子供ですから





さん、しばらくここ任せるわねぇ」

そんな簡単にこの城を明け渡してはいけないと思います、そうは心の中で思いつつ、にっこりと笑った。

「はい、いってらっしゃいです」

そして、誰もいない保健室で、はぼんやりと壁を見ていた。

「失っいしますっ!!」
「ふわっ!!」

とつぜん扉が開き、あまりにも大きな声で入ってきたので、の体はまるで漫画のように跳ねた。一瞬体が椅子から浮いた。

「あぇ?先生は?」
「え?あ、の…今席外してます…」

心臓を押さえ、深呼吸をする。段々心音が穏やかになっていく。

「保険委員の人?」
「え?いえ…一般…の……生徒です…が…」

たどたどしく、は答えた。男のまん丸な目が、少し怖い。

「どうかされましたか?」
「怪我した!」
「あ、じゃあ処置しますね」
「ん!」

青年の膝小僧が真っ赤に染まっていた。それを湿らせた脱脂綿で拭っていく。

「んぅ…」
「痛いですよね、我慢してくださいね」

こくこくと頷く。

「消毒液は、最近正常な組織も壊すとかで、今は使ってないんですよ」
「へー…」

は脱脂綿を捨て、もう一度脱脂綿で拭っていく。汚れていたのが綺麗になり、患部が見えてきた。血がまだ止まっていない。

「血が結構出てるので、絆創膏はつけときますね」
「うん」
「はい、これで大丈夫だと思います」

大きめの正方形の絆創膏をぴたりと貼った。

「あっがとっ!」
「いえいえ、」
「一年なのに、しっかりしてんなっ!」

学年毎にスリッパの色が違う。それを見て、が一年だと分かったらしかった。

男はにっこりと笑った。は人懐っこそうな人だ、と思った。同時にどこかで会った気がしていたが、どこだったか思い出せない。

「そうですか?ありがとうございます。あ、処置した人は、名前の記入をして貰うんです」

紙をはさんだバインダーを差し出すと、短い返事と共に、男は受け取った。さらさらと書いて、に返した。

「ん」


2年 早川 充洋


「字、綺麗ですね…」
「ん〜?そう?」

紙に書かれた字は、見た目とは裏腹、とても綺麗な字だった。

「はい。私の友人なんて、顔は整ってるのに、字はブサイクなんです」
「友達?」
「ああ、はい。黄瀬君です」

は、バインダーを元の位置に戻そうと立ち上がった。パタパタと駈ける。早川はその様子を見て、気が付いた。

「もしかして、さん?」
「え?」

は、振り返った。

「おっ、バスケ部」

も思い出した。バスケ部の二年に「ラ行」が聞き取りにくい先輩がいるのだと、黄瀬が言っていたことを。

「えっと、黄瀬君がいつもお世話になってます?」
「そうっ!世話してんの!」

がそう言うと、早川は大きな声で答えた。

「早川先輩は、ポジションは何処なんですか?………聞いても分からないかもしれませんが…」
「パワーフォワード…って分かぅ?」
「あ、はい、えーっと、リバウンド?取る人」
「そうっ!」

ぱぁ、と早川の表情が明るくなった。

「あと、ゴール下で点入れるんです、よ、ね?」
「そうそう!」
「勉強したんです。基本的なルールしか知らなくて…でも、友達が頑張ってるし、話できるように、」
「そっか」

早川は、自分の弟たちにするようにの頭を撫でた。はびくりと体を跳ねさせた。

「わっ!ごめんっ!!おっ、とうとたちにするみたいにっ!」
「あ、えと、大丈夫ですよ」
「ホントごめんっ!」

ぱん、と顔の前で両手を会わせ、平謝りする早川に、は対応に困った。

「はい、本当に大丈夫ですから」

は立ち上がり、早川をどうどうとなだめる。

さん」
「はい?」

早川がばっと顔を上げた。

「黄瀬って、どんな奴?」
「え?」
「………なんか、黄瀬にどう接して良いか分かないっ!っていうか…っ。あいつっ生意気だっしっ」

早川は頭を掻いて、項垂れる。

「そう、ですね…じゃあ、……」



**



「黄瀬ナイッシュー」
「っス」

同級生が、黄瀬にエールを送る。黄瀬はそれににっこりと応えた。

「黄瀬っ!」
「はい?どうかしたんスか?早川…センパ、」

珍しく話しかけてきた先輩に、黄瀬は困惑した。

「お前、本当によくシュート入るなっ!」
「は、い…」

褒められているのに、黄瀬はどうして良いか分からなかった。

「黄瀬?」
「なっんでもない、っスよ?それより、先輩どうしたんスか?」
「ん?いや、」


      さっき先輩が私にしたみたいにしてみたら、案外すぐに打ち解けると思いますよ


「お前って、褒めて伸びるタイプかなって思っただけっ!」

早川は、にっと笑う。

「何スか、それ…」
「褒めてるっ!」
「う…ありがとうございます?」
「おうっ!」

ごしごしと黄瀬の頭を撫でると、黄瀬は顔を俯かせた。顔は真っ赤だ。

「ん?なんか打ち解けたっぽいな。良かった良かった」

森山は早川と黄瀬の様子を見てそう言った。





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