美人な日
「さっき、美人とぶつかったんだけど!今日は一日良い日になりそう!」
は教室に入って来るなりそう言った。黄瀬は首を傾げた。
「美人?」
「そう!渡り廊下を抜けた曲がり角のところで!」
「へぇ、どんな人か見たいっスね」
黄瀬はさして興味もなかったが、そう言った。だが、は意外なことを言った。
「ん?黄瀬君の知ってる人だと思うよ?」
「え?誰?」
黄瀬は顔を上げた。立っているの顔を見るためには、流石に見上げなければならない。
「知らない。でも、この前のバスケ試合出てた」
黄瀬は、一瞬の言葉が理解できなかった。
「…………………男?」
黄瀬がおずおず尋ねると、はあっけらかんと言った。
「そうだよ?ああ、女だと思って聞いてた?」
「だって、美人って言うから」
「男の人でも美人は美人だよぉ」
黄瀬はそんな人がいたかどうか、バスケ部のレギュラーを思い返した。笠松とは面識がある。消去法で一人残ったが、あれを美人というのか些か疑問だった。
「黄瀬君も美人だと思うよ」
「俺もっスか…。つまりイケメンってこと?」
「あ、自分で言っちゃう、言っちゃうんだねまぁ仕方ないか、どう見てもイケメンだもんな…確かに…顔だけ見れば王子様…………いや、こんなにチャラそうじゃないか…」
ふぅ、とはわざとらしく溜息を吐いた。
「え!?俺、チャラそうっスか!?」
「うん」
「即答だし…!」
黄瀬がの言葉に噛みつく。
「髪とか?」
「地毛っスよ!」
「え!?地毛なん!?」
は黄瀬に迫る。黄瀬はたじろいで、後ろにのけぞった。不安げにを見つめて、黄瀬は「そうっスよ?」と言った。
「天然金髪…」
はそんな黄瀬の様子を気にせず、呟いた。
(触りたい…やっぱり天然の金髪はふわふわなのか!?ふわふわなんだよね!?)
「手がやらしいっス!」
は無意識に手をわきわきさせた。
(触らせてって、言ってもいいのかな、いやでも男の子の髪を触るなんて…駄目?駄目だよな、常識的に考えて!)
「どうしたんスか?」
(あー!でも触りたい…!)
「さん?」
黄瀬が様子のおかしいを覗き込む。
「あの…」
意を決したように、話しかけてきたに、黄瀬は首を傾げた。
「はい?」
「いや、なんでも無いです…あー、いや、黄瀬君!」
「は、はい」
の鬼気迫る様子に、黄瀬は居住まいを正した。
「髪を触らせてください…」
はにやけ顔を隠すように、顔を背けて言った。
「良いっスよ?」
「え?良いの!?」
意外そうな声を出して、は黄瀬を見た。
「別に減るもんじゃないし」
「じゃ、じゃあ…」
恐る恐る、は黄瀬の頭に触れた。
(ふわぁぁ…気持ちいい…何これ、ふわふわ…ふわふわしとるやんけ!)
撫でたり、掻き混ぜたり、両手で黄瀬の神を堪能する。黄瀬はくすぐったくなり、の名を呼んだ。
「はっ…!ごめん、つい気持ち良くて…」
「別に良いっスけど…」
はぱっと手を離した。黄瀬は手櫛で髪を整える。
「男の人に美人とか、禁句っスよ」
「え、なんで?」
「んー…やっぱ男の子は格好良いって言われたいっス」
「ふぅん?」
黄瀬の言葉に、はそう言う物なのか、と思った。
「でも、なんか格好良いとは違うんだよなー…バスケしてるときは格好良い!って思うけど…でも今はどちらかというと、美人だなって思う」
「森山先輩が?」
は不思議そうな顔をした。
「ん?誰?黄瀬君のことだけど」
「え!?俺の話になってたんスか!?」
「え?そうだけど…」
何を言っているのだ、とは怪訝な顔で黄瀬を見た。
「へ〜……」
バスケをしているときが格好良いと言われ、黄瀬はくすぐったかった。
「今日ぶつかった人って森山さんって言うんだね」
「……………………多分…」
再び、バスケ部員の顔を思い出していき、美人分類ができる顔が森山だけであることを確かめた。
「良い匂いだった」
「匂い嗅いだんスか!?」
「いや、だって抱き留めてくれたから…だって、男子バスケ部員だよ!?真っ正面からぶつかったら吹っ飛ぶよ!」
「で、吹っ飛んだところを引き寄せられたんスね」
「うん」
は何でも無いような言い方で、事実を述べていく。
「で、落ちちゃったんスか?」
「落ち?ん?」
「だから、恋に落ちちゃったんスかって、聞いてるんスよ」
「いや別に」
は首を振り、さらに手を振って、「ないない」と否定した。
「えー…なんで…」
「なんでって…知らない人だし」
「こう、なんかあるっしょ」
「ん?何が?」
「……………さん、変なとこ天然っスね」
「ん?」
**
「そういえば、今日女の子とぶつかったっスか?」
「え?」
タオルで汗を拭う森山が、黄瀬の声に振り返った。
「渡り廊下の角で」
「あ〜…ああ、ぶつかったな。女の子がペンギンみたいにてこてこ走ってきたんだよ」
森山が記憶を遡り、顔を必死に思い出していたが、ふと気付いた。
「…って、なんで知ってるんだ?」
「ああ、いや、さんが教室入ってきて開口一番『美人とぶつかった、今日は一日良い日になりそう!』って言ってて…」
森山はその話を聞いて、引っかかったことがあった。
「黄瀬…美人で俺を思い浮かべたのか?そうなのか!?」
「違うっスよ!」
森山はずざっと黄瀬から距離を取った。黄瀬はそれを必死に否定する。
「さんが、バスケの試合出てたって言うし、さんが見に来た試合で、出てた人の中から消去法で!」
黄瀬は力一杯言った。森山はなるほどと納得し、朝の出来事を細かく思い出そうとした。
「美人、ねぇ…言われたことねぇな、流石に。ふぅん、あれが噂の『さん』かぁ…想像してたのと違った、かな」
森山は、の姿や様子を思い浮かべ、首を傾げた。どうしても、黄瀬や笠松が言う少女とはかけ離れていた。
「どんなの想像してたんスか…」
黄瀬はげんなりした顔で、森山に尋ねた。
「もっと気の強い子だと思ってた」
「気、強いっス」
の普段の様子を思い浮かべても、どうイメージが違うのか、黄瀬には分からなかった。
「んー…いや、あのペンギン走りが印象的で、なんか小動物みたいな感じ」
「ペンギン…まぁ、はい、そう、ですね。そんな走り方してますね…」
ペタペタと、いかにも運動ができなさそうな走り方で走る。だが、その走り方にしては、割と速いのである。
「ペンギン…イメージがこんがらがってきたな…俺も早々にさんを見ないと、イメージが凄いことになりそうだ」
小堀が、顎に手を当てて、苦笑した。
「さんは、見せ物じゃないっスよ」
黄瀬は心外だ、と頬を膨らませた。
「けど、この一匹狼を手懐けた女の子なんて気になるだろう、なぁ、早川」
「そうっすねっ!」
黄瀬は一瞬自分を指す言葉だと分からなかった。だが、皆が黄瀬を見るので、黄瀬は気付いた。
「なんスか!一匹狼って!」
「小堀、上手い!」
「森山先輩!?」
小堀の表現に、森山は納得した。
「だって、お前入ってきたばっかのとき、誰にも心開かなかったじゃ…ああ、いや、笠松には比較的懐いてたか」
「べ、別に今だって懐いてる訳じゃ…そ!ん敬はしてますけど!」
黄瀬はしどろもどろで、弁解する。
「へぇ」
「なんスか!」
「お前って意外と分かりやすい奴だな」
よしよしと、小堀は黄瀬の頭を撫でた。黄瀬は、キーと奇声を上げるが、皆に笑われるばかりだ。
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