今日の下着は何色?
「シャツを透けて見えるブラについてどう思う?」
テストが終わり、そろそろ夏休みが近づいてきた頃、は突如そんなことを黄瀬に聞いた。しかも真剣な眼差しでクラスの女子を見ながらだ。
黄瀬はこの人は、自分を男だと認識しているのだろうか、と不安になった。だが、しているのはしているのだ。そうが言った。
調理実習の後、見せた顔が黄瀬の中に渦巻いていた。普通の女の子、普通すぎる女の子。街で出会っても、決して気にとめないだろう存在。
だが、どういうわけか、こうやって馬鹿馬鹿しい話を延々としているのだ。飽きもせず。
「どうって?」
黄瀬はに尋ねた。
「………公然猥褻罪じゃないかしら、と思っただけ。よく下着を見ず知らずの人に公開して歩けるな、と」
芝居がかった声音ではそう言った。
「見せパンと同じ感じなのかな」
「さぁ…」
「私は、男の子の腰パンもずり下ろしてやりたくなるくらい嫌いだけど」
黄瀬はの前ではきちんとズボンを履こうと心に決めた。黄瀬にとってはオシャレの一つだったのだが、実行されては困る。
黄瀬は、に思い切って聞いてみた。
「オシャレの一つでしょ?」
「見せられた人が不快になるのがオシャレなら、世界は腐ってる」
「世界、っスか…」
自信は下ネタを言って自分を困らせているのに、そんな壮大な世界観で自分のことを棚上げにするのかと黄瀬は思った。だが、黄瀬は何も言わずにうんうんと頷いた。
「いや、私もね、下ネタ言うけど、人は選ぶよ。黄瀬君は友達だし。香川さんとかには言わないよ、絶対」
「あ、そう…」
黄瀬は釈然としない思いと、友達と言われた喜びを同時に感じ、複雑な心境だった。
「さんって、結構古風っスね」
「いや、皆がはしたないのよ」
「はぁ…」
黄瀬は曖昧に相槌を打った。「はしたない」などと普通の日常会話で聞くとは思っていなかった。
「…………さんなら、喜ぶと思ってた」
「ん?ブラ見えて?」
「うん。ほら、女の子好きだし」
黄瀬は何の疑いもなくそう言った。は、黄瀬の自分に対する認識はいささか変態じみた物だと感じていた。は、そこまで変態ではない。話のネタとして言っている部分もある。本当に可愛い物は可愛いと、素直に思っているだけだ。
「いや、別に性的な興奮を覚えてるわけじゃないから、私ノンケだから、勘違いしてるようだから、言うけど」
念を押す様には黄瀬に言った。ちなみに、今までの会話は勿論小声で成されている。その証拠として、達を変な目で見るクラスメイトはいない。
「あと、…………私は見える見えないに重きを置いてるのでなく、ハプニングというシチュエーションに萌えてる」
「こだわりっすね」
黄瀬は面倒くさいな、と思いながら、適当に相槌を打ち続けた。
「やめよう」
「え?」
が唐突に切り出した。黄瀬は素っ頓狂な声を出した。
「黄瀬君、つまんないって顔してる」
「してる?」
「違うの?」
「違くないけど…」
人と話していて、そんなに表情が出る方だとは思っていなかった黄瀬は呆気に取られた。にこにこと話をすることはもはや習慣、癖だ。親と話すときでさえ、仮面をかぶっている感覚がある。それくらい染みついた物だった。
が特別人の機微に敏感というわけではない。黄瀬は自分が思っているより、分かりやすいタイプなのだ。
「なら、この話はやめだ」
そう言って、は前を向いた。黄瀬は、いざ会話が無くなってしまうと、寂しくなった。休み時間はあと2分、その2分がとてつもなく長く感じた。
は、淡泊だ。それは、幾度となく感じていた。長文のメールを送っても、それと同じだけの長さでは返ってこない。半分の量であれば、良い方だ。下手をすると、一つの話題に一文ずつだったりする。
はご飯を女の子と食べる。黄瀬は食堂に行くと囲まれるので、教室で適当に買ったコンビニのおにぎりを食う。
四六時中構う訳ではない。休み時間は交代制だ。一時間目と二時間目の間は友達A、その次は友達B、その次は体育だから、数人の女子と行動。
(ピンクと白…)
の友達のブラの色だ。は言っているだけあってやはり見えない。
(さんは友達に注意しない…)
ぼんやりと思った。
**
は部室棟に用があるので、黄瀬と共に歩いていた。黄瀬からは横を歩くの旋毛が見えた。
「さんのブラは何色?」
「は?」
失敗した、と黄瀬は思った。の顔がみるみるうちに赤くなっていく。口を押さえて、黄瀬を上目遣いに見る。と言えば可愛いもんだが、単に身長差の問題だ。
「黄瀬君は、私のこと女だと思ってる?」
は、疲れた顔をしていた。
「思ってるっスよ。だって、男に胸は無いし」
「じゃあデリカシーが無い」
「それは、さんも一緒でしょ?」
はぴたりと足を止めた。そして、すぐに追いつく。
「………………まぁ、否定はしない、けど…そういうことに興味があったとは、…黄瀬君も男子高校生だね」
が悪戯っぽく言うが、黄瀬は無言だ。は訝しげに黄瀬の顔を覗き込んだ。
「返事して」
「うん、俺も男子高校生。見えないと、気になる、ってだけだけど」
黄瀬はにっと笑った。その笑顔はとても自然に見えた。悪戯小僧の悪戯が成功したときの笑みだ。
その態度に釈然とせず、はぽつりと呟いた。
「薄ピンクに、黒と赤のバラ…」
「………………結構………………………………………」
黄瀬がふぅむ、と考え込むような仕草をしたので、は憤慨した。
「結構何!」
「いや、過激な…と思って…」
過激って何だ、誰に見せるでもないのだから、何を着けていようが勝手だ、とは思ったが、バラしてしまった今、それを言うことは出来なかった。
「じゃあ、黄瀬君のパンツは今日何色よ!」
「えー、何だっけ…あ、キティちゃんがいっぱい詰まってる感じの…」
「キティちゃん!?見せて!」
のテンションが急上昇した。
「へ!?見せ!?ちょ!アンタ何言ってんのか分かってる!?」
「え、だって、」
黄瀬のベルトを引っ張った。勿論本当に見たかった訳ではない。ただの戯れだ。黄瀬もそれを分かっている。
「引っ張んな!ちょ、待ち、待って!キャー」
「キャーて…男なら『うおー』やろ!」
「いや、きゃーっスね」
190p近い男が悲鳴を上げる様はとても滑稽だった。
「さん」
「ん?」
黄瀬は突然の手首を掴んだ。は首をかしげた。
「………友達って、俺だけのものじゃないんスね」
「はぁ?」
「なんでもないっス」
黄瀬はにっこり笑った。
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