんなところで金を渋ったとバレては、多方面に示しがつかない。

「花、どうしましょう」
「おまかせで」
「はい。畏まりました」
「赤、オレンジ、黄なしで。包装も」

は澱みなく言った。母はぱちぱちと目を瞬かせた。

「それで良かったですか?」
「…はい」

の母が上目遣いに尋ねると、エンデヴァーはもう何でも良いというような脱力感を持って言った。

「ありがとうございます。じゃあ、準備しますね。もし良かったら、」

母が示した場所、店の一角に椅子と机が設けられている。ハーブティを無料で1杯提供しているのだ。この店は生花だけでなく、クッキーやハーブティ、それにハーバリウムなどのインテリア小物なども販売している。元々母の仲良し友達がそれぞれの好きなものを販売しようと集まったところだ。花を売りたい母と、自然食品を売りたい人、小物を売りたい人、三人だ。



「なんであの色だったんだ」
「火の色です。あ、これ私の奢りです…」

クッキーを一袋、ざらざらと小皿に開けた。エンデヴァーが顔を顰めたのを、は見逃さなかった。見舞いに行って追い返されたにも関わらず、彼は彼女が何故入院に至るまでになったのか本質的には分かっていないようだ。

「食事制限とかしてないですよね?」
「ああ、貰おう」

そこはありがとうって言うんですよ、と言おうと思った。さすがに気安いかと止めた。
すると無言になってしまった。

「…あの、変なこと、聞いても良いですか」
「なんだ」
「家族、と仲良くなりたいんですか」

言外に今更ですか、と含ませた。妻に対しての罪悪感というのなら、もう少し早く行動に移せただろう。家族との関係を修復をしたいにしても、そうだ。

「それを聞いてどうする」
「世間話です」
「そんな突っ込んだ世間話があるか」

と、エンデヴァーはぶすっとした顔で切り返した。
先に聞いてきたのはそちらなのに、と釈然としない気持ちだ。

「…焦凍は、どうしている」
「…なんというか、角が、とれた感じはします」

というのは犬山談だ。図書室で見かけはしたが、表情までは見ていない。そもそもそれほど興味があるわけでもない。彼女が逐一報告してくるので、知っているだけだ。

「今度の職業体験、指名した」
「凄い数だったって、聞いてます」
「そんなことまで知っているのか」
「私の先輩が彼のファンなんですよ。顔良いですもん。奥さん似ですよねぇ?美人なんですか?」
「ああ、そうだな」

思わずは立ち上がってしまう。

「え、えええ」
「なんだ」
「そ、そんな感じ?ですか?」
「俺が選んだ女だぞ」

すとんと椅子に腰を下ろす。気持ちを落ち着けるためにハーブティを飲んだ。

「完全個性しか見ていないのかと…なんだ、結局好きで結婚申し込んだんじゃないですか…釣った、魚にはエサをやらないタイプですか?だめですよぉ、それじゃ…」
「ふん」

照れ隠しか、余計なお世話という抗議か。エンデヴァーは軽くあしらった。
これは面白いことになった、とは根掘り葉掘り聞こうとしたのだ。しかしタイムリミット。花束が完成してしまった。


**


はその日生きていて良かった、と心底思ったのだ。

「今度ヒーロー名考えてもらうの、参考になりそうなもの探しといてもらえるかしら」
「は、はい!」

麗しい。肌は綺麗だし、髪はつやつや。スタイルは言わずもがな。しかも良い匂いだ。格好良くて美人なのに可愛いだなんてけしからん、とは常に思っている。
ミッドナイトが手を伸ばせば届くところにいる。精巧なフィギュアを穴が空くのではないかと言うほどに見つめた、その芸術品のような肢体が目の前にある。

「あ、えと、いつまでに、あと、んと、どこに持って行けば良いですか?」
「あら、運んでくれるの?ありがとう」

ミッドナイトはにかっと笑った。
うひょあぁぁぁ!合点承知。可愛いぃぃぃと、の心の中は狂喜乱舞だ。なんならガッツポーズをして身体を限界まで反らせて叫びだしたいくらいの興奮だ。

「そうねぇ、職員室に持ってきてもらおうかしら。明日なんだけど用意できる?」
「はい。頑張ります。何冊くらいあると良いですかね」
「んー…そうねぇ、結構例年決めてきてる子もいるから、5、6冊あればいいかな」
「はい、分、っかりました」

メモに書きながら、返事をする。目線を下げているので、視線の端にミッドナイトの腹が見える。引き締まった綺麗なライン。うっすら割れているのが分かる。

「お願いね」
「はい!」

踵を返し、ミッドナイトは去っていく。はじっと彼女の後姿を見ていた。歩き方も美人だ。彼女が扉の前で振り向いて、ふりふりと手を振った。も夢見心地で振り替えした。

「…ちゃん、凄いテンションだったね」

横での仕事を見ていた犬山が、ミッドナイトが部屋を出たのを見届けて口を開いた。

「あんなに高い声初めて聞いたわぁ。まぁ、普通の人の普通のテンションくらいだったけどねぇ」
「えへへ、話しちゃいましたぁ」

その表情を見て、犬山は背伸びをしての頭をよしよしと撫でた。

「嬉しいよねぇ、分かるよぉ」

のことを知らない人からすれば、ごく普通の対応でまさかファンだとは思わない。普段を知る者からしたら、彼女は十分に浮かれていた。

「あ、ヒーロー名って自分で考えるんですね。通り名とかだと思ってました」
「そうねぇ、大体は自分で考えるらしいわぁ。稀に他の人に考えてもらう人とかもいるみたいだけどね」
「へぇ…」

エンデヴァーも自分で付けたのか?と思うと、少しウケた。

「ヒーロー名だけどねぇ」
「はい」
「決まったら、うちの目録にも入れるからねぇ。それはちゃんに任せるねぇ」
「はい!頑張ります!」
「うふふ、打ち込むだけよぉ。気楽にねぇ」



「万人にウケるキャッチフレーズの作り方」「名付けの極意」「ヒーロー名前全集」といった本7冊をは黒い中身の見えない貸し出し袋に入れて職員室にやってきていた。

「失礼しまぁ…ーす」

きょろきょろと見回すが、ミッドナイトの姿はなかった。どうしようかと思っていると、見知った人がいた。出勤時間が被っていて、必ず挨拶する先生だ。名前は知らない。

「あのぉ…」

話し掛けると、のっそりとの方を見た。いつも気だるげ、街で会えば変質者かという様相だ。しかしこの職員室にいる教師は皆ヒーローなので、勿論彼もヒーローなのだ。敵のような見目のヒーローもいるので、人は見かけによらない。A組の担任、相澤消太のことである。

「ミッドナイト先生に頼まれて、本持って来ました」
「ああ、うちのヒーロー名決めの資料ですね。預かります」
「ありがとうございます」

それに話してみれば気さくなお兄さんなのだ。

「あ、先生、ちょっと待ってください」
「え?はい」

ミッドナイトがいないならば長居は無用と、退室しようとしたときだ。呼び止められた。

「すみません、」

と、ちらりとを見て、すぐに職員室の入り口に目を向けた。

「轟、入って来い」

おお本物だと、物珍しそうに見ていたのが悪かった。轟が首をこてんと傾げて「あの」と話し掛けてきた。

「え、いや、すみません。縁起の良いカラーリングだなと。逆だったら、まさに紅、白ってかんじで、…いえ、すみません。不躾に見てしまって」

轟はふるふると首を振った。

「えー…こいつ知ってます?」
「はい、流石に。…あれです、体育祭、二位だった人!」

エンデヴァーの息子!と答えてしまいそうになるのをぐっと堪えた。絶対に機嫌が悪くなるのは分かっていた。いや、今も悪くなっている。二位と言われたのが癪に障ったようである。思春期ボーイは取り扱いが難しい。これはエンデヴァーでなくとも、だ。
じゃあ説明は省きます、と相澤は轟に向き合った。

「お前な、図書室で調べて貰えっていっただろ」
「行きました…」

それで来ていたのかと納得した。ヒーロー科の生徒はあまり図書室を利用しない。それなのに何故、と思っていたのだ。
相澤がに聞きたかったのは、が彼を知っているかでなく、彼が図書室を利用したか、だ。

「行って帰ってくるだけじゃだめなの…分かるよな?」
「調べて帰ってきた」

相澤は頭を抱えたい気持ちになった。それはにも伝わってきた。推薦入学と言うのだから頭は良いのだろうが、それを凌駕する天然っぷりである。
当事者でないので面白がってしまえば良かったのだが、相澤のHPがゴリゴリ削られているのが分かり、同情の方に傾いた。

「あの、」

相澤はに顔を向けた。

「すみません、彼ちゃんと来てました、けど、私も先輩も手離せなくて…、それで、はじめて来た生徒さんにはちゃんと図書館の利用の仕方、教えるのも私たちの仕事、なんですけど、すみません、すぐにフォローに入れなくて…」

相澤は何とも言えない気持ちになった。に気を遣わせたことにだ。
は、大丈夫かなと轟と相澤を交互に見る。

「…轟、うちのスタッフは優秀だ」

私は除外してください、と心の中で一人気まずい気持ちを味わう。

「お前の個性は特殊だ。その個性について俺たちがアドバイスできることは少ない。だが、この人たちなら、自分の知識だけでなく、情報や資料を集めてくれる。利用しない手はない」

うんうんとは頷いた。

「そうなんですか」

と、轟はに尋ねた。険のない、以前が見たときより幾分あどけない表情だ。

「私はまだペーペーですけど、先輩、犬山先生はスペシャリストです。彼女ならきっと、なにか手がかりやきっかけになるようなこと、ちゃんと調べてくれますよ!」

これでもかと犬山を宣伝しておく。
彼女がファンだということを除いても、には荷の重い話だ。“個性”は千差万別、アプローチの仕方も星の数ほど。犬山に任せるのが得策だ。

「今度、また時間のあるときに来てください。精一杯、お役に立てるように、頑張ります」

はぺこりとお辞儀をして、二人に背を向けた。犬山に報告だ。近いうちにしょーとくん来てくれますよ、と。多分次はちゃんと声を掛けてくれるはずである。



「轟、これ教室に持って行ってくれ。次の授業で使う」
「はい」

轟は何とはなしに、袋に手を掛けた。持ち上がらない。いや、轟にすれば重いものではない。が、予想外の重さだったのだ。

「それ先生が軽々持ってきたやつだぞ」
「持てます。重くないです。ちょっと思ったより重かっただけです」

相澤はそんな轟の言い訳に、ため息を吐いた。ヒーローを目指す者など、皆負けず嫌いだ。

「…あの人、」
「どうかしたか」
「体育祭のときに軽々俺のこと背負って、リカバリーガールの所まで連れて行ってくれた、人だと思うんですけど、そういう“個性”ですか」
「いや、知らないな」
「…そうですか」
「助けてくれた人の顔は覚えとけよ。ヒーローは人間関係大切だからな」
「…顔、あんま見てないです…」
「じゃあなんで今分かったんだ…まぁ、いいか…」

轟の要領を得ない会話に嫌気がさしていた。合理的でない。しかし相澤は先ほど校長に「生徒とのコミュニケーションは必要だと思う」と言われたばかりだった。これでも頑張って会話を続けたほうだ。
暫くの沈黙の後、轟は首を振った。

「なんでもないです…今度から気を付けます…」
「そうか…それ、頼んだぞ」
「はい…」


轟は職員室を出て暫く歩いた後、廊下の壁に頭を打ち付けた。周りにいた生徒は訝しげに見るが、すぐに興味を失う。

轟の心臓は五月蝿いくらいに鳴っていた。頬がほたほたと熱くなっていく。
なぜ彼女が体育祭のときの女性だと分かったか。轟は答えようと思って、しかし咄嗟に口を噤んだ。

理由があまりにも変態くさいと思ったからだ。
負ぶわれたときにふわりと薫った甘い匂いが一緒だった、とは言えようもない。
ヒーロー科の女子と違って鍛えていない女性特有の柔らかさと、シャンプーの匂い、そしてそれとは別に微かに花の香りがした。負けた悔しさと相俟って、轟の記憶の中に強烈な印象として植え付けられていた。






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