女の子なのです





「男が何言ってんの」
「いや、苦手なものは苦手なんスよ」
「軟弱者が」

黄瀬が、顔を青くしてに縋った。それを引きはがす。
おずおずと少女がに近寄ってきた。上目遣いにをちらちらと見て、か細い声を出した。

「あの、さん、私もちょっと、苦手かな…」
「大丈夫、香川さんの分は私が責任を持って捌くから」
「ありがとう」

クラスで一番可愛くて嫌みのない香川夏実は、ににっこりと微笑みかけた。もそれににこやかに返す。

「いいよ、そんなの。私が好きでやってるんだし」
「俺の分もやってー」

黄瀬が泣きべそをかいて、大きい図体で迫るので、は結局折れてしまった。

「貸せ」
「ありがとーさん好きー」
「調子良いなぁ…」

黄瀬は好きだと言ってに抱きついた。何も知らない女子が見れば発狂物かもしれない行為だが、クラスメイトはが黄瀬の「友人」だと分かっているので何も言わない。もう慣れたものである。



**



さん、目が爛々としてるね。黄瀬君」
「そうだね。あんなにキラキラした目見たこと無いっスよ…」

夏実と黄瀬は並んでの様子を呆然と見ていた。の手には鰯があった。調理実習、今日のメニューは鰯のつみれ揚げだ。

「ふふふふーん」
「鼻歌が恐い!」

黄瀬は恐れおののいた。それをは横目で見た。

「黄瀬君だって、鰯食べるでしょ?」
「食べるけど、手で触んないじゃん!内臓とか…ね、香川さん!」

夏実は黄瀬の言葉にうんうんと頷く。やることなすこと、可愛い。

「そーだけど…」

二人は並んでいると、恋人同士みたいだ。は、いつか結婚式にお呼ばれするのだろうか、と考えていた。挨拶は任せてもらえるだろうか、と来るかも分からない未来に思いをはせた。

のもつかの間、は調理を始めた。

何が恐いのやら。何が気持ち悪いのだか。
は、男性器の方がよほどエグいと思うのだが、と調理実習には似つかわしくない事を思いながら、彼らが気持ち悪がる鰯を手に取った。男の人は小便をする度に大変だなと思い、は鰯の頭をもぎり取った。

は、小ぶりの鰯を手際よく手で捌いていく。

頭を手でもぎ取り、腹を親指で裂く。内蔵を取り出し、身全体を開く。それだけだ。
「鰯」さかなへんに弱いと書く。いとも簡単にするすると身が裂けていく。
内臓のにゅるりとした感覚が、気持ち悪いと言うよりは、心地よかった。人の内臓もこんな風にぬるりとした心地よいものなのだろうか、それならばぜひとも触ってみたいと思う、とはマッドサイエンティストのようなことを思いながら、テキパキと調理を進めていく。

「内蔵…」

は内臓を手で掴み、怖がる二人の目の前に持っていった。

「って、エグいよね」
「なんで、さんはそんな楽しそうに言うの…きゃー」
「ちょっと恐いっス…ちょ、近づけんなわー」

ひぃぃ、と二人は後退った。

「…………別に内臓が好きな人じゃないから。私だって、スプラッタとかは苦手だし…」
「いや、それとこれとは…」

黄瀬はぼそりと呟いた。




**




「今日お前のクラス調理実習だったんだろ?何したんだ?」

外周が終わり、休憩中。
小堀は黄瀬に尋ねた。黄瀬はタオルで汗を拭きながら答えた。

「えっと、鰯のつみれ揚げ…?っス」
「あー、やったやった。女子が騒いでて可愛かった」
「お前、そればっかだな……」
「オ(レ)もやったっス!」

毎年やっている内容らしく、皆が頷いた。

「黄瀬はしたのか?俺は女子に頼まれて、何匹かやったんだが…あれはちょっと苦手だなぁ」
「小堀先輩って本当に、お人好しっスね…」

流石小堀先輩っスね、と賞賛しながら、黄瀬は呆れた。

「俺は別に苦手でもなかったけど…で、モデル様はやったのかよ」
「なんスかそれ。まぁ…やってないスけど…」
「煮え切らねぇな」

笠松は興味なさそうに、社交辞令の様な会話を続けた。

「いや、さんが、班の女子の分と、俺の分を嬉々としてとして捌いていたので…」
「へぇ…そういうの大丈夫な子なんだ」

森山は良い奥さんになるぞーと冗談を言う。黄瀬は、が以前、料理はレシピを見れば美味しいかは別として大体できると思う、と言っていたことを思い出していた。

そして、の顔を思い出したと同時に、彼女の爛々とした目を思い出した。

「滅茶苦茶楽しそうでしたよ…あんなにキラキラした目をしたさん、見たことないっス…なんか鼻歌とか歌ってて…恐くて…」
「なんかシュールだな」

黄瀬の言葉に笠松は脱力した声を出した。

「俺、これからさんとどう付き合えば良いんでしょう…」
「いや、別に普通で良いだろ」
「何が問題なんっ!」
「………いや、うーん…」

森山と早川に諭されたが、黄瀬はの認識を大きく変えねばならず、心中複雑だった。は黄瀬の今まで出会ってきたどの女性とも違った。

着飾らないところ、黄瀬を特別扱いしないところ、変態なところ、かと思えば驚くほど真面目なところ、黄瀬にはという人間がイマイチ掴めていなかった。

人は多くの面を使い分けて生きている。それにしても、は「こうだ」とうまく説明できる人物ではなかった。

「黄瀬、」
「はい?」
「女の子呼んでる」
「あー…」

いい加減、うんざりしていた。学校にいる間は静かに過ごしたい、せめて部活中だけでも、という祈りはいつも叶わない。疲れた顔をしていると、知らせてくれた先輩は「いつもと違うぞ」と言った。首をかしげると、その先輩は苦笑いして、特徴を述べた。

「ノート返せって凄い剣幕だったけど…」
「あー、はい…いや、えっと…はい、」

いつもの女子でないと分かってほっとしていたのもつかの間、今一番会いたくない人が来たと、黄瀬はげんなりした。

さん…」
「黄瀬君、ノート今日提出だからって言ったっしょ!貸したげるけど、その代わり出しといてって言ったのに!さっき先生に出てないぞって言われた!」
「あ、すみません」
「なに?」

は黄瀬の様子が変なことを見抜いた。その変化は明らか過ぎた。声のトーンがいつもと違う。疲れているのかとも思ったが、そういう風でもない。は黄瀬を凝視した。

「いやぁ…さんとの今後を考えてたっス」
「口説き文句か」
「違うっスよ」
「知ってっけど」

ぽんぽんと会話が成立していく。黄瀬は不思議な感覚だと思っていた。は黄瀬と自然に言葉のやりとりができる、気を遣わない数少ない人間だ。

「だって、あんなに嬉しそうに魚捌くから…」
「だって、初体験だったし。ちょっと…楽しかった。新感覚っていうか…」

ははにかんだ。黄瀬ははっとした。その笑顔には見覚えがあった。黄瀬の周りにいる少女達と同じ顔だ。
ただ、その表情が黄瀬に向けられるか、初体験だという鰯の手開きに向けられるかの違いがあるだけだ。

「…そういうもんスか?」
「うん、」

黄瀬は顔を己の大きな手で覆った。気づいてはいけないものに気づいてしまった気がした。

「あー…」
「黄瀬君?」
「…………なんでも無いっス…」

も女なのだ。そんな当たり前のことに、黄瀬は気づいた。そのことが妙に気恥ずかしかった。
少し、が言っていた事が分かった気がした。

『黄瀬君に恋愛感情を持てるかと聞かれたら、持てます。
      でも、それは黄瀬君が男で、私が女だからです。』

黄瀬はを見た。どうしてこんな女、と失礼なことを思った。だが、黄瀬はすぐにその考えを打ち消した。目の前にいる女は恋人ではない、発展する予定もない、友達だ。だから、そんなことを思うのは変なのだ。

「気になるんだけど…」
さんって、女の子なんスよね」
「え!?今までなんだと思って付き合ってたの!?私が女じゃなかったときはありませんが」

は黄瀬と比べると大分小さな体を大袈裟に跳ねさせた。

「いや、さんはさんていう人種だと思ってた」
「人種!?そこから…!?ごめん、私のツッコミが追いつかないんだがどうしたら良いだろうか。スルー?スルーをすべきなのか!?」

黄瀬はの頭を撫でた。

「はぁ?」

黄瀬の行動に訳が分からず、は声を上げた。

「んー…なんかよく分からない」
「私の方がよく分からないけど…」

黄瀬はの頭を撫でながら、自分の中の感情は何かを考えていた。

「笠松、なんか青春だな」
「………お前面白がってるだろう…」
「当たり前だろ」

森山はにやにやと後輩の後ろ姿を見ていた。





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