時と場所を考えなさい
「さん?」
が友人と電車を待っていると、ふと名を呼ばれた。
「黄瀬くん?」
振り向くと、そこには海常と書かれた青いジャージを身に纏った黄瀬がいた。後ろにも、見慣れた顔があった。ベンチ入りの先輩だ。三年生は午前中に学校があったらしく、制服を着用していた。
「あ、練習試合だっけ」
は、明日は練習試合なのだ、と黄瀬が言っていたのを思い出した。
「そうっスよ!」
黄瀬は試合後だとは思えぬほど、元気よく答えた。
「、知り合いなの!?黄瀬、ってモデルの!?」
「写真と違うから分からんやって」
「そんなこと言ってるんじゃないでしょ!?」
友人はの言葉に慌てた。一方、黄瀬は気にした風でもなく、にっこりと笑った。営業スマイルに、は不覚にもときめいた。これはモテるわ、と納得した。
「さんのこういうのは、いつものことですから、気にしないで良いっスよ」
爽やかに黄瀬が言うと、の友人がおろおろと挙動不審になった。
「黄瀬くんってモデルなんだね」
「えっ!?俺が女の子にキャーキャー言われるのは何でだと思ってたの!?」
は固まった。おずおずとは黄瀬を見て言った。
「…黄瀬くんが格好良いから?」
黄瀬の顔が一瞬で赤く染まる。
「そ!うやって俺を甘やかすぅ…!」
「いや、まぁ、あれだ。黄瀬くんって、嫌みがないから」
「誉め殺される!」
黄瀬がキャーと奇声を上げる。はそれを遠い目で見た。友人は、と黄瀬を交互に見る。
「で、どういう関係?」
「友達?」
が首を傾げて言うと、友人は「そうなの?」と黄瀬を見た。黄瀬はうるうると目を潤ませていた。
「ハテナ付けないで!」
黄瀬が叫ぶ。はそれを受け流し、黄瀬をじっと見た。相変わらずのイケメン顔である。潤んでキラキラと光る綺麗な目が、を見返した。
「な、なに?」
「友達で良いのかなぁ、と思って」
の言葉に、黄瀬は口をもごもごさせ、窺うようにを見た。
「……し、親友?」
がにっと笑うと、黄瀬の表情が、ぱぁ、と明るくなった。
「えへへ」
「へぇ…」
その様子を見ていた友人は、まるで飼い主と犬だ、と思った。彼女はモデルとして騒がれていても、所詮同い年だということを身にしみて実感したのである。
「サインとかって貰える?」
友人はに言った。は本人が居るのだから、本人に言えば良いのに、と思いつつ、相槌を打った。
「ファンだったの?」
「売ったら高くつくかな」
「さんと同じ人種の人っスか?」
黄瀬が間髪入れずに聞き返した。
「人種…?」
「さんは、さんっていう人種なんスよ!」
「なるほど…」
黄瀬は両手を広げて、にっこりと笑った。友人も顎に手を当てて、頷く。
「あれ!?納得!?」
「うん!」
「なんだよもー」
がそう言ったとき、電車が来た。バスケ部は達の二個前のドアから電車に乗り込んだ。車両は同じだ。
「黄瀬くんはみんなのところに戻りなよ。ハウス!」
「ハウス!?」
はびしっと部員の方を指さし、黄瀬を促す。黄瀬は大きな体をびくりと揺らし、ツッコミを入れる。
「ほれ、」
「う〜…」
「チームメイトとちゃんと馴染めよなー」
「りょ、了解っス」
黄瀬はしょんぼりとした様子で、とぼとぼと歩いていった。
その後ろ姿を眺め、部員が固まって立っている辺りに視線をやった。すると、笠松と目があった。ぺこりとお辞儀すると、笠松は申し訳なさそうに会釈した。
たちは椅子に腰掛けた。
**
「あ、先輩ネクタイよれてる」
たちが、たわいない話をしていると、話が聞こえてきた。車内は人が少なく、達とバスケ部員、そして数人しかいなかった。だから話が筒抜けだ。特に黄瀬の声は良く通る。
「あ?ああ…一回解いちまったしな…」
笠松は自分のネクタイを手で持ち上げた。
「解く?」
黄瀬が首を傾げた。
笠松は、黄瀬の疑問には答えず、いっそ取っておいた方が良いだろうと、ネクタイを解いた。
「こいつ、ネクタイ一人で締められないから、輪っかのまま付け外ししてんだよ」
森山が黄瀬の疑問に答えた。
「俺、なかなか巧いっスよ!」
黄瀬はどや顔で、宣言する。
「ふーん」
「ええ!?」
興味なさそうに、笠松は応えた。
「良いよ、後で母さんにでもしてもらうし」
「俺がしてあげるっスよ!」
「いらねぇよ」
「俺を信じて!」
黄瀬は笠松の手を取った。じっと笠松を見つめる。笠松は引き気味で、げんなりした顔をしていた。
「はぁ?そういう問題じゃ…」
「ね」
優しい声で、黄瀬は説得する。これ以上何を言っても無駄だろうし、なにより疲れていた。笠松は溜息を吐いた。
「……………………………分かった…好きにしろ」
そう言って、笠松は、黄瀬に体を明け渡した。
「俺、練習したんスよ」
「ふーん。そういえば、森山月曜日の小テストどこだっけ?」
「えーっと…たしか、…あれだろ、中世」
黄瀬の言葉には耳を傾けず、笠松は森山と話す。黄瀬も気にした様子はなく、黙々とネクタイを結んでいく。
「ざっくりしすぎだろ…どこだよ」
「そんな急に言われても答えられねぇよ。つーか、お前が覚えてないの、俺が覚えてるわけ無いだろ」
「お前どちらかというと文系だろ」
「お前は完璧理数だよな…」
「俺は、クラス違うからなぁ…」
森山は文系科目が得意だったが、なぜか理数のクラスに所属していた。得意というだけで、器用な森山は理数クラスでも苦労なく過ごしていた。
小堀は、文系専攻のクラスだ。
「小堀が同じクラスだったら、マジ助かるんだけどなー」
「ノートは見せないぞ」
「でも、教えてくれる」
「俺も文系脳だっての」
笠松は参考書を出して、勉強を始めてしまった。
「できた!」
「おー、サンキュ」
笠松は参考書から目を離さず、適当に相槌を打った。
「俺うまいっしょ?」
「普通」
「おれ、凄い練習したんスよー」
話が噛み合っていないが、本人達は気にしない。小堀は横で苦笑していた。森山は笠松の参考書を覗き込み、明日のテスト勉強を始めている。
「中学がブレザーで、」
「知ってる」
「で、俺、結べないのかっこうわるいな、って思ったから、必死に練習して、」
笠松は参考書を見たまま、黄瀬の話を聞く。
「でも、下手なの俺だけじゃなくて、みんなへろへろだったんスよね〜。みんな一緒だなって」
黄瀬の話に、森山が顔を上げた。
「お前、ネクタイの衣装とか着ないの?」
「あー…スタイリストさんが綺麗に結んでくれるから、一人でやったことなくて…」
「へぇ」
なんだかんだ仲良く談笑をしている様子を達はじっと見ていた。
(なんで、向かい合って結べるんだろう…)
はそんな疑問を抱えながら、男子高校生って凄い、と思っていた。
「、高校生男子って良いね!」
「そうだね」
友人がの肩口から顔を出して、小声でに言った。体は完全に黄瀬達を向いていた。
「ねぇ、。ネクタイをさ、向かい合って付けるなんて、夫婦みたいだと思わない?」
「普通に思ってたけど」
「だよねー。あ、私ここで降りるね」
「あー、そっか。じゃあまた遊ぼうね!」
「おうともよ!」
は、友人に手を振った。電車のドアが閉まり、が、手を下げたところで、黄瀬がやってきた。
「ハウス!」
「またっスか!?」
「まぁ、冗談だけど」
は、隣に座った黄瀬の頭を撫でた。
(犬みたい…)
「黄瀬君は良いお嫁さんになれるよ」
「へ?」
「だって、向かい合わせであんなに綺麗にネクタイ結べるんだよ?顔も綺麗だし、稼ぎもあるし、可愛いし、大丈夫、もらい手はあるよ」
「あの、さん、その、なんでそんな真顔でそんなこと言うんスか…」
黄瀬は、戸惑いながらに尋ねた。は、黙り込んだ。
「……いや、色々とアレだ、衝撃だったから、つい」
「衝撃?」
「まぁ、それは、うん、ツッコむな」
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